泣きながら眠った、40歳のお誕生日
帰宅後
リビングのドアを開けて
「ただいま」
とだけ父に伝える。
すぐ洗面所に行き、手を洗って、そのあとはずーっと自分の部屋に篭りっきり。
これが私のルーティーン。
父とは、あまり仲が良くない。
同じ家に住んでいるのに、
会話はほとんどしないし、顔もあまり合わせない。
だからこの日、
「おかえり!」
と父が明るい声で言ったとき、少しだけ違和感があった。
(あれ?なんか機嫌いいな。競馬かパチンコでも当たったんかな)
そんな軽い気持ちで、自分の部屋に入った。
机の上に、銀行の封筒が置かれていた。
中を開けると、1万円札。
(やっぱり当たったんや)
そう思ってリビングに戻り、父に聞いた。
「どっちが当たったんー?
気持ちは嬉しいけど、私はいいよ」
返そうとした私に、父は当たり前みたいに言った。
「明日、誕生日やろ」
心臓が、きゅっとなった。
……あ。
わたし、40歳になるんやった。
学生の頃なら、親からもらえる1万円は
「ラッキー!ありがとう」だった。
素直に喜べて、遠慮なく受け取れた。
でも40歳のいま、同じ1万円がまったく別物に見える。
父は溶接の仕事をしている。
過酷な肉体労働だ。
年齢だって、もう若くない。
そんな父が、身体を削って稼いだお金。
その1万円は、
自分が稼ぐ1万円より、ずっと重たい気がした。
同時に、胸の奥がチクっとした。
40歳にもなって、まだ実家にいて、
親からお金をもらってる自分。
父の気持ちは嬉しい。
でも、それ以上に情けなさと申し訳なさが、ぴったり張り付いて離れない。
父に、言えていないことがたくさんある。
適応障害のこと。
4月末で会社を辞めること。
副業のこと。
任意整理をしていること。
言えないのは、「理解されないだろう」という諦めよりも、
今の私には、心配させる材料しかないから。
「大丈夫だよ」って言える根拠が、まだどこにもない。
だから、言えない。
封筒を握りしめたまま、
私は自分の40歳の現実を、静かに数えた。
体力も気力も落ちてる。
今の副業の稼ぎでは食べていけない。
副業で成功する未来も見えない。
適応障害。
転職できるのか、今後まともに会社員ができる日が来るのかわからない。
……なのに、誕生日だけは来る。
実は、つい最近まで
自分が適応障害だなんて、思ってもいなかった。
「ただ疲れてるだけ」
「年齢のせいかも」
「甘えてるだけ」
「もともと根性ないし」
本気でそう思って、自分を責めていた。
状況が変わったのは、手書きのセルフアッププランナーのデータをAI(NotebookLM)に読み込ませて、
壁打ち相手や客観的な分析をしてもらっているときだった。
眠りすぎる日
通勤前だけ動けなくなる日
電車の中で涙が止まらなくなった日
通勤電車の中で吐き気がして、途中の駅で降りた日
仕事が終わると、何もできなくなる日
会社の上司への不信感や苛立ちが止まらなかった日
画面越しにAIから提示されたのは
「典型的な適応障害の症状」という言葉。
そのあと心療内科を受診して、
ようやく現実として受け入れた。
40歳になる直前に、私はようやく自分の限界に気づいた。
誕生日って、正直もう全然嬉しくない。
むしろ、絶望に近い。
でも、家族以外ですぐに
「おめでとう」と言ってくれた人がいた。
たなか主夫さんだった。

スタエフの収録で、ほんの一瞬だけ
「明日で40なんです」
って言っただけだった。
それを聞き逃さずに、
「おめでとうございます」とコメントをくださった。
その優しさがもうとっても嬉しいのに
「ゆのさんなら絶対に達成できます☺️」
と、いつも全肯定してくださるところ。
その一言が、とても心に沁みた。
それだけで、救われた。
そして翌日。
40歳のお誕生日当日。
会社に行っただけで、どっと疲れた。
身体の奥の電池が、最初から残り20%しかないのに
無理やり出勤して
なんとか1日が終わった頃にはもう電池切れみたいな感覚🪫
店長の監視しているような視線。
ピリッと張り詰めた空気。
新人の子からの重たい相談。
退職の挨拶をしたかったお客様にも、結局声をかけられなかった。
たった一言、「お世話になりました」それだけなのに。
とてもよくしていただいたお客様なのに。
小さなトゲみたいな出来事が、一つずつ刺さっていく。
40歳の誕生日。
なんにもめでたくない。
家に帰って、部屋でぐったりとしていたとき、スマホに通知が来た。
めんぱぱさんからの、お祝いメッセージだった。

「ケーキ食べましょう🎂🤣
経験も重ねてきて、身体もまだ動く40代が
人生で最強の年代なんじゃないかと思ってます」
その言葉を見た瞬間、
胸の奥が、じんわり熱くなった。
今日のわたしは、
最強どころか、ただ疲れ切っているだけ。
それでも、
「40代は最強」
そう言ってくれる人がいる。
そして、確かこの説は昔、本でも読んだことがある気がする。
「捉え方次第」なんだ。
少しだけ呼吸がしやすくなった。
40歳の誕生日。
私は、泣きながら眠った。
涙が出た理由は、一つじゃない。
父の1万円が重かったこと。
40歳になってしまったこと。
将来への不安。
職場で、飲み込んだ言葉。
でも、
「おめでとう」と言ってくださる人がいたこと。
全部が絡まって、
感情の処理が追いつかずただ泣いていた。
40歳の誕生日は、
まったくキラキラしていなかった。
でも、父からの1万円も、
いただいたお祝いの言葉も、
全部、ちゃんとわたしのところに届いた。
絶望的なスタートだったけれど、
ここが、
作り直すためのスタート地点なんだと思う。
