詩とわたし。
はじめまして。
田山夢人(ゆめひと)と申します。
読みにきてくださってとても嬉しいです。ありがとうございます。
私は普段、神奈川県川崎市の麻生区の果てにポツンとある小さなカウンセリングオフィスで、日々、朝から晩まで、今まさに悩みを抱えていながらも前に進もうとされている方たちの相談に乗らせていただいております。
いわゆる、心理カウンセラーというお仕事です。
そんな私が、なぜ詩を書くのか。
私は小さい頃から勉強は得意じゃないし、スポーツもよろしくないし、といいつつも何だか優等生のようにふるまっていたし、それなりに周りからも期待はあったようにも思うんです。
でも、中身は伴っていないことを私自身は知っていますから、周りからの期待に対して、化けの皮が剥がれないよう、必死にそれっぽく頑張ってきていたのだと思います。
その頑張ってきたことのひとつに、「覚えること」がありました。何かを応用して考えるのは得意でありませんでしたから、とにかく覚えられるものは覚えよう、そんなところで努力をしていたように今では思います。
その中でも印象的なのが、「詩」です。
今でも忘れません。小学4年生のころの担任の先生がですね、毎回1日の終わり、帰りの会ありますでしょ。黒板に先生が選んだ「詩」を書くんです。
「はい、これを明日までに覚えてきてください」
次の日にどうなるかというと、帰りの会で先生の机の前に列ができまして、1人ずつ先生の前で昨日出された詩を暗唱するんです。それで暗唱できないと、覚えて暗唱できるようになるまで帰れない。これが毎日。
だから私も毎日必死に家で覚えました。
たとえば宮沢賢治さんの「雨ニモマケズ」なんかも覚えました。あれはね、長かった。何度も何度も口に出しては文字を見て、たまには紙に書いてみて覚えるなど、さまざま工夫して覚えた記憶があります。
あと印象的なのは島崎藤村さんの「初恋」。
詩のはじまりが、"まだあげ初めし前髪の、林檎のもとに見えしとき〜"から始まるんですが、この詩はよかったですね。なぜかというと七五調になっていて、歌に当てはめやすいんですよ。"もしもし亀よ、亀さんよ"の歌でも歌えてしまう。時にはそうして、歌いながら覚えたこともありました。
そんな経験が、中学高校あたりでは「暗記力を鍛えられたよね」程度に思っていたんですが、大学を出て、元いた道に挫折をし、自分に自信を失い、心理学に出会い、今の道にたどりついたとき、「言葉の持つ力は素晴らしい」「覚えやすいし、伝える力がある」と、以前は見えなかった詩の魅力に出会うことができました。
私は仕事柄、「よい人間関係」を築くための考え方や技術を、カウンセリングはじめ、勉強会、講座など、さまざまなスタイルでお伝えする機会があります。
そんなときに、ただ教科書のように文字がズラリと書いてあるのでは覚えづらいし、ふとしたときに口ずさんで思い出せるようだと、なんだか素敵じゃないですか。
私が心理学を学んでいたときの尊敬する先生もポエムを採用しておりましたんで、もろに影響を受けてみることにいたしました。
そんなわけで、私が作るテキストなどでポエム調に作ってみたこともあるし、個人的にこっそりと詩を書き留めることもあったわけです。
そんなことをしてきましたら、今あらためて私は言葉が好きなんだな、私は詩が好きなんだなということにも気がつきました。
そこに気がついてしまっては、こうしてはいられない。
これからnoteという場に、少し恥ずかしい気持ちはあるのですが、勇気を出しまして、ちょこちょこと私の頭の中にある言葉を詩にまとめて置いていこうと思います。
ちっぽけなカウンセリングオフィスでぼちぼちとカウンセリングを続けている、何者でもないただのカウンセラーの詩ですが、そんな詩が、誰かと幸せに生きるための一助になれば幸です。
これからのお付き合いのほど、よろしくお願いいたします。
2025年10月29日
田山夢人
