卒業までの二年間──母としての選択
病院を辞めて、
私は本格的に看護師を目指すことを決めました。
看護助手として仕事を掛け持ちしながら、学校に通う毎日。
授業がない日の午前中は病院で働き、
週末は介護施設で夜勤のパートを入れました。
生活は、正直かなりギリギリでした。
金銭的な余裕はなく、
授業についていくのも必死で、
レポートを書き続け、睡眠時間も削られていきました。
それでも、
「絶対に卒業して、資格を取る」
その気持ちだけは、揺らぎませんでした。
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この時期が一番つらかった理由は、
仕事や勉強の大変さでも、
寝不足でもありません。
寂しいはずなのに、
何も言わずに笑ってくれる娘の顔を見ることでした。
我慢しているのがわかるからこそ、
それに気づいてしまう自分が、いちばん苦しかった。
あのときの表情は、
今でもはっきりと目に焼きついています。
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それでも私は、
娘のために前に進む選択をしました。
頑張ることしか、
そのときの私には出来なかったからです。
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准看護師の学校は、二年間。
無事に卒業し、資格を取ることができました。
正看護師になるには、
ここからさらに三年の学びが必要です。
このまま進みたい気持ちが、
なかったわけではありません。
でも、
そのときの私には、
これ以上の選択をする余裕はありませんでした。
だから私は、
まずは准看護師として、できることを精一杯やろうと決めました。
そして、
もしまた進みたくなったときに、
そのとき改めて考えればいい。
そう思えたことが、
当時の私なりの、精一杯の判断でした。
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人との関係も、
環境も、
期待も。
すべてを一度リセットし、
私は「1から始められる場所」を選びました。
誰かの背中に希望を重ねるのではなく、
自分自身の人生を、自分で選び直すために。
この出来事をきっかけに、
私は本気で看護師という道を考えるようになります。
あの場所を離れたことも、
あの出会いも、
すべてが、今の私につながっています。
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そして次は、
私が一番書きたかった「大好きな娘の話」を残しておきたいと思います。
このnoteは、
私自身の半生を振り返るマガジンの中の一編です。
「母として」「ひとりの人間として」
迷いながら選んできた道を、少しずつ言葉に残しています。
