閉鎖病棟からの、頑張って。
私は息子を出産後、産後うつになり精神科の閉鎖病棟に入院した。
今からちょうど10年前のことである。
閉鎖病棟には様々な年代、症状の人がいた。
色んな人がいた中で、とても印象に残っている女性がいる。その女性を仮にAさんと呼ぼう。
Aさんは他の人から聞いた話によると40代後半くらい。
しかし旦那さんのことも、お子さんのことも忘れてしまったようだ、とのことだった。
なぜ他の人から聞いたかというと、Aさんは誰とも全く喋らないのである。
Aさんは病棟の中をふらふら歩き、廊下から病室を覗いたりする。それも無言で。
そんなAさんを皆は気味悪そうに見ていた。病室を覗かれると「あっちだよ!」と疫病神でも追い払うように言う人もいた。
そんなAさんを私は気持ちが悪いとは思わなかった。
廊下で会ったら、元気?などと声をかける。
もちろん返事はない。それどころかAさんは常に表情を変えない。真顔なのだ。
それでも私はAさんに会うと不思議と心が安らいだ。
閉鎖病棟は陰鬱とした空気で、どこかで叫び声が聞こえたり喧嘩が始まる。
私自身、そういう空気がとても苦手だった。
なにより実家に置いてきた息子のことを考えると、色んな感情が湧き涙が止まらなくなった。
そんな入院生活を送る中で、Aさんのような喋らない人という存在が私の心を凪のように穏やかにしてくれた。
次第にAさんは私が声をかけると、かすかに頷いてくれるようになった。
ひょこっと病室を覗いた時に私が手を振ると、少し表情が明るくなる。
そんなやりとりがとても楽しかった。
Aさんはどんな人なんだろう。
どういう経緯で閉鎖病棟に入院することになったんだろう。
気にはなったが私は一度も聞かなかった。
だってAさんは喋れないのだから。
私が退院する日がやってきた。
閉鎖病棟から出られる嬉しさと今後の生活の不安が半々で、なんとも言えない気分だった。
病棟のロビーにいるとAさんがやってきた。
私はAさんに、今日退院するんだ。今までありがとう。
と言った。
すると「頑張って」と、今にも消え入りそうな声が聞こえた。
周りにはAさん以外、誰もいない。
その時、私はやっと気付いた。
Aさんは喋れないんじゃない。喋らなかったんだ、と。
私はAさんに笑顔で手を振った。
退院してからの生活はやっぱり大変で、何度も挫けそうになったが、今では息子と二人旅に行けるまでに回復した。
私は忘れない。あの日、閉鎖病棟からAさんが言ってくれた「頑張って」を。
