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舞い踊れ!第36話:張り物は 一人の男の 苦悶から

「それにしても、このまことに精巧な張り物は、一体全体どのようにして作られたのですか……?」

座頭の中村芝翫は「ガハハ!」と豪快に笑い飛ばした。

「ああ、その代物かい! そいつは今から三年ほど前、お前さんの作った公衆浴場が江戸中で大評判になった時の話に遡るんだよ」

お櫛とお紅が「あぁ、あの時の……」と額を押さえて深々とため息をつき、お糸は顔をさらに赤くし、お箱だけが背筋をピンと伸ばして静かに胸を張った。

――事のきっかけは、三年ほど前のこと。

参蔵屋の藤の発案で新設した檜の公衆浴場が江戸の町に完成し、連日大賑わいを見せていた頃である。新しくできた立派な湯屋の噂を聞きつけた芝翫が、楽屋で目を輝かせて言い出した。

「おい! 参蔵屋の風呂は素晴らしい出来らしいじゃねぇか! 俺も男湯に入って一番風呂を浴びてくるぜ!」

「駄目に決まってるでしょうがーーっ!!」

楽屋中に取り巻き四人の絶叫が響き渡った。大柄なお糸が仁王立ちで立ち塞がり、お櫛は頭を抱え、お紅とお箱も絶対に許さないとばかりに首を横に振る。いくら男装の精度が上がっているとはいえ、いつもの簡素な張り物では素っ裸になれば一発で女だと露見してしまう。

風呂に行けず、子どものように唇を尖らせて残念がる芝翫。それを見た四人は何とかしてやれないものかと知恵を絞り始めた。

まずは情報収集である。変幻自在の化粧師であるお紅が、参考の品として江戸中の本屋で春画を買い漁ることになった。ただ、家を出るたびに違う姿に化けて出たものだから、「何人もの若い娘が春画を買い漁っている」「なんなら幽霊まで使って春画を買わせている」という奇妙な噂が江戸中に立つこととなってしまった。

そうして集めた春画を皆で研究してみたものの、どれも大げさに描かれすぎていて、本物の具合がさっぱり分からない。 ついにお箱が真顔で「……こうなれば、町中の男をひん剥いて確かめるか、死体から切ってこようか」と物騒なことを言い出し、皆で慌てて「早まるな!」と止める騒ぎとなった。

「そもそも、できた公衆浴場がどんなところか偵察に行こう。もしかすると覗けるかもしれん」 ということになり、芝翫もわざわざ女性の化粧をして、五人そろって女湯へ入りに行くこととなった。

目論見通り、女湯からしれっと男湯を覗き見ることができ、おおよその寸法は把握できた。だが、お箱は職人としてまだ納得がいかなかった。

(大きさは分かりましたが、あの揺れ方をする柔らかさや、重さはどのくらいなのでしょう……?)

お箱が無表情のまま一人で思い悩んでいたその時、ちょうど手近に、女湯へも仕事で出入りするふんどし姿の三助の男がやってきて、「湯加減いかがっスか?背中を流してほしい人がいたら声かけてくださいっス~」と声をかけて回っていた。

(へー、そういうこともしていただける場所なのね)

「そこの三助さん、背中流していただけます?」「へぇ、喜んで!ではこちらの洗い場へどうぞ」「ありがとう」

洗い場に座ったお箱の後ろに回った三助は、丁寧に背中を流し始めた。「綺麗な肌ですねぇ~。なにかご希望あれば遠慮なく言ってくださいっス」

自分の背中側、すぐ真後ろに知りたいものの実物がある。手を伸ばせば触れる場所に。(さすがにダメよね。。。でも私が動かずに向こうが動いてくれたら。。。)

「もっと上のほうを」「へえ」「もうちょっと右側を」「喜んで!」「そこから下にずずっと」「まかせてくだせ。。。え?」「もうちょっとそこを強く」「へ、へえ。。。」「そこそこ、そこを左右に体全体使って勢いよく」「。。。」

何かが股に触れているような感覚があるも、不埒なことを考えたらいけませんよ、は藤お嬢様にも大番頭にも口酸っぱく言われている八兵衛は無心でこすり続ける。(これは自分の不埒な思いが生む妄想っス!落ち着け、邪念を払い落とせーーッ!)

八兵衛は必死に首を振り、己の恐ろしい妄想だと思い込もうと振り払いながら、汗だくになって懸命に背中を流し続けたのだった。

そうして得られた生きた手応えを元に、お箱の至高の職人技によって生み出されたのが、いま藤の足元に転がっている完璧な張り物である。

「……というわけさ。名も知らぬ三助さんの体とお箱の手柄のおかげで、それから俺はこの通り、堂々と男湯にも入れるようになったってワケよ!」

芝翫が誇らしげに語り終えると、藤お嬢様はその「三助さん」が一体誰のことであるかを察し、思わず扇の代わりの手を口元に当てた。

(まあ……あの八兵衛が女湯での仕事を避けるようになったのは、そのような恐ろしい災難があったとは……)

店先でいつも呆れるほど間の抜けた振る舞いをしている八兵衛の顔を思い浮かべ、藤は呆れつつも、お箱たちの徹底した職人魂と芝翫を支える絆の深さに、思わずくすりと温かな微笑みを漏らすのだった。

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夢都 父の研究サポートのバイト代として「チップは好きに受け取っていい」って言われて、なんとなく引き受けてしまいました。本当に面白かったらで構わないので気が向いたらお願いします。父の研究支援にも回したいと思ってます。