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南千住 円通寺

7月12日 日曜日、新御徒町の「つむぐ文庫」からの帰り道、日光街道を北千住へ向かって北上。厳密には北北東へ進むと、左側に金色の仏像が見える。
よく通る道ですが、なんとなく見過ごしていました。金色の大仏があると、私は人寄せ的なイメージを持ってしまうのですが、1000年以上の歴史をがあり、様々なエピソードを持つお寺でした。

円通寺

歴史

江戸時代「下谷の三寺」として下谷・廣徳寺、入谷・鬼子母神と共に、箕輪の圓通寺として、有名であった。
百観音というのは当寺の通称で門前に(秩父・坂東・西国)の観音像を安置した観音堂があったからである。ただし安政2年の大地震にて倒壊、現在三十三体が本堂に安置されている。
当寺を中心に六里四方を観音原と呼んでいたが、
八幡太郎義家が奥羽征伐して賊首四拾八を此処に埋め四拾八塚を築いたことにより、小塚原とこの辺が呼ばれる様になった。

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Wikipedia

施設

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日光街道歩道より

門と狛犬

門を入ってすぐ右側に狛犬さんが居る。お寺に狛犬。本堂まで長い参道がある。江戸時代には神社があったかもしれません。
角ありカール巻ききり一寸可愛いタイプ。

黒門

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彰義隊奮戦図絵巻(部分)


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彰義隊士の墓


死節之墓

三河屋幸三郎が、賊軍である鳥羽・伏見・函館・会津などの各藩士の指名を彫って供養していた。

私がいちばん惹かれた

よしのぶ地蔵

良展ちゃん誘拐殺害事件は、70歳以上の人の記憶に強く残っている。
この寺で、遺体が発見されたとホームページに書いてあって驚いた。
謂われてみると抱かれている子供が抽象的な像でなく、4歳児なのだ。

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良く見ると、菩薩像ではないか。

金色で大きいと、大仏と思ってしまう。

全長12mの“菩薩像”が目印!貴重な遺跡が残されている、南千住のフォトスポット「円通寺」

トラベラーズガイド より画像を借りました。

建物のフロント部分にあった

仁王像

右側にフェンスがあり入口が開いており、入らせていただく。

圓通精舎

板碑四基

首塚・七重の塔

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左側の石塔

一段目の石像たち

その上は丸い石になる。これが首塚?

六地蔵さま

右側に庚申塚

左側のお地蔵様

左側3体

右側3体

保存樹木の銀杏はあるが、神社と違って数は少ない。

南千住と三ノ輪の中間あたり、
門から本堂は遠く、菩薩像もそれほど目立たない。

行き当たりばったりで、惹かれたお寺にお参りし、自宅に戻ってから調べて書いている。

良く通る道です。
今度はじっくりと再訪したい。

1000字です。
ではまた。

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