大学教員シングルマザー子育て18年 #12 小学校を選び、暮らしを整え、それでも見えなかったこと
息子が年中になる頃、私は少しずつ、小学校入学後の生活について考え始めていた。当時住んでいた地域の学区で通うことになる小学校は、徒歩40分以上かかり、小さな体で重いランドセルを背負う、小学1年生の子どもの足には遠い気がした。また、隣の学区には、教育環境が整っているといわれる公立中学校があり、その学区内には三つの小学校があった。私は以前、心理学コラム⑦で執筆したように、環境が子どもの教育に及ぼす影響に、強い関心を持っていた。
どの小学校に通うかによって、息子が毎日を過ごす環境も、その後の私たちの生活も変わってくる。実際の雰囲気を見てみたいと思った。そこで、息子がまだ年中のうちに、それぞれの小学校の学校公開日をHPで調べ、三校すべてを見学することにした。
三つの小学校を見て回る
実際に足を運んでみると、同じ地域にある公立小学校でも、校舎の大きさや学校の規模、先生の雰囲気、子どもたちの様子、学校全体の雰囲気も少しずつ異なっていた。その中で、私が最も惹かれたのがA小学校だった。三校の中では一番小規模で、アットホームな雰囲気があった。学校の近くには森があり、周辺の環境も穏やかだった。
まだ入学まで一年以上あったが、私は息子をA小学校に通わせたいと考えるようになった。
小学校と児童センターの近くへ引っ越す
小学校を決めると、次に考えなければならなかったのが、入学後の生活だった。放課後に息子が安心して過ごせる場所は欠かせなかった。A小学校のすぐ近くには、学童が充実しているA児童センターがあった。児童センターがひまわり保育の機能も有しているという形態で、2階建てで体育館があり、屋上ではローラースケートをすることができ、土曜日の遊びのプログラムも充実していた。
また、私は裁量勤務のため、1限がない日には、かなりゆったりと息子を登園させていた。時間にすると、9時30分くらいだ。しかし、小学校の登校時間は、保育園よりもかなり早くなる。小学校にも児童センターにも通いやすい場所に住めば、息子の負担も、仕事と子育てを両立する私の負担も、軽くなるだろう。そして、息子が通学途中に交通事故にあう確率も減るだろうと思い、小学校から徒歩5分の場所にあったアパートに引っ越すことにした。
加えて、通う予定の小学校で実施される、就学時健康診断にも間に合わせるたいと思った。違う小学校で実施される就学時健康診断でも大丈夫だが、せっかくなので、通うことになる小学校で受けることで、入学前の期待感や、入学後のイメージづくりをしたいと思った。そこで、私に比較的余裕がある夏休みに、A小学校とA児童センターのすぐ近くへ引っ越すことにした。
以前の住居からは、車で十分もかからないほどの距離だった。それでも、家具や生活用品を運び、新しい家を整える作業は、ひとりでは大変だった。そのときも、父が手伝いに来てくれた。息子も、小さな手に雑巾を持ち、床を拭いてくれた。本人なりに一生懸命、新しい家を整えてくれていた。

「小学校で習うから大丈夫」と思っていた
一方で、入学前の準備について、今でも少し後悔していることがある。
息子にひらがなを教えようとしても、まったく覚えようとしなかった。無理に教えて、勉強を嫌いにさせるのもよくないと思った。通っていた保育園では文字は教えない方針で、周囲からも「小学校に入れば一から習うから大丈夫」「あっという間に覚えるよ」と言われていた。
私も、その言葉を信じていた。しかし、あまりに覚えようとしないので、焦って年長の終わり頃になってから公文に通い始めたが、今振り返ると、絵本の読み聞かせ以外で、本人がもう少し早く文字に親しむ機会をつくってもよかったのかもしれないと思う(本人談「左利きだから、書き順が違っていて、覚えづらかったかもしれない」とのこと。私は左利きも生まれつきの個性だと思い、右手が使えるように、矯正はしなかった)。
というのも、実際に入学してみると、すでにひらがなの読み書きができる子どもが大半だった。もちろん、小学校ではひらがなを習う。けれど、「学校で習うから大丈夫」と、「入学した時点でまったく読めなくても。子どもが学校生活で困らないこと」はイコールではなかった。
入学直後に感じた小さなつまずき
入学後まもなく、担任の先生が、校歌の歌詞をひらがなで黒板に書き、子どもたちに歌わせることがあった。多くの子どもにとっては、ごく自然に参加できる活動だったようだ。けれど、息子はまだ、黒板に書かれた歌詞を読むことができなく、困惑したようだった。
周囲の子どもたちが歌っている中で、自分だけ文字を追えない。歌えない。その経験は、入学したばかりの息子にとって、少しつらいものだったようだった。私も、入学前では「小学校で習うのだから大丈夫」と考えていた。ただ、実際には、入学時点ですでに、子どもたちがそれまでに経験してきたことには違いがあった。文字を読めることを前提に進む活動の中では、その小さな違いが、子どもにとって大きな不安になることがある。そのことを、私は息子の経験を通して知った。
見える準備と、見えなかった準備
私は、小学校を三校見学し、息子に合いそうな小学校を選んだ。
仕事との両立を考え、小学校と児童センターの近くへ引っ越した。父にも助けてもらいながら、親子で新しい生活の準備をした。できる限りのことを考えていたつもりだった。
けれど、今思えば、生活環境を整えることに気を取られ、入学後の教室で息子がどのような経験をするのかまでは、十分に想像できていなかったと思う。子育てでは、後になって初めてわかることがたくさんある。
「あのとき、もう少し早くしておけばよかった」と思うこともある。
そのときの親は、その時点で知っていることの中から、子どもにとってよいと思う選択をしている。私もまた、迷いながら学校を選び、暮らす場所を変え、息子を小学校という新しい世界へ送り出そうとしていた。
保育園で多くの人に見守られてきた息子が、今度はランドセルを背負い、新しい場所へ歩き始めた。それは息子にとっての新しい出発であると同時に、私にとっても、母親として次の段階へ進むための出発だった。
今後も、子育て18年の記録、心理学にたどり着くまでの歩み、心理学コラムを通して、書き残しておきたいことを一つずつ綴っていきたいと思います。
