『ブロックチェーン革命[新版] 分散自律型社会の出現』終章(その6)
『ブロックチェーン革命[新版] 分散自律型社会の出現』が、日経ビジネス人文庫から刊行されました。
・8月5日(水)から全国の書店で発売されています。
これは、終章の全文公開(その6)です。
終章(その6)
予測市場を用いて政治的決定プロセスを改革する
第8章で述べた予測市場を利用して、政治的な決定プロセスを改革しようとするアイデアもある。これは、経済学者のロビン・ハンソンによって提唱された futarchy(フタルキー)と呼ばれるアイデアだ。
一般に、政策の決定は、つぎの2つの要素に分けることができる。第1は、政策を評価する基準の選定だ。たとえば、分配を重視するのか効率を重視するのかということだ。そして第2は、ある政策をとった場合に基準がどうなるかという将来の予測である。
第1は主観的な価値判断の問題であり、第2は客観的で技術的な問題だ。現在の政治プロセスでは、この2つを区別していない。しかし、後者には、専門家の予測が入ったほうがよい。そこで、基準の選定と将来の予測を分離しようというのが、futarchy の考えだ。
イギリスのEU離脱問題を例として、この仕組みを説明しよう。現実には、「離脱するか否か?」という選択肢が国民投票にかけられた。それに対して、futarchy ではつぎのようにする。まず、EU離脱問題を評価する指標を投票で選ぶ。ここでは、「10年後のイギリスのGDP」が選ばれたものとしよう。
つぎに、2つの予測市場を開設する。第1の市場では、イギリスがEUを離脱した場合にイギリスのGDPがいくらになるかを予測する。第2の市場では、離脱しなかった場合にGDPがいくらになるかを予測する。そして、GDP予測値が高いほうの政策を選択するのである。
たとえば、EUを離脱した場合のGDPが2・5兆ポンドになり、EUに残留した場合のGDPが2・0兆ポンドになると予測されたとしよう。EUを離脱したほうが評価指標が高くなるのだから、「EU離脱」という政策が採択されることになる。
負けたほうのマーケット(この場合は、EU残留の場合のGDP予測)は、取り消しとなる。勝ったほうのマーケット(この場合は、EU離脱の場合のGDP予測)は決済される(予測マーケットはゼロサムなので、常に決済が可能だ)。
つぎの2つの点で、この方法は、従来の多数決より優れているとされる。
第1は、投票者の無関心(voter apathy)問題を解決できることだ。現代社会においては、国政選挙などの投票者数は非常に多くなる。そのため、一人ひとりの投票は全体の中のごく一部になってしまい、投票しても結果に大きな影響を与えることができないと考えて、投票しない人が増えてしまう。
それに対して futarchy においては、予測が正しければ報酬を得ることができるし、間違っていれば損失を被るので、真剣に予測に参加する。また、多くの情報を持っている人は、多くの掛け金をして、予測に影響を与えることができる。こうして、専門家の知見を決定に反映させることができる。
futarchy に対しては、もちろん反論もある。その一つは、多額の資金を動かせる個人や組織が、自分の望むような方向に多額の資金を賭けて、予測の結果に影響を与えてしまうだろうというものだ。
しかし、これに対しては、さらに反論がある。もし「正しい」と多くの人が考えるのと反する予測をすれば、正しい予測をすることに大きな利益の機会が生じることになる。だから、結局のところ正しい予測が勝つことになるだろう、というものだ。
futarchy がうまく機能するのか否かについて、議論は決着していない。しかも、まだ想像上のものでしかない。しかし、きわめて興味のあるアイデアだ。日本でも、原子力発電所の廃炉問題などに関して用いることは十分に考えられる。
ブロックチェーンを用いる電子投票
いうまでもなく、選挙は民主主義制度を構成する重要な基本要素である。しかし、その実行にはきわめて多額の費用を必要とする。そうなる大きな理由は、投票用紙の配布、投票、開票、票の集計などの作業が、紙と人間の手によって行なわれているからだ。
情報技術がこれだけ進歩したのだから、投票をオンラインで電子的に行なうことが十分考えられる。しかし、これまでは、オンラインでの本人確認の困難さや、データ改竄などの問題があったので、投票の電子化はできなかった。しかし、ブロックチェーンが登場したことによって、この問題は原理的には解決可能なものとなった。
そこで、ブロックチェーンを利用したオンライン投票の提案が、いくつも出ている。それらは、基本的にはつぎのように運営される。
選挙管理委員会は、一人当たり1個のコインを有権者のワレットに送る。有権者は、それを投票したい候補者のワレットに送金する。最も多くのコインを得た候補者が当選する。
一連の過程は、仮想通貨の場合と同じように、ブロックチェーンに記録が書き込まれることによって進行する。したがって、記録が改竄されることはなく、迅速に、しかも安いコストで運営できる。
提案されているものの一つに、Follow My Vote というものがある8。それは、つぎのような機能を持つと説明されている。
投票者は、自分の票が確実に候補者に届いていることを確認できる。現在の仕組みでは、投票箱に入れたあとの票がどうなったかは確かめようがなく、選挙管理委員会を信用するほかはない。意図的な不正行為はおそらくないだろうが、票の数え違いといったミスはあるかもしれない。
国によっては、投票後にさまざまな不正行為がなされるのがむしろ普通ですらある。Follow My Vote のホームページは、かつてのソ連の独裁者ヨシフ・スターリンの言葉を引用している。彼はつぎのように言っているのだ。
「投票した有権者は、何も決めていない。票を集計する人がすべてを決めるのだ」。
ブロックチェーンを用いた投票では、こうしたことは起こり得ない。
Follow My Vote のシステムで興味があるのは、有権者が選挙の途中集計を見ることができ、そして最初の投票をやり直すことができるとされていることだ。提案者によれば、これは、アメリカの二大政党制度に揺さぶりをかける潜在力を持っている。
二大政党制の下では、第三勢力が育ちにくい。なぜなら、その候補に投票しても、死に票になってしまう危険が高いと人々は考えるからだ。だから、最善の選択でないと思いつつも、二大政党の候補者に投票する。
しかし、途中経過を見ることができれば、第三勢力の候補者に票が向く動きを作り出せるというのである。支持者が投票の早い段階でこの候補者に投票すれば、当選の可能性があると見た他の有権者がそれに続くからだ。Follow My Vote という名称は、そうした効果への期待を表しているのであろう。
同じ問題は、日本にもあると思う。本当に投票したい人はいるのだが、死に票になる可能性が高いので、当選の可能性が高い候補者のうち「より悪くない」人に入れる。選挙のたびにそうした投票をせざるを得ず、むなしさをかみしめている人は多いだろう。Follow My Vote の仕組みが導入されれば、この状態も改善されるかもしれない。
情報技術の進歩に追いつけないでいるのは、金融業だけではないのである。この章で論じた企業の仕組み、政治や司法の仕組みの改革は、ある意味ではそれ以上に重要だ。
