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【映画批評】『型破りな教室』本作で描かれた「本当の気持ちで学ぶ」授業は我々に必要である。

はじめに

本作は、犯罪と貧困が日常化したメキシコの地域に赴任した小学校教師が自由で画期的な教育を生徒にし、子どもたちを全国トップの成績に導いていく話だが、実話ベースで描くことで絵空事にならず話にリアリティがあり、観客の人生に影響を与える素晴らしい作品だった。

物語

アメリカとの国境近くにあるメキシコ・マタモロスの小学校。子どもたちは麻薬や殺人といった犯罪と隣りあわせの環境で育ち、教育設備は不足し、教員は意欲のない者ばかりで、学力は国内最底辺だった。6年生の半数以上が卒業を危ぶまれるなか、出産のため辞職した6年生の担任の代役として、マタモロス出身の教師フアレスが赴任してくる。

生徒たちが教室に入ると机と椅子は脇に積まれ、「これは救命ボートだ、どのボートも乗れる人数は同じ、乗れない人は溺れる、君たちは23人でボートは6つ、さぁどうする?」と言う。最初は戸惑う生徒たちだったが、次第に生徒たちは協力しながら真剣に考え始めた。そこで疑問が生まれる。なぜ船は沈んだり浮いたりするのか。わからないことは百科事典で調べる。

子どもたちはフアレスのユニークで型破りな授業を通して探究する喜びを知り、それぞれの興味や才能を開花させていく。しかし、思わぬ悲劇が彼らを襲う。

群像劇で個々の葛藤をバランスよく描きテーマを立体的に表現

フアレス先生は、ENLACEと呼ばれるメキシコの小学校用の国家試験に沿った教育カリキュラムを一切教えない。そして授業の中から生徒に興味のあることを引き出していき、自分で調べさせるのだ。そうしていく中で、生徒の一人パロマが物理学に対して特出した才能があることがわかる。フアレス先生は航空宇宙工学者になりたいというパロマの夢を応援する。校長は、初めは、フアレス先生の教育方針に戸惑っていたが、先生を応援することにする。

本作は、フアレス先生、校長、生徒という3つの目線で描くので奥行きもあり共感しやすい。実話を先生と3人の生徒にフォーカスすることで立体的に物語が進み、先生の人生に監督自身の人生もシンクロしてくるという素晴らしいヒューマンドラマだった。フアレス先生は実在の人物。5年間政府の定めたカリキュラム通りに教育をしていたが生徒たちにも先生にも退屈だったそうだ。テストの成績が悪いだけでなく良い成績を収めた生徒も真剣に取り組んでいない。実在のフアレス先生は、今もその学校で教師を続けている。一人の人間としてフアレス先生の葛藤も描き共感ができながら、パロマ、ニコ、ルペの生徒3人にヒューチャーしている。子供達も家庭環境など抱えていてとても勉強ができる状態ではない。校長の目線が一番観客に近い。

こういう話はありがちではあるが、実話を元にしているのが説得力があり、メキシコの治安の悪い街を舞台にしているのが新しい。育った環境の悪い子供の抱える問題と才能。弟や妹たちの子育てをしなくてはならない。廃品を売らなければならない。生徒たちの成績は、カリキュラム通りに教えなくても上がっていく。

最後にテストで高得点を取る生徒たちの、それまでの学びの道のりを観て、人生は遠回りした方が良い。そんなことも考えてしまった。

先生の授業は監督自身の人生とのシンクロする

本作を手がけたクリストファー・ザラ監督もフアレス先生と同じく自分の本当の生き方をやるために人生を一度リセットしている。自分のやりたいことではない企画を作らなければならない映画界の資本主義システムに疲弊し、一度人生を再出発するために家族と一緒に人里離れた田舎の湖畔の家に引っ越したという。

しかし、数年業界から離れると再び映画を撮るチャンスはなかなか巡って来なかった。その時、プロデューサーが今回の企画を監督に持ちかけたそうだ。

監督にとっても、本作を作ることが、自分に正直に作品を作る、仕事をしながらも本当の気持ちでやると言う主人公の先生が授業することに近い行為だったのだ。

撮影について

オーディションで選ばれた生徒たちの生の芝居、表情を捉えるため3台のマルチカムで撮影。手持ちのような躍動感のある映像が特徴的だが、マルチカムとは気が付かなかった。カメラの高さは小学生の目線の高さに設定されたそうだ。

本作を観て改めて感じること

学校とは勉強を教えるためにあるのか、それとも社会システムに順応させる人間に教育する施設なのか。私は数年前に東京大学の安冨歩氏の話を聞き、著書を読むことでこの疑問について考えるようになった。

学校自体の教育方法は100年前から変わっていないという。

100年前とはちょうど映画が出来、ジャズが誕生した文化的にも重要な反面、世界が資本主義システムに染まっていった頃ではないか。

人を型にはめる詰め込み教育は、本当にやりたいことや自発性を抑え社会システムに適合させる人間にしてしまう。

人が人間性を失い、自ら考えることを捨て社会システムの一部となったことでシステムの暴走を止めるどころか加担してしまう。ということは、最近の日本の政治や社会の問題を見る時にいつも思うことだ。

そしてその原因が学校にあるとして、どうすれば、子供たちが本当の気持ちで自分のポテンシャルが活かせる生き方ができるように育てられるのか。

本作は、そんな理想の学校のあり方を描いているのだ。しかも実話である。私も本作を観て色々なことが走馬灯のように浮かんだ。不登校で何のために勉強をするのかわからなかった中学校時代。中学の時、無駄話の中から楽しさを教えてくれる先生の存在。映画と出会って心で好きなことを勉強したことしか役に立たなかったことなど。

「本当の気持ち」で生きることは難しい。なぜなら、学校教育で型にはまった生き方を教わるからである。そこから脱却するのは難しいだろう。しかし、小学校の頃にフアレス先生のような先生に出会っていれば、人生は豊かになるのでは。いき過ぎた資本主義社会、それによる格差などを止めるには、学校教育をもっと豊かにするところから始まるのかもしれない。

総括

本作を観て、生きること、学こと、教えることについて考えさせられた。本作は、さまざまな人生を歩んでいる幅広い観客にさまざまなことを考えさせてくれる、素晴らしいヒューマンドラマだった。

演出☆☆☆
映像☆☆☆
物語☆☆☆☆
テーマ☆☆☆☆☆
75点

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