見出し画像

AIはポケモンカードゲームを超えられるか?─「運」と「ひらめき」に挑むAIの新しい挑戦


第1章 AIが、また新しいゲームに挑む


チェスに勝ち、将棋に勝ち、囲碁にも勝った。

ここ数年、AIが人間に勝った、というニュースを何度も聞いてきたと思います。
そして2026年、AIは新しい挑戦の舞台に立ちました。
相手は「ポケモンカードゲーム」、通称ポケカです。

世界中のAI研究者が参加する大規模な大会が立ち上がりました。

主催はポケモン社とKaggle(カグル、AIの腕試しコンテストが行われる世界的なプラットフォーム)。
さらに将棋AI「Ponanza(ポナンザ)」を作ったHEROZ株式会社や、AI研究で知られる松尾研究所も共催に名を連ね、GoogleやNVIDIAも協力する、かなり本気の大会です。
デッキ1つにつき60枚のカードを選んで組み、相手との駆け引きの中で勝利を目指す—そんなポケカに、AIエージェントが挑みます。

突き詰めると、これは単にAIがゲームに勝てるかどうかのテストではありません。
AIが人間の「運」「ひらめき」「駆け引き」をどこまで真似できるのか、という壮大な実験なのです。

第2章 チェス・将棋・囲碁と、ポケカは何が違うのか


ここで、ひとつ大事な違いを整理しておきます。

チェスも将棋も囲碁も、「完全情報ゲーム」と呼ばれるものです。

一言でいうと:盤面の状況がすべて見えていて、隠された情報がないゲームのことです。

相手の駒も、自分の駒も、盤の上にすべて晒されている。
だからAIは「この先何十手も読み切る」という力業で人間を超えてきました。

ところがポケカは違います。

相手の手札は見えません。
山札からどのカードを引くかは運です。
さらにポケカには「サイドカード」という仕組みがあります。
これは試合開始時に自分のデッキから6枚を裏向きで置いておき、相手のポケモンを倒すたびに報酬として引いていくシステムです。

つまり自分が何を引くかすら、自分自身も最後まで分からない。

相手の情報が見えないだけでなく、自分のリソースの中身すら不確定なまま、勝つための期待値を計算し続けなければならないのです。

カードの組み合わせの中には、一見地味で目立たない1枚が、実はデッキ全体の鍵を握っている、ということもあります。

つまりポケカでAIが立ち向かうのは、「読みの深さ」ではなく「不確実さの中でどう判断するか」という、まったく質の違う壁なのです。

AIはこれまで、盤面がすべて見える世界で力を発揮してきました。
これから挑むのは、運やひらめきが入り混じる、もっと曖昧な世界との付き合い方です。

第3章 AIにも「予想外」は起きるのか──映画『AWAKE』が教えてくれること


ここで思い出してほしいのが、2020年に公開された映画『AWAKE』です。

吉沢亮さん主演のこの映画は、2015年に実際に行われた「将棋電王戦」という、プロ棋士とコンピュータ将棋ソフトの対局を題材にしています。

劇中に登場するAI「AWAKE」のモデルとなったのは、実在の将棋ソフト「AWAKE」です。

開発したのは巨瀬亮一さんという、もともとプロ棋士を目指して将棋の養成機関「奨励会」に入っていた人物でした。

実際の電王戦では、アマチュアの将棋ファンが見つけ出していた「ある手順」をプロ棋士が使ったことで、AWAKEはわずか21手というあっという間の短さで敗れてしまいます。

AWAKEはAIとして弱かったわけではなく、むしろ当時最強クラスのソフトでした。それでも、学習していなかった「想定外の一手」に対しては、本来の実力を発揮できなかったのです。

これはAIにとって今も変わらない弱点です。

AIは、学習したデータの範囲内では強くても、まったく想定していなかった状況に出会うと、急に弱くなったり、おかしな判断をしたりすることがあります。
専門的には「分布外」と呼ばれる現象で、簡単に言えば、AIが経験したことのない状況にぶつかった瞬間、急に判断が怪しくなる現象のことです。

将棋という、ルールが固定された世界でさえこの壁にぶつかったのですから、カードの種類が多く、運も絡むポケカで、AIがどんな「想定外」に出会うのか—これは見ものだと思いませんか。

第4章 今回のポケカ大会、何がユニークか


今回のAI Battle Challengeには、ふたつの部門があります。

ひとつは「シミュレーション部門」。
AI同士がひたすら自動対戦を繰り返し、その勝率でランキングが決まります。

もうひとつが「ストラテジー部門」。
ここが面白いところで、AIがなぜそのデッキを組み、なぜその一手を選んだのか、その「考え方」をレポートとして人間に説明することが求められます。

つまりこの大会は、AIに「勝つこと」だけでなく「説明できること」を求めているのです。
人間が将棋や麻雀で「なんとなくこっちが正しい気がする」とやる直感的な判断を、AIに言葉で説明させようとしている。
これがどこまでできるのか、できないとしたら何が壁になるのか。

AI研究としても、かなり挑戦的な試みだと思います。

第5章 巨瀬亮一さんのその後が教えてくれること


映画『AWAKE』を見た人の多くは、「あの後、巨瀬さんはどうなったんだろう」と気になるのではないでしょうか。

実は巨瀬さんは現在、将棋とはまったく違う分野で活躍していらっしゃいます。
MRI(磁気共鳴イメージング、病院の検査でよく使われる装置です)のシミュレーション技術を研究する会社の代表を務めているのです。
将棋ソフトの開発で培った「複雑な計算をどう設計するか」という力が、医療技術という別の最先端分野で生かされている、ということになります。

これはとても大事な示唆だと思います。
将棋ソフト作りに本気で打ち込んだ経験は、将棋の世界だけにとどまらず、まったく別の分野でのキャリアにつながった。

今回のポケカAIチャレンジに挑戦する若い開発者たちの中からも、同じように「ポケカがきっかけでAIの世界にのめり込み、将来まったく違う分野で活躍する人」が出てくるかもしれません。

第6章 仕事を奪うか否か、より面白い問い


AIのニュースは、ここ最近「仕事が奪われるかもしれない」という暗い話題が多くなりがちです。
でも今回のポケカチャレンジは、それとは違う角度からAIを見せてくれます。

AIが人間に勝つか負けるかではなく、「人間が持っている、運やひらめき、駆け引きといった面白さを、AIはどこまで理解できるのか」という、純粋に知的好奇心をくすぐる問いです。

負けても誰も困らない、純粋な実験だからこそ、安心して結果を楽しみに待てます。

第一ラウンドの結果はまだこれからで、第二ラウンドの様子は2026年末以降にYouTubeで配信される予定です。
結論が出るのはまだ先ですが、紙のカードゲームという、何十年も人間同士の駆け引きだけで成立してきた遊びに、AIがどんな一手を打ってくるのか。ぜひ注目してみてください。

もしこの記事を読んで「自分はどんな判断をしているんだろう」と気になったら、今度ポケカや将棋、オセロを誰かと遊んだときに、ひとつだけ試してみてほしいことがあります。
勝った対局でも負けた対局でも構わないので、「あの場面、なぜその手を選んだのか」を一言だけメモに残してみてください。
AIが今まさに挑戦している「説明できる判断」を、自分自身でも体験できるはずです。

もしこの記事をきっかけにポケカに興味を持ってくれても、AI開発に興味を持ってくれても、どちらでも嬉しいです。

そして、いつか巨瀬亮一さんのような、何かに本気で打ち込んだ経験を糧にして、新しい分野で活躍する人が、この大会から生まれてくることを楽しみにしています。


このあたりのAIと人間の知性をめぐる話は、過去の記事「ミュトスが怖い」は本当か──政府が動いた。あなたの会社も、もう「対岸の火事」ではない、でも別の角度から取り上げています。
「AIをどこまで信頼できるのか」「人間にしかできない判断とは何か」というテーマでつながっていますので、あわせて読んでみてください。

このAI×ポケカの話、もしくは映画『AWAKE』、観たことがある方、ぜひ感想を聞かせてください。


いいなと思ったら応援しよう!