動ける理由は、すでに自分の中にある
「ありあまるほどの時間とお金があったら、何がしたい?」
そんな問いかけに、私は少しだけ戸惑います。
何をしたいか、すぐに出てこないからです。
あれがしたい、これを叶えたい――そう思うことは素敵なこと。
でも私はそこに「条件」がつくことに、どこか違和感があるのです。
お金があるからやる
時間があるからできる
誰かがOKしてくれたら動く
そういう順番じゃなくても、本当は動き出せる。
私は、そう思っています。
条件をわざわざ作らなくても、私たちにはすでにたくさんの可能性が眠っているはずです。
お金や時間という外的な「余裕」に頼らずとも、「今ここ」でできることや、小さな一歩がある。
その一歩を見つけるのは、決して完璧な環境が整うのを待つことではなく、むしろ自分自身の内側を見つめることから始まるのだと思います。
私は今、夢や野心でいっぱいというわけではありません。
毎日を壮大なビジョンに突き動かされているわけでもありません。
でも、「今できること」にちゃんと目を向けている感覚があります。
たとえば今日この文章を書くこと。
お茶をゆっくり淹れて飲むこと。
思い出したように、誰かにメッセージを送ること。
それらのすべてが、すでに始まっている一歩だと思うのです。
だからこそ、今日もほんの少しでいい。
その小さな一歩を踏み出してみよう。
ありあまる条件がなくても、すでに、自由に動ける存在なのだから。
十分な自由と力があるということを、今一度感じていたい。
これは、誰かに向けた励ましというよりも、私自身に向けて確認したかった言葉。
でももし、今のあなたにも届くものがあるなら、それはもう、あなたの中にも何かが動き出しているということなのかもしれません。
