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おじちゃんの人差し指 


昼下がりの山手線。


巣鴨で月に一度のお参りを済ませ乗り込んだ車内は、あいにく座れる席は無くて仕方なく吊り革に掴まった。
窓から差し込む午後の陽射しが柔らかい。

カーブで車体が揺れた時、私の体が左に傾いて隣の男性に肩先が触れてしまった。
「あ、すいません」
軽く頭を下げると男性もほんの少し頭を下げた。
髪の毛に白いものが目立つ。
私と同じ位の年周りだろうか。
ふと見ると、吊り革を掴む男性の人差し指の爪が茶色く黄ばんでいる。
(この人も煙草が好きなんだな)
窓ガラスに映るその男性をぼんやりと見ていたら、不意に懐かしい匂いがした。
ほのかに甘いその香り。


灰色の煙が立ち込めた部屋。
吸い殻で溢れた灰皿。
人差し指と中指で挟む小さな白と黒の石。
ずっと思い出す事もない人だった。

私のおじちゃん。


おじちゃんは母の姉の連れ合いだ。
父と母そして私と4歳離れた妹は、私が物心ついた頃から伯母夫婦の家で一緒に暮らしていた。
豊島区目白にあるその家は漫画のサザエさんみたいな家で、よく言えば昭和レトロ、実際はボロい平屋の一軒家だ。
南側の長い縁側に面して和室が二つ、北側の玄関脇に部屋が一つ、後は台所とトイレで、風呂は
まだ薪風呂だった。
もちろんシャワーなんてものは無い。
そんな家に6人で住んでいた。


磨りガラスの引き戸を開け、土間から上り框を上がって右手の四畳半がおじちゃんの部屋だ。
当時おじちゃんはオリーブの葉っぱを鳩が咥えているデザインの缶ピースを吸っていて、私はその空き缶にキラキラしたおもちゃの指輪やビー玉、髪留めやブローチをチマチマと入れていた。
「煙草の缶なんかに入れたら臭いがつくのに」と母は顔を顰めたが、私はこの綺麗な濃紺のピース缶が好きだった。
スンスンと鼻を寄せると独特の甘い香りがした。


おじちゃんの部屋の文机の上には万年筆や新聞と一緒に週刊新潮がいつも置いてある。
新聞では四コマ漫画と人生相談、週間新潮では巻末のお宅拝見コーナーが私のお気に入りだった。

学校から帰ると棋譜並べをしているおじちゃんの隣で掲載された家の写真を見るのが私の日課だ。
小学生にしては渋い趣味だったと思う。
その日も気に入った家の写真をハサミでチョキチョキ切り取っていた。

「Yちゃんは写真家か建築家になりたいのかな?」
「おしゃれな家が好きなだけだよ」
「そうか。僕もおしゃれなものは大好きだよ」
人差し指と中指で挟んだ碁石をパチリと基盤に置いて、おじちゃんは嬉しそうに笑った。


知ってる。
おじちゃんがおしゃれなものが好きなこと。

金色の懐中時計。
黒い軸に金の輪がある万年筆。
鈍く光る銀色のライター。


「おじちゃんは素敵なものいっぱい持ってていいなあ」
私が羨むと台所で茶碗を洗っていた母は
「伯父さんは道楽者だからね」そう呟いた。
道楽者?
わからない事があれば辞書を引けと常々学校の先生に言われていたので辞書を引いてみる。


「道楽者」
①酒色。賭博に浸り本業を疎かにするもの。
②怠惰。横着者。

おじちゃんは毎晩瓶ビールを2本呑む。
その後はウイスキーの角瓶を呑む。
酔うと赤い顔をして黒田節を唸ったりする。
あれって酒色?
取り敢えず毎日職場にも行ってるみたいだし、怠惰、横着者でもない様な気がするけれど。


おじちゃんは池袋の碁会所に勤めていた。
毎日まあまあ決まった時間に出かけ、まあまあ決まった時間に帰ってくる。
あと、おじちゃんはとても背が高い。
近所のおばちゃん達によればアメリカの何とかという俳優に似ているらしい。
そう言えば白い開衿シャツに流行りのカンカン帽をかぶってポーズをとったアルバムの写真は、ちょっとスカした映画スターみたいだった。
その時、道楽者が「道を楽しむ者」と書くことに気がついた。
だったら思い当たることがある。

私が生まれた時、おじちゃんは私を乳母車に乗せて毎日散歩に出かけたらしい。
その日も赤子の私を乳母車に乗せ散歩に行ったが、待てど暮らせど帰ってこなかった。
携帯電話もない時代。
昼もずいぶん回った頃、ようやく帰ってきたおじちゃんに母は血相を変えて問い詰めた。
するとおじちゃんはケロリとした顔をして
「ちょっと鮨屋に行ってたんだ。心配しなくても大丈夫さ。Yちゃんはずっと良い子で寝てたよ」
そう言って母を呆れさせたという。

私が歩ける様になると今度は鮨屋の代わりに近所の蕎麦屋に連れて行き、私に月見うどんを食べさせながら一杯呑んでいたらしい。
どうやらおじちゃんは懲りない性格のようだ。
今でも私が月見うどんを好きなのはその頃の名残りかもしれない。


「道を楽しむ者」と書いて道楽者。
道すがら、鮨や蕎麦を食べて楽しむ者。
やっぱりおじちゃんは道楽者だ。


夏休みにはおじちゃんの碁会所にも行った。
ビルの狭い階段を登ってドアを開けると煙草の煙がモクモク立ち込めていて、碁を打つおじさん達が沢山いた。
どの席の灰皿も山盛りの吸い殻でいっぱいだ。
私は対局相手と基盤を挟んで座るおじちゃんの隣に座らせてもらう。
窓側のその席がおじちゃんの指定席らしい。
碁はまったくわからず退屈だったが、「姪っ子ちゃん、小学生? かわいいねえ」などとお世辞を言われながら大人達にジュースやお菓子を貰うのは嬉しかったし、おじちゃんがそこでは「先生」と呼ばれているのはもっと嬉しかった。

碁を見るのに飽きると行き交う車や人の流れを見て時間を潰した。私は些か空想癖があったので、こんな風に時間を潰すのは得意だった。
窓の外の観察に飽きるとまた基盤に目を戻す。
おじちゃんは左手の人差し指と中指に煙草を挟んで、盤上を見つめていた。
その長く形の良い指先は、右手の指と同様に茶色く黄ばんでいる。
ヘビースモーカーの人の指先にはヤニが付くのだと以前母から教えて貰った。


一度尋ねたことがある。
「おじちゃん、その指の色って落ちないの?」
「うん。落ちないねえ」
「石鹸でゴシゴシ擦っても?」
「うん。落ちないねえ」
「そうか。ならしょうがないね」
何がしょうがないのか自分でもわからなかったけど、とりあえず大人になっても煙草を吸うのはやめておこう。そう思った。

帰り道、目白駅前の洋菓子店でみんなの好きなケーキを買った。
おじちゃんはサバラン、父にはシュークリーム。
あとの皆んなはイチゴのショートケーキだ。
ボストン洋菓子店のケーキは私にとって特別中の特別だ。誕生日やクリスマス、そんなスペシャルな日にだけ食べられる高級なケーキだったから。
でもおじちゃんと一緒だと買って貰えた。


夏の日の夕暮れは少しだけ湿った土と青臭い葉っぱの匂いがする。
目白通りから道を一本それて、ケーキの箱を持ったおじちゃんと手を繋いでぶらぶら歩いて行く。

「きんぎょう〜えっ、きんぎょ」

チリンチリンと響く涼しげな音と共に金魚売りのお兄さんの声が聞こえた。
向こうからガラスの水槽の上に風鈴をたくさんぶら下げたリヤカーがやって来る。

赤い金魚、黒い金魚がひらひらと泳ぐその上で、色とりどりの風鈴が風に揺れている。
「わぁ、綺麗」
見とれているとおじちゃんが水槽を覗き込んだ。
「金魚、買って帰ろうか?」
「うん!」

首に白いタオルを巻いたお兄さんに頼んで、1番元気に泳ぎ回っている赤い和金を金魚袋の中に入れてもらう。
「おじちゃん、見て見て!」
嬉しくて透明な袋を夕日に掲げたら、淡いオレンジ色に染まった水の中で赤い金魚が泳いでいた。



私が小学校に上がった頃、周りの家はみんなガス風呂になったのにうちだけはそのままだったので貧乏なのかなあと少し悲しかった。
でも銭湯に行けば湯上がりにフルーツ牛乳やパインアイスを買って貰えるし、と自分を慰めた。
この頃から金魚売りや風鈴売りのお兄さんをだんだんと見かけなくなった。
自転車で焼きたての煎餅を売りに来ていたおじさんも来なくなった。桜の形をした塩味の煎餅はとても美味しかったのに。



冷蔵庫やカラーテレビがどの家庭にも普及して生活が便利で豊かになっていった時代。
それなのにおじちゃんと伯母ちゃんの間には諍いが増えていった。
小さな諍いは日常的に繰り返され、そしてあの日の事は今もよく覚えている。


喧嘩の原因はわからないけれど、夕食の後、酔ったおじちゃんが伯母ちゃんに言った。
「これだから田舎者は嫌なんだよ」

おじちゃんの実家はとても裕福でおじちゃんはボンボンだったらしい。何かの仕事で中国に行っていた時には、お手伝いさんが2人いる家に住んでいたと伯母ちゃんが言っていた。
伯母ちゃんと母は福島県の相馬で生まれた。
父は長野県北佐久郡軽井沢町字峠という雪深い地で生まれた。
子供心に伯母ちゃんが田舎者なら父も母も妹も、そして私もみんな田舎者なんだろうと思った。

「穀潰しよりはましでしょ」
そう言って伯母ちゃんは小さな背中を向けた。


「穀潰し」
定職もなくブラブラと遊び暮らす者。



私が小学校の高学年になった頃、母と伯母ちゃんは引っ越しの話をよくする様になった。
みんなが揃う食卓ではなく、2人きり、もしくは父を交えて3人で。
私はと言えば、正直転校する寂しさより新しい家への憧れの方が強かった。
木造の平屋は古くて狭くて、子供心に友達を呼ぶのが少し恥ずかしかったから。
それに誰にも言わなかったけど、自分の住所を書く時に「〇〇方」と伯父の姓を添えるのも、クラスの連絡網の電話欄に「呼び出し」とあるのも、カッコ悪いし恥ずかしかった。

看護師だった伯母ちゃんは休みの度に母と物件の下見に出かけて行った。
そんなある日、私は母に尋ねた。
「引っ越しする時はおじちゃんも一緒?」
「伯母ちゃんだけよ」


何故?
どうして?
みんな一緒じゃないの?

本当はそう聞きたかったけど、何故かそれ以上は聞いてはいけない気がした。
でも、その日からずっと心の奥がチクチクした。
おじちゃんの顔を見るともっとチクチクするから
なるべく顔を合わせないよう、宿題をするとすぐに自分たちの部屋に戻った。


引っ越しが正式に決まった頃、ある晩おじちゃんは酷く酔っ払って帰ってきた。
引き戸をガタガタと乱暴に開ける音に驚いて玄関に出てみると、上り框の所でおじちゃんが酔い潰れていた。
きつい酒の香りがあたり一面に漂う。

「みんなどこへでも行っちまえ!行っちまえ!」
喚きながら私を見上げたおじちゃんの赤く濁った目が怖かった。
テレビドラマ以外で初めて、大人の男の人がこんなふうに怒鳴るのを聞いた。

「おじちゃん」
おじちゃんのコートは何処で転んだのが泥だらけだ。
「部屋に戻っていなさい」
立ち尽くす私にそう言うと、父は大声で喚き続けるおじちゃんを抱えた。
父が力持ちで本当に良かった。
ほっとしたその時、酒の匂いとは違う異臭が鼻腔をつく。
おじちゃんのズボンの前が濡れていた。
土間には潰れた中折れ帽が落ちている。
おじちゃんのお気に入りの茶色い中折れ帽。
拾い上げパンパンと汚れを落として形を治そうとしたけれど、ひしゃげた帽子はなかなか元の形に戻らなかった。

その日からおじちゃんは毎晩ベロンベロンに酔って帰って来た。
「みんな行っちまえ!さっさと行っちまえ!」
「馬鹿野郎!馬鹿野郎!」と喚き散らす。
私と妹はおじちゃんが帰ってくる前に宿題を済ませ、風呂に入って寝る支度をした。
でもいくら布団に潜って耳を塞いでも、おじちゃんの怒鳴り声は聞こえてくる。
古い木造の家にはドアなんて洒落たものはなく、仕切りは襖と障子だったから。
ボロい家が恨めしかった。




引っ越しの前日、私は学校から帰ると母の赤いスコップを握りしめ庭に降りた。
庭の隅、水仙が咲いている花壇の隣をせっせと掘っていると妹がやってきた。
「おねえちゃん、何してるの?」
「宝物を埋める穴を掘ってるんだよ」
妹は掘りかけの穴の隣に置かれた紺色のピース缶の蓋を開けると目を輝かせた。
「わっ、可愛い指輪が沢山入ってる!埋めちゃうんなら私にちょうだい」
「いつか掘り返した時にね」
「えー!いつかっていつ?」
「そうだなあ。10年後くらい?」
そんな適当なことを言って誤魔化した。
でも口に出すと本当にそんな気がしてくる。
いつかまた、そんな日が来るかも知れないと。

「きっとだよ。約束だよ」
不満気に口を尖らせる妹の手から紺色の缶を取り戻すと、30センチほど掘った穴の底に置いた。
「ねえ、おねえちゃん。この穴ってさ、ずっと掘ったらどこに行くの?」
「ブラジルに行くんだよ」
「そうか。ブラジルか」
両手で土をかけながら妹は真面目な顔で頷いた。

そもそも何で宝物を入れたピース缶を埋めようと思ったのか。
今思い返してもよくわからない。
はっきり覚えているのは湿った黒い土の感触と、掘っているうちに水道管みたいなものにゴチンとスコップが当たったことぐらいだ。


あの頃は知らない事が多かった。
でも今ならわかることもある。


例えばピース缶の鳩は、旧約聖書の「ノアの方舟」の物語で大洪水の後にノアの放った鳩がオリーブの葉を咥えて戻ったことから、後に平和の象徴とされた鳩をデザインしてあるということ。
例えばピーカンの由来はピース缶が抜けるような青い色なので、同様の青い空をさしてピース缶の様な空、から来た説があること。
例えば日本の反対はブラジルではなく、ウルグアイから東に千キロ離れた大西洋上だということ。


そして引っ越しの日のこと。

私はおじちゃんにさよならを言った記憶がない。だからおじちゃんはその日、いなかったと思っていた。
でも後になって妹と引っ越しの話をした時、四つ下の妹はその日の事をよく覚えていた。
「おじちゃん、いたよ。家の前の角に立ってたよ。
私がおじちゃんの所に行ったら、気をつけてねって言ってた」
「え?でも私、おじちゃんに会ってないよ」
「だって、お姉ちゃんはチロを探しててずっといなかったもん」


妹の言葉に思わずハッとなる。
ああ、そうだった。
私はその当時可愛がっていたチロという名前の白い野良猫を引っ越しの間ずっと探していた。
「チロにお別れを言う」と言って。
チロにお別れを言いたかったのは本当だけど、おじちゃんの顔を見るのが辛かったのだ。
だから引っ越しを手伝う事もなく、ずっとチロを探していた。



私たちが引っ越した千葉の家は駅から徒歩20分の建売住宅だ。
週刊新潮に載っていたようなオシャレな家ではなかったけれど、家の中には階段があった。

この家で私は生まれて初めて自分の部屋を持った。四畳半の部屋にはモスグリーン色のカーテンを掛け、当時好きだったアイドルのポスターを貼った。
伯母ちゃんの部屋は一階の1番日当たりの良い和室だ。小さいけど縁側もある。
庭は猫の額のように狭かったけど、その狭い庭に母は金柑と桃の苗木を植えた。


「これ伯父さんから」

中学3年生の時、母から1通の手紙を渡された。
おじちゃんからの手紙だった。
あの黒い万年筆で書いたのだろうか。
達筆だったおじちゃんの字は不揃いでとても読みにくかった。


お元気ですか。
僕は体調がすぐれません。
皆さんに会いたいです。
今度遊びにきてください。


送付先は都内の医療老人ホームになっていた。
「おじちゃん病気なのかな?今度みんなで会いに行く?」
私が尋ねると母は酷く困った顔をした。
伯母ちゃんはただ黙ってテレビを見ていた。


私はおじちゃんに手紙を書いた。
学校のこと。
勉強のこと。
部活動のこと。
最後に「今度遊びに行きます」と書いた。


それから私とおじちゃんは何度か手紙をやり取りした。おじちゃんの字はどんどん筆圧が弱くなって、読めない字が増えていく。
それでも手紙にはいつも最後に
「今度遊びに来てください」と書いてあった。
私は変わらず学校や友達、その時読んでいる本の感想などを書き、そして手紙の最後に
「今度遊びに行きます」と書いた。



私が高校を卒業する少し前。
おじちゃんが亡くなった事を母から知らされた。
私は結局、一度もおじちゃんに会いに行かなかった。





いつの間にか隣にいた男性の姿は無かった。
電車が池袋に着くと人がどっと降りて空席ができたが、私は座ることなく立ち続けた。
次の停車駅の目白に電車が近づく。
ゆっくりと停車して自動ドアが開いた。
数人の乗客が降りていく。
発車のメロディが鳴っている。



気がつくと私はホームに立っていた。
電車を降りたもののただぼんやりと立っていた。
ホームの向こうには見慣れぬエスカレーターがあった。
なんで降りたんだろう。
降りてどうするのだろう。
でも結局、次の電車に乗ることも出来なくて白いベンチに腰を下ろした。


1ヶ月程前の妹との会話を思い出す。
妹は前歯を怪我した娘の治療で紹介された目白の歯医者に付き添った時、私たちが昔住んでいた家に行ってみたという。

「もうさ、全然面影無いよ。敷地いっぱいに2軒家が立ってた。おねえちゃんと遊んだ道路も、今見るとびっくりする程狭くてさ。周りのうちもぜんぶ新しくなってた。あ、でもシンくんの家だけはそのままだったな」

そりゃそうだろう。
あれから50年以上の時が流れている。
だからもう2度とあの庭を見ることはできない。
大きな檜の木も、背中に白い点々のあるカミキリムシのいた枇杷の木も
妹と埋めた青いピース缶も。

「あ、あとね、覚えてる?ボストン洋菓子店。
もう無いんだよ。ずいぶん昔に火事で焼けちゃったんだって」


本当にもう、知らない街になってしまった。
思い出の懐かしい味も消えてしまった。
それでも、ケーキの白い箱と赤い金魚を持って
夕焼けの中おじちゃんと手を繋いで歩いた道はまだあるのだろうか。

電車が一番線に入って来た。
ベンチから立ち上がったその時、耳の奥で何かが響く。

「パチリ」
それは小さな石をうつ音だった。



おじちゃんと遊んだ五目並べ。
私が黒の石でおじちゃんは白の石。
「縦、横、斜め。先に五つ並べた方が勝ちだよ。好きなところにおいてごらん」
そう言って煙草に火をつけて優しく笑った。



おじちゃん、

私ね、怖かったんだ。
おじちゃんが私達を恨んでいたらどうしようって。
とても怖かった。
だからさよならを言わなかった。
会いにも行かなかった。
行けなかった。



だからおじちゃんが亡くなったと知らされた時。
「会いに行きます」ってもう手紙に書かなくて済むんだと思ったら、私はホッとしたのだ。



煙草の煙が立ち込める部屋。
白と黒の碁石を挟む長い指先。
文机の上の週刊新潮。

金色の懐中時計。
黒い軸に金の輪がついた万年筆。
鈍く光る銀色のライター。


今日まで心の1番底に沈んでいたおじちゃんとのたくさんの思い出たち。
でも本当は沈んでいたんじゃない。
私が沈めたのだ。
たくさんの後ろめたさと一緒に私が沈めた。



おじちゃん、ごめんね。
嘘つきな姪っ子でごめんね。
薄情な姪っ子でごめんね。



引っ越しの日。
チロを探すフリをしながら、私はおじちゃんを遠くから見ていた。
家の角に一人でポツンと立っている、白いワイシャツ姿のおじちゃんを私は見ていた。


私はあの時あの場所で、ちゃんとおじちゃんにさよならって言わなくてはいけなかった。
どんなに悲しくても辛くても、さよならって言わなければいけなかったのだ。


ベンチを立ち上がり長い通路を改札へと向かう。
目白駅を西へ学習院とは反対の方向に歩き出す。
私はまだあの道を覚えているだろうか。
サザエさんの様な家のあった場所へと帰る道を。


たとえ私が忘れてしまっても、おじちゃんの人差し指の思い出がきっと私を連れて行ってくれるだろう。



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