5月26日のタイムは思った。やりたいことをやるために必要なことって何?(竹かご編)
おはようございます☀タイムです😊以前、ピアノの練習は己との戦いというブログを書いたのですが
少し明るい兆しが✨やっと、曲らしい曲に入りました😆一昨日からきらきら星、昨日からアルプス一万尺。俄然、やる気を出すタイム。餃子を焼きながら、CANDY TUNEの出番を待ちながら、隙間時間にどんどん弾いています💓めっちゃ楽しいです。楽しむこと大事🤔今日の質問は
あなたの近くにいる"なんかいいな"って人は誰?
自宅近くのコンビニにいる男性の店員さん。年齢不詳なんだけど、声が素敵🤩低いんだけど、そこに甘さも加わったような独特の声質で、本人に興味はないが、声を聞くたびになんかいいなって思うので。
先週、1つの決断をした。
好奇心旺盛で行動力もあるタイムは今まで、やりたいことはとりあえず全部やっていたのだけど、そうなるとエネルギーが分散するから、やりたいことを絞ってみた。
でも、このブログで大事なことが抜け落ちている。図にするとこう。

書くことが頂点で、あとの3つはオプションみたいな感じ。少し前までこれが3つじゃなくて、もっとたくさんあったのだけど、結局は1番やりたいのが書くこと。そのことをブログできちんと書いてなかった。
そしてふと気づいたのだが、ピアノは弾けばいい、川柳は浮かんできたものを形にすればいいのだが、竹かごは唯一、家にいる時は何もできない。
今、竹かごを編む手段としてはWSに行くのみ。4月になってから毎月編んでいるが、それも来月で一旦終了。
となると、竹を手にしていない期間はどうしたらいいんだ?と思ってしまった。つまり、ピアノと川柳は日常に落とし込めるけれど、竹かごは非日常から抜け出せない。
私の中で竹はたまに会う親戚のおじさんみたいな感覚。時々、盛り上がって完徹したりするけれど、普段は存在すら気にならない。
でもさー、そういうものに心を尽くすって何をしたらいいかって考える時間が大事なんじゃない?
4月のWSの時、あまりにもできなくて泣いたのだが、その時に竹と向き合う場合、万全な状態が必要だと思った。自分のメンタルや体調が整っていないと手が動かない。できない時は何かが疲れている時だから、とりあえず休んだ方がいい。
竹を手に取る時間は限られている。編むことに集中するため、コツコツと何かを積み上げていく。
それって、ピアノや川柳、書くことなんじゃない?
あ!そうか!となると、図が変わる。

すべてが繋がっている。もっと細かく言えば、仕事も入ってくるだろうし、余暇をどう過ごすかも関わってくるだろう。
多分、佐藤タイムって生き様が竹に出るんじゃない?
どう生きるかって普段あまり考えないけれど、よくよく考えると、今まで自分に起こってきたことの何一つ欠けても、竹かごには巡り会えていない。
結婚したこと、子供が生まれたこと、離婚したこと、骨折したこと、彼氏にフラれたこと。細部に至ればもっと無限大にあると思うが、これがどれ1つ欠けても、根曲がり竹を手にしてはいないんだよね。
そう考えると、もっとできることってあるんじゃないかと思えてくる。勉強するなり、動画見るなり、イメトレしたり。「材料がないからできない」は「やる気がないからできない」と一緒。
「パンがないなら、お菓子を食べればいいじゃない」みたいに発想を転換していく。そこに時間を費やしてみよう。
くるり-ばらの花
どうしてこういうことをわざわざ書くかと言うと、自分の気持ちを確認しておきたかった。書くこともピアノも川柳も、惰性で出来てしまうけれど、竹かごだけは違う。
向き合える貴重な瞬間のために、私は書いて、ピアノを弾く。唯一の非日常のために、コツコツと続けられるものをどんどん積み上げていこうと感じる月曜日の朝☀️
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書くことが大好き💕喜んでは書き、落ち込んでは書き、浮かれては書き、書くことがすっかりライフワークに😆これからもずっと書いていきます😊サポートいただいたお気持ちは自分をたくさん充電🔌するために使わせていただきます✨目を通していただいて、ありがとうございます💓