脳に橋はなくても、心に言葉の橋を架ける:第3章3-3|信頼できる関係の希少さ
1.孤立を決定づけた「非形式的接点」の喪失
友人や知人との縁が静かに途絶えていく中で、職場における孤立を決定づけたのが、長年続けていた喫煙習慣を断ち切ったことだった。
喫煙ルームは単なる休憩場所ではなく、「非形式的な情報収集の場」だった。部署や役職を超えた自然な会話が生まれ、業務の裏側にある本音や、思わぬ発想が生まれる可能性に満ちていた。複雑な会話構造や抽象的な議論が苦手な私にとって、喫煙ルームという低圧な環境は、唯一「型」にはまらない生の情報を無理なく受け取れる、社交的な安全地帯でもあった。20代から30代半ばまで喫煙者だった私も、例外なくその恩恵を受けていた。
特に脳梁欠損症の特性を持つ私にとって、この非形式的な会話は生命線だった。会議室での公式な議論や、マニュアル化された指示だけでは、常に「行間」や「空気」に含まれる真意を掴み損ねていた。喫煙ルームで交わされる上司や同僚の何気ない雑談こそが、組織の真の方向性や暗黙のルールを補完する唯一の情報源であり、私の認知のギャップを埋めるための重要なバッファとなっていたのだ。
しかし、健康のことを考えて禁煙を始めてから、私は自らそのような機会を奪ってしまった。喫煙ルームだけでなく、飲みの場も貴重な非形式的な接点だったが、会社の体制が変わっていく中で徐々に開催が減っていった。健康面の利益は明白だが、私にとっては、健康と引き換えに孤独を加速させる大きな損失となった。この禁煙という行為は、「人間嫌い」という防衛戦略を物理的な行動によって決定づけるものであり、職場との接点を自ら最小化する決断でもあった。
2.職場での安心感の絶対的な不足
非形式的な接点を失ったことで、職場における孤立感は決定的なものとなった。信頼できる上司、心の内を相談できる上司、あるいは人間として慕える上司――そうした存在の欠如は、私の社会人生活において、埋めがたい空虚となった。形式的な報連相や業務連絡に終始する関係は、孤独を深めるための燃料にしかならなかった。
私にとって、日常の対話とは、発言した後になって「あの言葉でよかったのか」「もっと適切な言い方があったのではないか」と絶えず自己評価を強いられる「無意識の負荷」を伴うものだった。安心できる関係の不在は、この負荷が「いついかなる時も止められない」状況を意味する。自分の特性を理解した上で、多少の言葉のズレやタイミングの不一致を許容し、必要な情報を明示的に補ってくれるような信頼関係こそが、常に神経を研ぎ澄まさねばならない状態からの唯一の逃げ場だったのだ。
脳梁欠損症の特性上、言葉の裏側にある文脈の理解や即座の適切な言葉選びが難しいため、言葉を交わすこと自体が常に高い負荷を伴う。誤解されやすく、どれほど努力しても変えられない本質的な部分があるからこそ、安心して弱音を吐ける相手が職場にいないという事実は、孤立感を一層強める決定的な要因となった。この孤独は、環境の欠陥というよりも、私の特性と、それを許容しない社会との間に存在する、埋めようのない溝を示していた。
3.「見えない特性」がもたらす内なる沈黙
この職場での孤立の背景には、外からは見えない特性への根深い恐怖があった。私は常に、二つの強烈な自己認識によって口を閉ざされていた。一つは、「見た目では分かり得ないこの特性は、周囲には到底理解されないだろう」という諦め。そしてもう一つは、たとえ勇気を出して打ち明けたとしても、「この生きづらさを説明したところで、単なる不器用さや怠慢に対する言い訳にしか聞こえないだろう」という、深い猜疑心だった。
特に職場という評価の場では、この特性を開示することは、自分の能力や努力を否定することと同義に感じられた。特性を伝えたところで、「ただの変わり者」としか思われないのではないか。ミスが続いた際に「やはり能力が低いからだ」とレッテルを貼られ、一人の人間としてではなく「配慮すべき特殊な存在」として扱われるようになるのではないか。
この開示への恐怖と沈黙は、私から成長の機会までも奪った。認知のギャップやコミュニケーションの誤解をフィードバックで修正する機会を自ら放棄したため、スキルや人間関係の成熟は停滞した。沈黙は一見、自己防衛のように見えたが、実際は、職場での孤立と不適応をさらに深める悪循環を生み出していたのだ。
沈黙は、言葉にすることを重んじる人間からは「悪」として捉えられ、嘲笑の対象となることもあった。物事にいちいち理由を求める人との関わりは面倒であり、少し変わった行動をすると、「目立ちたくてやったんだろう」と言ってくる人とはできれば関わりたくなかった。挨拶や感謝の多用は、気持ちがこもっていないことも多く苦手だが、社会は言葉にすることを大事にしているようだ。言葉にすることの重要性は理解できるが、私にはそれが雑音にしか聞こえない状況も多く、沈黙を選ぶことで、さらに相手に拒絶のサインを送ることになってしまった。
この内なる沈黙は、「誰かに見られる」という状況によって、さらに決定的な機能不全を引き起こした。上司などの視線を感じる環境下では、ただでさえマイペースで進めたい作業のスピードを緩めることもできず、体力的な限界と相手の機嫌を損ねる不安の板挟みになった。特に文章入力などの認知負荷の高い作業中、上司に見られていると感じた瞬間、まるで脳の接続が断たれたように文字が打てなくなり、言われた通りに入力するしかないという無力感を味わった。見られているかどうかに関わらず、慣れない人間や環境では、その姿が見えるだけで「何かを言われるのではないか」という緊張感から作業を中断し、その場を去るという回避行動につながったのだ。
他者に開示することで理解を得るどころか、かえって誤解を深め、同情や軽蔑の対象になること。この恐怖こそが、私から対話の機会を奪い、職場という最も長時間いるべき場所で、心理的な透明人間となることを選ばせたのだ。信頼できる関係の希少性は、単なる偶然ではなく、私の特性と、それを受け入れない社会との間に存在する、構造的な断絶を映し出していた。
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次回予告【脳に橋はなくても、心に言葉の橋を架ける:第3章|大人になってからの孤独と人間関係 3-4|透明性を求めて】
よかったら読んでみてください。
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