見出し画像

7/24

朝の七時台に起きる。それはかなり久しぶりのことだ。演劇の練習も、コミキさんの希望が午後からで、会社に行くのと変わらない時間に起きていた。noteを書くのは久しぶりのことで、散歩会のリサーチは二月以来のことになった。三月から六月は、演劇をしていた。その時noteを書くかは少し頭をよぎったかもしれないけれど、すぐに忘れて演劇に打ち込んだ。

平日の登りの電車。混んでいるかと思ったが、各駅電車ならば座ることができる。乗り換えして特急にしたらやはり物凄い混み様だった。遅刻してはいけないと思い、五分前に着く電車にした。

こうやって書き出してみると、まず久しぶりのリサーチに体がどの様に感じ、適応して行ったのかの記憶が自分の中に印象として残っているのを感じる。そして今の”仕事”の感覚というものが自分の中にくっきりと存在していることもわかる。

赤い車が雑司ヶ谷駅の三番出口の付近に停まっているとDMが届く。車内を覗くとリカコさんが一人。運転はウタさんがするのかと思っていた。この車もリカコさんのご実家のものだという。ウタさんは遅刻で、何故かリカコさんが謝っていた。恐らく私が仕事と起きる時間の変わらない十時半の待ち合わせを希望したからだろう。後から聞くとウタさんも私と同じ様に六時間の勤務に加えて副業をしていると言う。ドキュメンタリー映画の制作に関する仕事で、監督が高齢のためにその様な時間割なのだと言う。一日の負担は軽くなるが、休みがない。それは遅刻もするはずである。私は五日間ある夏季休暇の内の一日を使っているが、休暇が休暇にならないというのがこの一年三ヶ月続いている。

ウタさんを高田馬場で拾うと言う。高田馬場まではすぐだった。

リカコさんは明日自身のイベントを控えていた。あんまり寝ずに作業していた様子だった。彼女は初めてZINEを作ったと言い、感想を聞きたいと言ってくれた。私達は豆本を作る手伝いをしながらリカコさんの運転する車に乗っていた。ハサミが一つしかないため、途中からはウタさんが折り目を付け、私がハサミで真ん中を切って形にした。酔わない程度に、あんまりスピードは出さなかった。黄色いA3の紙は少し分厚かった。その時折っていたのはコロンビアの言葉で書かれたものだったため、内容についての感想ではないが、紙をもう少し薄くしても良い気がする、とコメントした。紙は世界堂で買って来たと言い、その言葉は彼女が絵を描いていたことを感じる言葉だった。

好きな曲をかけてと言われたが、曲の趣味がリカコさんらしいなと思い、行きは特にリクエストしなかった。洒落ていて明るいがさり気無い感じが漂う。

彼女は藝大の授業で、福島に行っていた。藤井光、相馬千秋と共に”木村さん”という、現地でツアーを行う男性と町を辿った。2011年当時放射線汚染で立ち入り禁止となった場所だ。木村さんは妻と娘を津波で流された。直後、原子力発電所の事故が起きたことにより、捜索ができなくなり、二人を見つけてあげられなかったことをとても悔やんでいるのだという。「自分の足が東北に行くきっかけがなかったけれど」、とリカコさんは言っていた。防護服は付着を防ぎはするが、放射能は通してしまう。暑さの中で熱中症のリスクもあり、個々の判断に任された。リカコさんはマスクをしたが、木村さん、藤井さん、相馬さんはマスクをしていなかったという。それを聞いて「アーティストだね」と私は言った。「諦めというか」「受け入れるというか」といった言葉の先に、リカコさんが「覚悟の様なものを感じた」と言った。

ウタさんは、お祖父さんが福島の人だった。九月の中頃に一緒に行きたい、みたいな話になった。

そんな話をしながらなので、リカコさんは一度高速道路の出口を間違えてしまった。

風景が、田や畑になる。

第一村人は、草刈りをするおじいさん。二人目も、三人目も。赤い車が細い道を走っていく。

目的地に到着する。何か積まれている。奥に小さな緑のプロペラの風車が回る畑。

ウタさんが誰かいるかな、と窓を叩く。”トモさん”がいない、とリカコさん。ついさっきLINEで二人はやり取りをしたばかりだ。私達三人は一服する。


フルクサスのTシャツ


窓のガラスの隙間から尻尾だけを出した猫。ウタさんがこの猫は警戒心が強いんだと言う。何回も来ているからわかる。

外のビニールハウスの辺りでウロウロとしていると、トモさんがやって来た。トモさんはインドネシアからやって来た。ルアンルパのイベントを通してリカコさんと知り合ったという。挨拶をして、トモさんは私達を住まいの方へ案内してくれた。出されずに集められたままのゴミ袋。煙草の吸い殻をそのビニールの結び目に入れようとして諦めた痕。

トモさんと共にここで農業をする仲間は彼よりも若く、トモさんは肌の色も一段黒い。部屋は暗く、カーペットの色も暗かった。その部屋はシャッターが降りたままで窓が開けられていなかった。昨日収穫したばかりのジャガイモで手作りのポテトチップスを作ったという。ウタさんが辛くて食べられなかった。煙草と食べると辛さが際立つかもしれない。私はトモさんからガラムを貰ってから辛く感じた。でも手作りと思えない位ジャガイモは均一にスライスされていて、味付けは甘辛くて美味しい。ウタさんは何となくわかるんだけど、リカコさんもこの部屋に馴染んでいるのが意外だった。

彼らはこれからモスクに行く。写真を撮らせて貰った。素敵な一枚になった。道案内して貰う。いつもは自転車で行く。

痩せた三毛猫の後に続くのが痩せた黒猫。モスクの駐車場。「大きいね」と言ったらウタさんが「痩せている」と言った。


外観

女人禁止で私達は喫煙所の様な所で待つ。坂東市の畑で働く労働者は今や九割が移民であると話す人もいるという。でも、そうかもしれないと思うぐらい、人足が絶えない。始めに水で清める様子は外から見えるのだけれど、その様子をじっと見ている日本人らしき高齢者の様子があった。その目は睨んでいる様にも見えたし、得体の知れないものに対する警戒心を滲ませていることを伝えたいかの様に見えた。

ウタさんが猫を見つけて、落ちていたバナナをあげようと試みるが食べない。猫はずっとモスクの中に呼びかける。


黄色い目に殆ど黒目が無い。日差しが強いのか。

私はその猫を撫でることはしなかった。

このモスクを作ったという男性が、聖書を持って来てくれた。男性は気の良さそうな感じがして、今日は入ることができないと私達に謝った。日本語訳されていて、リカコさんもウタさんももう貰っていると言う。妻が日本人、といった場合があるため、翻訳されている。また、モスク内の撮影は以前リカコさんがしたのだという。

男性の祈りの時間の後に、女性が訪れる。男性は透明なパックの中の昼ご飯を受け取る。私達も分けてもらう。トモさんが”ハラル”だと言う。トモさんの横に座った彼は近い内に別の所へ行くそうだ。次に来た時にはもういない。二人の写真を撮る。

私達がぎゅうぎゅうに乗り込んだ車の写真を撮って、スーパーへ行く。




撮影は許可されたもの

ミニトマトの隣に並ぶ白いトマトの様なものに惹かれていたところ、その”別の所”に行く彼が美味しいと言い、生でも食べられると言っていたため購入することにする。リカコさんも買おうと思った様なのだが、私が買うから一つあげるよ、という感じ。

リカコさんは他に、明日のイベントで使うココナッツミルクなどを購入。ウタさんが代わりに買うとか買わないとか。また別の所に行く彼が「これ甘くて美味しいよ」と砂糖入りのジャスミンティーをおすすめしてくれたので、買うことにした。



スーパーで居合わせた方の店。明日の地域の祭りで出店するらしい。


行きに頑張れなくて撮れなかったので。


彼らの部屋で休ませて貰う。写真撮って良い?と聞くと、「汚いよ」と言う。こちらはシャッターが無いから、自然光。照明は付いていない。


リカコさんの絵が掛けられている

リカコさんがトモさん達にZINEを配る。リカコさんの方が私とウタさんよりも上手く折り目を付けることが出来ている。確かに紙が厚いかも、と言いながら。トモさんは英語と少しの日本語を話せるから英語のものを、他の皆には日本語のものを渡す。このZINEは三ヶ国語で作られていた。

リフォームの関係で、壁にめりこんでいるのか


床屋さん

リカコさんが「自分で切っているのに上手いね」と言う。彼らの猫っ毛はそのままでもお洒落なヘアスタイルに見える。

リカコさんが何かの交渉をしている。すると地元の農家と思わしき女性が訪ねてきて、「あんた達皆似てる、覚えられない」などと言いながら彼らとコミュニケーションをとっている。そんな様子を見ていると、これから農作業に向かう一人の少年が椅子を持って来て、座らせてくれた。

女性は「どっちかの彼女なのかと思った」と私達のことを言う。

再び出発する際にリカコさんがこのプロペラに気づく。尋ねると、風車かなと返答。

車を走らせて、道すがらトモさんがAliの曲を流した。私のプレイリストにもAliの曲が入ったものがある。でも、インドネシアのアーティストとは知らなかった。畑に到着すると先程の少年や女性が農作業をしていた。この農園はどうやらオーナーが日本人の妻を持つ中国人とのこと。七人程度が南瓜の収穫をしていた。外は物凄い暑さで立っているだけでもクラクラとした。とはいえ、この日は夕立もあった様な日で空が曇り、炎天下よりは涼しい。また、都心や横浜に比べれば空気も些か澄んでいる。農作業をする時、彼らは肌の露出のない、扇風機の付いた服を着ている。ワークマンでバイトしている時によく売れた服だ。



学校があった跡。この辺りに面白い建物もあったのだが、上手くカメラで反応できず。

畑の付近に車を停めるのに苦戦する。

もう一つ訪れた畑では除草剤を撒いていた。作業をしていたのはインドネシア人、中国人の男性二人組。インドネシアから来た男性は2012年頃に一度三年間の期限付き(当時の規定)で日本に出稼ぎに来ていた。その貯金を元手に帰国後は日本語学校を創った。彼の学校で日本語を学んだ学生が坂東市でも多く働いているという。しかし、「二人だったから上手くいかなくなった」とのことで日本に再び出稼ぎに。また貯金が貯まったら、自分一人で学校を創りたいとのこと。

もう一度、住まいに戻った。

ギターを弾き語り、皆でカラオケ。インドネシアにはノンクロンという文化があり、毎回この様になるらしい。Kiroroの「未来へ」の時は私もわかる範囲で歌った。

写真を撮ると、別の所にいく彼はもうノリノリ。可愛い顔でピースをしてくれる。仲良くなって来た気がして嬉しかった。でももう、次は会えないのか。

缶は片方が灰皿、片方がお菓子。




デザート作りをしているが、砂糖を入れ忘れたという。餅が出来上がっていた。混ぜている植物は良い香りがするのだとリカコさんがスーパーで言っていたものか。


トイレをそっと開けてみたが、私には挑戦する気が起きない。帰るまで私はトイレに行くことが出来なかった。昔ながらの和式トイレが二つ。吸い殻が落ちていると言う。


再チャレンジ

帰るまでに冷えたの食べたいな、とリカコさんが味見した。氷水の中で冷ややす。私もウタさんも食べた。甘くなったけれど、本来は餅ではなく杏仁豆腐の様な感じだと思われる。

16時半頃になり、帰ることになった。近隣のローソンのトイレに行った。リカコさんは藝大の授業を受けるとのことで、帰りは上野で解散することになった。私が作ったプレイリストをかけたら、幾つかリカコさんが気に入ってくれて、気にいるとスクリーンショットをしているという。映画をイメージしたプレイリストをこれまで二十個程作っており、それは散歩会と同じくらいある。Aliの楽曲が入っているのは「ドレミファ娘の血は騒ぐ」だ。ツジ君から以前、ドライブの時にかけている、と言われたが、確かにドライブの時に良いなと思った。夕立がどうやらみえたらしい。

上野駅に着くと、ウタさんが副業は黒坂ひなさんの後任なんだと言っていた。彼女はJRの方に、私はメトロの方に。南瓜を抱えながら満員電車の東葉高速鉄道に乗った。立ちながら気を失い、眠る。

いいなと思ったら応援しよう!