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「どうして自分の手で祖国を守らないんだ?」

1989年の夏。当時バックパッカーだった私は、エジプトからイスラエルへ向かった。

ヨルダンのペトラ遺跡にも行きたかったが、「パスポートにイスラエルの入国スタンプがあると、アラブ諸国には入れない」と聞かされ、その後の予定も考慮してヨルダン行きを断念した。

あとで知ったのだが、それはイスラエルと国交のない国の場合で、もしかしたらヨルダンは大丈夫……だったかもしれない。

ただインターネットのない時代にあって、日本語で確認できる中東情報は限られていたし、手元のガイドブックにも詳しいことは書かれていなかった。

「じゃ、ヨルダンはまた次の機会にいこーっと」

そう思った当時の私に、一言いいたい。
「また今度」なんて、ないんだよ……。

シナイ半島を抜け、エジプトのタバからイスラエルのエイラットへ。約束の地を目指し、モーゼと人々が黙々と歩んだルートを、私は軽々とバスで移動する。

エルサレムに滞在中、仲良くなった韓国人の青年から、「キブツ」の存在を教えてもらった。

キブツとは、19世紀末から20世紀初頭にかけてパレスチナに移住したユダヤ人たちによってつくられた共同生活体。当時は農業を中心とした共同生活・共同経営の社会で、財産や生活を共有し、平等を理念のひとつとしていた。

「キブツは国籍や信条に関係なく、誰でも受け入れてくれるんだ。君も行くべきだよ」

エルサレムで「嘆きの壁」や「聖墳墓教会」を見学し、死海での浮遊体験を楽しむなど、どこまでもお気楽な旅しか頭になかった私には、彼が熱く語るキブツはどこか表面的で、うさん臭いものに思えた。

それでも彼があまりに強く勧めるので、とりあえず問い合わせだけしてみた。しかしそのキブツはあいにく満員で、今すぐの参加は難しいと言われた。

つかの間の友への義務を果たしたことに胸をなでおろし、私は次の街へ向かうべく、またバスに乗り込んだ。その後部座席には、緑がかったカーキ色の軍服を着たイスラエル人たちが座っていた。

男性2人に女性1人。

全員、手には機関銃。

当たり前だが……本物だ。

自分には関係のないことだと思いつつ、私はどうしても彼らが気になってしまった。

なぜなら、とても若かったからだ。

イスラエル人に限らず、外国人は日本人よりはるかに大人びて見える。なのに、どう見ても私と同い年くらい。もしかしたら10代、私より年下かもしれない。

私の視線に気がついたのだろう。3人のうちのひとりが声をかけてきた。長い髪が印象的な、可愛らしい女の子だった。

「どこから来たの?日本人?」
「これからどこへ行くの?」
「大学生?夏休み?」
「へぇ、いいね〜」

一人旅の東洋人に興味を抱く彼らは、どこにでもいるごく普通の若者だった。たしか18歳か19歳。兵役に就いたばかりだという。

これからテルアビブへ向かうと言う私に、彼らは観光名所やおいしい料理について、いろいろと教えてくれた。最初は緊張したものの、話してみると自分と何ら変わりない。

気が緩んだ私は、好奇心から彼らの銃にそっと手を伸ばした。その瞬間、3人の態度が豹変した。

「何をするんだ!」

自分でも何をしたのかよくわからないまま、ただひたすら謝った。謝りながらも、彼らがなぜそこまで怒っているのか、正直よくわからなかった。

たしかに、素人が銃に触るのは危険だ。

でも……そこまで怒ること?

私に悪意がないことは、彼らもわかっていたと思う。それでも、何も考えず、ふいに銃に触ろうとするこの無知で無責任な外国人に対してイライラしたのだろう。

ひとりの男の子が、私の目をしかと見つめながら吐き捨てるように言った。

「君はなぜここにいる?どうして自分の手で祖国を守らないんだ?」

え、でも戦争はもうずいぶん昔に終わったし、日本は負けたけど、でも今は世界第二位の経済大国になったんだし……

などと言えるわけがない。

それに、「祖国を守る」って……どういうこと?

そのうち彼らは身支度を始め、無言のままバスを降りて行った。女の子だけが私に手を振ってくれたが、私の顔はたぶん引きつっていたと思う。

それからも私は旅を続け、相変わらず、ひたすら楽しい旅の思い出を積み重ねていった。

一見、平和に見えたイスラエル。でも、あのころすでにパレスチナ人による抵抗運動と、それに対するイスラエル側の対応は激しさを増していた。

翌年8月には、イラクがクウェートに侵攻し、それに続く湾岸戦争によって、中東情勢はさらに大きく揺れた。その後も、イスラエルとパレスチナをめぐる問題、そして中東の対立はより複雑になり、深刻な衝突が繰り返されている。

あのときの若者たちは、今どうしているだろう。

生きているのか。
それとも、どこかの戦場で命を落としたのか。

あれからあの女の子は、どんな人生を送っただろう。そして、もし子どもがいるとして、その子もまた「祖国を守るため」に銃を手にしているのだろうか。

8月15日が近づくと、いつも彼らのことを思い出す。

祖国を守るために銃を取る若者たち。そして戦争になれば、最初に命を落とすのもまた、彼らのような若者たちだ。

人間は、いつまで経っても歴史から学べない。過去の過ちを繰り返す。

「キブツは国籍や信条に関係なく、誰でも受け入れてくれるんだ」

あのとき、彼が熱く語っていた言葉を思い出す。

人が理想を掲げること。
自分たちの正義を信じること。
そして、その「守るべきもの」のために、誰かと敵対すること。

祖国を守るとは、どういうことだろう。

なぜ、人は今も戦争をやめられないのだろう。




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