「遊んでくれてありがとう」——苦手だった“子どもと遊ぶ”が、私の心を救ってくれた話
私は子どもと遊ぶのが、ちょっと苦手でした。
子どもが楽しそうにしているのを見るのは好きだけど、
私が思い描いていた「遊び」と、娘がやりたい「遊び」は、まったく違っていたのです。
私が思っていた遊びと、娘の遊びのズレ
ボール遊びや追いかけっこ、公園の遊具で一緒に遊ぶ。
そんな風に動き回る遊びなら、楽しめる気がしていました。
でも、娘は小さいうちはそういう遊びにあまり興味を示さず、
水を触ったり、石を拾ったり、地面をじっと見ていたり。
大人にとっては「遊び」と言えるかどうかもわからないようなことに夢中でした。
その“よくわからないリズム”に合わせるのが、私はどうしても苦手でした。
つい「これのどこが楽しいんだろう?」なんて思ってしまうこともあって。
「あ、これは一緒に楽しめる」
だけど最近、娘が少しずつ成長してきて、
ルールのある遊びや、一緒に楽しめる遊びが増えてきました。
ボールで遊んだり、滑り台を滑ったり、ジャンケンして鬼ごっこしたり。
「ああ、これなら一緒に楽しめる」——そう思える瞬間が増えてきたのです。
中学生の頃、私は“遊ぶこと”をやめた
そんなある日、ふと中学生の頃のことを思い出しました。
私は中学生になっても、公園で遊ぶのが好きでした。
すべり台を滑るのも好きだったし、鉄棒でぐるぐる回るのも好きだった。
でも友達は「子どもっぽい」と言って、次第に遊ばなくなっていきました。
私もなんとなく恥ずかしくなって、遊ぶことをやめていったんです。
それ以来、ずっと心のどこかで、公園で楽しそうに遊ぶ子どもたちを見て
「いいなあ」と、うらやましい気持ちを抱いていました。
大人になってからもずっと、です。
娘がくれた“もう一度遊ぶ時間”
今、娘と一緒に遊びながら、
当時あきらめた「遊ぶ気持ち」を、少しずつ取り戻せている気がします。
「大人が遊んじゃだめ」なんて、誰が決めたんだろう。
娘が私にもう一度、遊ぶことの楽しさを教えてくれたんだと思います。
そして私は、自然と口にしていました。
「遊んでくれて、ありがとう」
いつまでこうして遊べるのかは、わかりません。
でも今、遊んでくれる娘に、心から感謝しています。
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