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脳に橋はなくても、心に言葉の橋を架ける:第3章3-5|孤独との共存

1.孤独を決定づけた「関係のリセット」


 大人になってからの人間関係は、失望と孤独の連続だった。特に私の場合、関係を継続する難しさが、孤独を単なる一時的な状態ではなく、人生の構造的なものに変えていった。

 友人や親しい人との関係は、頻繁な交流や情緒的な対話によって維持されるものだが、私の特性は、その継続的な努力を阻む。会話や行動に「間」が生じやすく、適切なタイミングで気持ちを言葉にするのが難しい。この情報処理の遅延が、親密さを保つための往復運動を停止させる。結果として、連絡や交流が途絶え疎遠になると、親しい人ともしゃべれなくなる。関係が自然消滅していく過程は、特性による認知負荷とエネルギーの枯渇によってもたらされる、静かな破局だった。

 この関係性の維持の困難は、人間関係の成熟において致命的だった。第1章で述べた「経験からしか学べない」という特性がここでも作用しており、一般的な大人が暗黙のうちに学び取っている関係性の機微、感情の微妙な変化、そしてそれに応じた振る舞いを、私は獲得できなかった。その不器用さが度重なる誤解を生み、自己防衛の限界を超えたとき、私は自ら関係を断ち切ることを選ぶ。疲弊から人間関係をリセットしてしまうことがある。それは決して相手への悪意ではなく、これ以上の認知負荷と精神的ダメージから逃れたいという、生存本能に基づく行為だった。

 大人になると、社会は「自分の意思で伝え、行動すること」を前提に動いているが、言葉と感情、そして他者の意図を一致させることが難しい私は、誤解され、距離を置かれてしまうことが増えた。関係性の維持に必要な繊細なチューニングが不可能であると悟ったとき、私は関係を断ち、孤独の道を決定づけたのだ。

 中学3年生のとき、アメリカの友人(彼は私のことをベストフレンドと言ってくれていた)から手紙とビデオレターが届いた。それは嬉しかった反面、いちばん恐れていたことでもあった。手紙を書くという行為そのものが面倒であったことに加え、日本での新しい中学校生活や、幼稚園・小学校時代の友だちとの再会への期待と、高校受験への不安が、頭の中で圧倒的な優先順位を占めていたからだ。母親からは返事を書くよう言われたが、結局一度も書くことはなかった。アメリカを立つときの涙は嘘ではなかった、心からの感情だった。しかしそれ以上に、「今、目の前にある新しい生活への適応」という認知負荷の高い課題が勝ってしまったのだ。その結果、アメリカでの交友関係を失うという大きな代償を払うことになった。今でも、両親に届くアメリカからのポストカードを見ると胸に引っかかるものがあるが、その度に特性が招いた必然の結果として「仕方がない」と思うのだ。

2.「人嫌い」と「共感さがし」の矛盾


 そうして孤独を深めていった私だが、完全に絶望したわけではない。その根底には、常にある種の矛盾した感情が静かに存在している。それは、自己を防衛するための「人嫌い」と、生来の欲求である「共感さがし」だ。

 一つ目の自己防衛としての人間嫌いは、過去の失望や裏切りから生まれた最も強固な防御壁だ。私にとって、人と関わることは常に高いリスクと、「誰かに見られるのがイヤ」という緊張感を伴う行為だ。この視線は、自分の不器用さや特性が他人によって評価され、傷つけられる可能性を常に内包している。だからこそ、孤独を選ぶことは、この脅威から逃れる唯一の確実な安心感の裏返しだった。「できれば働きたくない」という本音については第7章で改めて詳しく述べるが、社会という最も構造化され、判断を強要されるステージから、自分のすべてを遠ざけたいという切実な願いがその根底にある。

 しかし、もう一方では、心の奥底で「良い出会い」「理解してくれる誰か」を求めている。特にアラフォーになってから、この感情のせめぎ合いは、行動を麻痺させるほどの力を持つようになった。「良い出会いを求めたい気持ち」はあっても、過去の経験から「どうせ自分には無理だろう」という諦めが先に立つ。そして、「できなかった時の寂しい気持ち」を恐れるあまり、一歩を踏み出すことができず、結局、行動に移せなくなるのだ。

 孤独を抱えながらも、人と関わりたいという矛盾を内包し続けること――この二つの感情の間で揺れ動くことこそが、大人になった私の生き方そのものとなっていた。特性によって社会から切り離された孤独を罰として受け入れるのではなく、その中で静かに「共感さがし」という希望を燃やし続けること。それは、絶望と希望の間にある、私なりの「孤独との共存」の定義となったのだ。

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次回予告【脳に橋はなくても、心に言葉の橋を架ける:第4章|「治せない」から、自分で探したこと 4-1〜4-4|医療で「打ち止め」と言われたあと】

よかったら読んでみてください。

#脳梁欠損症 #生きづらさ #当事者手記 #見えない障害

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