なぜ私はNOと言えないのか
NOと言いたいのに、
口から出る言葉はいつもYES。
頼まれると断れない。
負担だと分かっていても引き受けてしまう。
嫌われたくないわけじゃない。
弱いからでもない。
ただ、相手の頭の中では
私がYESと言う前提で物事が進んでいるのが分かる。
NOと言うことは、
相手の計画をすべて崩して
スタートに戻すようなもの。
それを“悪いこと”のように感じてしまい、
ついYESと言ってしまう。
弱いからじゃない。
本当は、優しさの感受性が強いだけ。
誰かのお願いにすぐ反応してしまうのは、
人を大切に思う気持ちがあるから。
だけどその結果として、
自分自身を苦しめてしまうことがある。
あなたにも、そんな経験はありませんか?
1. なぜNOと言えないようになったのか
人によって経緯は違う。
私の場合は、子どもの頃に
「我慢するほうが平和になる」と学んだことが大きかった。
小学生の頃、
誰かがケンカしているのを見聞きするだけで胸がざわついた。
板挟みになることもあった。
だから私は——
「波風を立てたくない」
「静かに過ごしたい」
そう思って、意見を主張しなくなった。
親との関係では、
期待に応えることで居場所を確かめてきた。
努力してもなかなか褒めてもらえない。
“もっとできるよね”と言われてしまう。
そのうちに、
「期待に応える=自分の価値」
という思い込みが育っていった。
2. 大人になってからのNOの怖さ
社会に出ると、
“NOと言えない理由”は形を変える。
NO=評価を落とす
NO=役割を失う
NO=居場所を奪われるかもしれない
そんな恐れが心の奥に貼りつく。
だから私は、
NOと言えないどころか、
本音とは逆のことまで
「やります」と言うようになっていた。
3. NOと言えないとどうなるのか
自分の意思が分からなくなる。
本音の場所が曖昧になる。
「私は何を大事にしたいのか」
「私はどんな大人になりたいのか」
その問いに答えられなくなったとき、
自分の人生から静かに離れていく感覚があった。
4. 小さなNOを育てる練習
私はまず、
「ここにいる理由」から問い直した。
私はなぜここにいるのか。
そして、ここに“いたい”のか。
ここにいたい=YESなら、
“今のNO”は何を守るためのNOなのか
根本のものさしで考える。
逆に、そこまで重要でないことなら
こう問いかけた。
「それを引き受けることで得られる未来は、私の望む未来か?」
望む未来ならYES。
望まないならNO。
NOと言っても、
失うものは案外少ない。
相手も、意外と重く受け止めない。
NOはわがままではなく、
自分の大事なものを守る行為だから。
そして、はっきりNOと言わなくてもいい場面もある。
「また機会があれば」
「その日は難しそうです」
「一度持ち帰らせてください」
相手を尊重しながら、
自分の境界線を守る方法はたくさんある。
5. 最後に
社会人としての肩書きよりも前に、
母親である前に、
妻である前に、
私は、私。
私の近くにいる人は、その“私”を
大切にしようとしてくれる人のはず。
本当は、
NOと言うことを誰も責めることはできない。
私が守りたいものを、
私が大事にしていい。
自分の人生に還るための、
小さなNOを育てていこう。
