脳に橋はなくても、心に言葉の橋を架ける:第4章|「治せない」から、自分で探したこと 4-1〜4-4|医療で「打ち止め」と言われたあと
4-1 医療で「打ち止め」と言われたあと
大学病院での一連の検査が終わったとき、私は妙な空白の中に立たされていた。
MRIではっきりと「脳梁欠損」が写っているのに、医師の口から出てくる言葉は「他に合併症もなく、症状も見当たりません」「特に問題はありません」だった。脳波検査も「異常なし」。保険診療でできることはやり尽くし、「今のところ、こちらから積極的にできる検査や治療はありません」というのが結論だった。
診察室を出たあと、「はじめに」で触れたように、私は病院のロビーのベンチに腰を下ろし、その言葉を何度も反芻した。安堵と虚しさが同時に居座るあの感覚が、この章で語る「自分でできることを探し始める」出発点となっている。
「治せません」「経過観察でよいでしょう」。そう告げられたあとに残された、長い時間をどう生きていくのか。それは、誰かが答えを教えてくれるものではなかった。私は少しずつ、「医療でできること」とは別に、「自分でできること」を探し始めるようになった。
その模索は大がかりなものではなく、日々の生活の選択を少しずつ変えるような、小さな試行錯誤の積み重ねだった。食べ方を変えてみること。歩き方や運動の仕方を工夫すること。美術館や音楽に、ささやかな救いを求めること。どれも「脳梁欠損症だから」という特別な療法ではない。けれど、「この脳のままどう生きるか」を考えたとき、私にとってはどれも重要な「生存戦略」になっていった。
4-2 食べ方を変える:オートミールと血糖の揺れ
まず手をつけたのは、毎日の食事だった。
脳梁欠損に特化した栄養補助食品やサプリメントを探してみたものの、「これ」という決定的なものは見つからなかった。そこで発想を変え、「脳に良い」「頭がスッキリする」と言われている一般的な情報から、自分に合うものを選び取っていくことにした。
その中でいちばん体感として大きかったのは、主食を白米やパンからオートミールに変えたことだった。
以前の私は、食後、とくに昼食のあとに急激な眠気や頭痛に襲われることが多かった。昼休憩後のミーティングで頭が働かず、会話の流れについていけない自分に何度も苛立ちを覚えた。そこに強烈な眠気や頭痛が重なると、仕事どころではなくなってしまう。
オートミールに変えてみようと思ったきっかけは、「血糖値の上昇が穏やかで、エネルギーの波が急激に上下しにくい」という説明を目にしたことだった。半信半疑で試してみると、これが意外なほどしっくりきた。食後の眠気や頭痛が、明らかに減ったのだ。午後の時間帯でも、「さっきまでの自分」と同じ速度で思考を続けられる感覚があった。
もちろん、オートミールが「脳梁欠損症の特効薬」になるわけではない。ただ、「脳が急に霧に包まれるような感覚」が少し薄れ、「一日の中で、頭が使える時間帯が増えた」という実感があった。これは、会話のテンポについていくことや、仕事中のミスを減らす上で、決して小さくない変化だった。
オメガ3脂肪酸、ビタミンB群、抗酸化物質、発酵食品、マグネシウム、ビタミンD――脳に良いと言われる栄養素を挙げればきりがない。サーモンやサバ、ナッツ、ヨーグルト、野菜や果物など、近所のスーパーで手に入るものも多い。私もいくつか試してみたが、正直なところ「劇的に変わった」と感じるものは少なかった。
それでも、「主食を変える」「栄養のバランスを少しだけ意識する」という小さな選択の積み重ねは、日々の体調の「底」を少しだけ持ち上げてくれるように感じている。脳梁欠損症を治せる食べ物はない。けれど、「この脳と身体が、一日の中でどう働きやすくなるか」という視点で見れば、食事はたしかに、一つの大きな柱になっている。
4-3 歩くこと、走ること:好きと嫌いの境界線
次に意識したのは、「体を動かすこと」だった。
『運動脳』(アンデシュ・ハンセン著)を読み、ウォーキングやジョギングが脳に良いと知ったのがきっかけだった。有酸素運動が脳の血流を増やし、ストレスホルモンを下げ、認知機能を高めるといったことが書かれていた。
もともと歩くことが嫌いではなかったので、まずは朝の通勤の一部を30分ほど歩く時間に置き換えてみた。息が弾む程度のペースで歩き続けてみると、頭の中のモヤが少し晴れ、仕事中のイライラも幾分和らいでいるように感じた。
ウォーキングは、筋力や体力づくりというより、「頭の中の混線をほどく時間」になっていった。職場での人間関係のストレスや、自分のミスへの自己嫌悪が積み重なると、脳の中にこびりついた重たい感情がいつまでも離れない。歩いているあいだだけは、その塊が少しほぐれていく感覚があった。
一方で、ジョギングはそううまくはいかなかった。理屈の上では30分程度の軽いランニングが脳に良いと言われている。実際に何度か試してみたが、もともと走ること自体があまり好きではなく、「気持ちいい」と感じる前にしんどさが勝ってしまう。筋力やスタミナの効果は感じられても、脳に対するプラスの実感は、ウォーキングほど強くはなかった。
本に書いてある「理想的な運動」と、実際の自分の身体や性格に合う運動は、必ずしも一致しない。私の場合、「ウォーキングなら続けられるが、ジョギングは続かない」というごく単純な事実を認めることのほうが、「理想」に合わせて自分を矯正するよりも、よほど大切だった。
4-4 「運動が苦手」と「脳梁欠損」のあいだ
脳梁欠損症の特徴として、運動機能の発達の遅れや、運動調整機能の低さが指摘されることがある。左右の脳半球をつなぐ情報の橋がないことで、体の動きを滑らかに制御するのが難しくなる場合があるという。
振り返ってみると、子どもの頃の私は、高身長で力もそこそこあったため、一見すると運動が得意なように見られることもあった。球技大会などで意外な活躍をして驚かれる瞬間もあり、そういう時は確かに誇らしかった。しかし一方で、体育全般は決して得意とは言えず、基本的な動きで周りに遅れをとっている感覚もあった。バランス感覚や協調運動が求められる場面では、とたんに体がぎこちなくなり、思ったように動かない自分に、もどかしさを感じていた。
大人になってからも、筋トレを頑張っても思ったように成果が出ないことが多かった。フォームが崩れていたり、負荷のかけ方が適切でなかったりと、純粋に「やり方」の問題もあるのだろう。しかし同時に、「もしかすると脳梁欠損の影響も、どこかに含まれているのではないか」と感じることもある。
もちろん、それを安易に「脳梁欠損のせい」にしてしまうのは危うい。それでも、「なぜ自分だけうまくできないのか」をひたすら努力不足や怠慢のせいにし続けるより、「脳の構造上、得意なことと苦手なことがあるのだ」と理解することは、自分を少しだけ許すための視点にもなっている。
運動が得意ではなくてもいい。その代わり、「自分にとって無理なく続けられる動き」を見つけること。私にとっては、ウォーキングや、日常の中で少し意識して体を動かす程度のことが、その役割を果たしてくれている。
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次回予告【脳に橋はなくても、心に言葉の橋を架ける:第4章|「治せない」から、自分で探したこと 4-5〜4-7|美術館という避難場所】
よかったら読んでみてください。
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