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なんとなく嫌を無視しないようになった話

私は昔「ちゃんとした理由がないと相手からの誘いを断っちゃいけない」と思っていました。

だから、相手と一緒にいることで

なんか疲れる。
なんか落ち着かない。
なんか嫌な感じがする。

と思っても

「気のせいしれない」
「私が考えすぎなだけかもしれない」

と、自分の感覚を打ち消していたんです。

でも最近「なんとなく嫌」って自分を守るサインなのかもしれないと思うようになりました。

昔の私は我慢できる方が大人だと思っていた

私は昔から、「相手に合わせること」が多いタイプでした。

本当は嫌でも、

・空気を悪くしたくない
・嫌われたくない
・わがままだと思われたくない

という気持ちが先に出てきます。

だから「ちょっと相手のことが嫌だな」と思っても、理由を探して無理やり納得しようとしていました。

相手は悪い人じゃない。

優しくしてくれている。

だったら、私が我慢すればいい。

ずっとそんなふうに考えていたんです。

でも「嫌な人じゃない」と「安心できる」は違った

大人になると、「嫌です」と言うには、正当な理由が必要だと思ってしまいます。

でも実際は、自分に合う人かどうかとは別なんですよね。

私は過去に、自分の違和感を無視して相手に合わせ、疲れてしまったことが何度もあります。

最初は小さい違和感なんです。

話していて疲れる。

急かされる。

でも、「嫌な人じゃないし」で付き合いを進めてしまう。

すると後から、どんどん自分が苦しくなっていくんです。

だから最近は、最初の小さい違和感を前より大事にするようになりました。

子どもは自分の感覚に正直だと思う

娘を見ていると、「嫌なものは嫌」が本当にハッキリしています。

疲れたら動かないし、納得できないと切り替えません。

大人からすると困る時もあります。

でも「今、自分がどう感じているか」を無視していないって素晴らしいことです。

私は大人になるにつれて、

・空気を読む
・周りに合わせる
・多少嫌でも頑張る

ことを覚えてきました。

もちろん、それが必要な場面もあります。

でもその一方で、自分の気持ちをないがしろにする癖もついてしまいました。

なんとなく嫌には、理由があるのかもしれない

最近は、「説明できない違和感」も大事にしたいと思うようになりました。

もちろん、全部が正しいとは限りません。

ただ、自分の感覚を無視し続けると、少しずつ心がすり減っていく気がするんです。

だから最近は、

「なんとなく相手と合わない」
「なんとなく疲れる」

そんな小さい感覚も、前よりちゃんと拾いたいと思うようになりました。

うまく説明できなくてもいい。

理由が言葉にならなくてもいい。

自分の感覚を、自分だけは否定しない。

それだけでも、少し生きやすくなる気がしています。

ここまで読んで頂きありがとうございました。
あなたの1日が素晴らしいものでありますように。

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