1コメントから41.5%。MattがWordPressを世界の入口にした理由
2003年1月、19歳のMatt Mullenwegは、まだ世界を変えようとしていなかった。
彼が困っていたのは、自分のブログを書く道具だった。
使っていたb2/cafelogというソフトは好きだった。けれど、中心にいた開発者が戻ってこない。修理も改良も止まり、ブログの世界だけが前へ進んでいく。
そこでMattは、自分のブログに短い記事を書いた。
「このままなら、自分たちで作り直せばいい」
その記事についたコメントは、最初たった1件だった。
でも、その1件がWordPressの始まりになった。
2026年7月10日時点で、W3TechsはWordPressが全Webサイトの41.5%で使われていると示している。半分に近いWebサイトの裏側に、あの日の「困った」と「手伝うよ」が残っている。
これは、天才が最初から巨大企業を設計した話ではない。
小さな不満を隠さずに出した高校卒業まもない若者が、遠く離れた1人の返事を受け取り、世界中の人が使える入口を作っていった話だ。

Mattは、音楽とブログが好きな普通の作り手だった
Matt Mullenwegは、最初から「起業家」という名札をつけていたわけではない。
アメリカのテキサス州ヒューストンで育ち、ジャズが好きで、サックスを吹いた。高校では音楽や芸術を学ぶ学校に通った。コンピューターにも早くから親しみ、音楽の先生のためにWebサイトを作ることもあった。
大事なのは、彼の入口が「世界一の会社を作るぞ」ではなかったことだ。
「好きなものを、もう少しよくしたい」
出発点はそれくらい小さい。
WordPress公式の本『Milestones』には、Mattが高校時代に音楽教師のサイトを作り、PHPというプログラミング言語にも触れていたことが書かれている。つまり彼は、いきなりすごい会社を作った人ではなく、身近な人の困りごとを直しながら力をつけた人だった。
想像してみてほしい。
学校の文化祭サイトを作る。部活の連絡ページを直す。友だちの動画用のサムネを作る。そんな小さな手伝いは、履歴書に書くほど立派に見えないかもしれない。
でも、そこでしか学べないことがある。
相手がどこで迷うのか。
自分の作ったものが、実際に使われるとどこで壊れるのか。
Mattにとってブログは、ただの日記ではなかった。写真を置く場所であり、考えを書く場所であり、人とつながる場所だった。だからこそ、ブログの道具が止まることは、自分の机が急にぐらつくようなものだった。
「まあ、使いにくいけど我慢しよう」
多くの人はそこで止まる。
Mattは、そこで1歩だけ前に出た。
文句を言うだけで終わらせず、公開の場所に「作り直せるかもしれない」と書いた。
この小さな差が、あとで大きくなる。
止まったb2が、Mattに最初の問いをくれた
WordPressの前に、b2/cafelogというブログソフトがあった。
Mattはこのb2を使っていた。Mike Littleも使っていた。2人はまだ会ったこともない。住んでいる場所も違う。Mattはヒューストン、Mikeはイギリスのストックポートだった。
b2はGPLというライセンスで公開されていた。簡単に言うと、「誰でも使える。改造もできる。ただし、同じ自由を次の人にも残してね」という考え方だ。
これは、学生にとっても大事な考え方だ。
もし教室のノートが1人の机の中に閉じ込められていたら、その人が休んだ日は誰も続きを読めない。けれど、みんなが見られる共有ノートなら、誰かが休んでも別の誰かが続きを書ける。
b2は、その共有ノートに近かった。
しかし、中心の開発が止まってしまった。
ソフトは使える。けれど、未来が見えない。セキュリティの修理も、新しいWebの流れへの対応も進みにくい。
WordPress公式の本は、この時期を「b2はもう進化していなかった」と説明している。ブログの世界は前に進むのに、道具だけが置いていかれる。Mattたちは、そんな場所に立っていた。
このとき、Mattがしたことは派手ではない。
投資家に会いに行ったわけではない。
会社を作ったわけでもない。
巨大な発表会を開いたわけでもない。
彼は、自分のブログに「The Blogging Software Dilemma」という記事を書いた。
そこで彼は、b2がGPLであることに触れ、自分が作ったコードは自分がいなくなっても世界に残せる、と書いた。そして、まだ名前も決まっていない新しい道具の可能性を考えた。
ここが面白い。
Mattは「完成品」を出したのではない。
「問い」を出した。
どうすれば、もっとよいブログ道具になるだろう。
誰か一緒にやらないだろうか。
名前は何がいいだろう。
完璧な答えを持っていなくても、問いを出すことはできる。
むしろ、問いだからこそ人が入ってこられる。
すでに全部決まっている場所には、手伝う余白が少ない。けれど、「ここで困っている」「こうしたいけど、まだ途中だ」と開かれている場所には、誰かの一言が入る。
ここで、少しだけ自分の毎日に引き寄せてみよう。
たとえば、クラスの連絡がいつもバラバラで見つけにくいとする。そこで「連絡をまとめるサイトを作りました。完成です」と出すと、見た人は「ふうん」で終わるかもしれない。けれど、「部活の予定と提出物が混ざって見つけにくい。こういう表にしたら楽になりそうだけど、もっといい分け方ある?」と出したら、反応は変わる。
「宿題は日付順がいい」
「部活は曜日で見たい」
「スマホで開くと横に長い」
そんな声が入ってくる。
問いは、作品を弱く見せるものではない。作品のまわりに入口を作るものだ。
Mattのすごさは、最初から正解を持っていたことではない。自分の困りごとを、他の人が入れる形で置いたことだ。
Mattのブログ記事もそうだった。
そこに、Mike Littleがコメントした。
「本気でb2をフォークするなら、手伝いたい」
たったそれだけの返事が、海を越えた。
1コメントが、世界の半分近いWebへの最初の橋になった
WordPressの最初の仲間は、会議室で決まった共同創業者ではなかった。
ブログのコメント欄に現れた、遠くの1人だった。
WordPress公式の本は、Mattの記事が長いあいだ「たった1件のコメント」だけを持っていたと書いている。今では記念日に多くの人がその記事を見に行く。けれど当時は、ほとんど誰にも注目されていなかった。
この事実は、少し勇気をくれる。
最初から1000いいねはいらない。
最初から有名人に見つかる必要もない。
最初に必要なのは、ちゃんと届いた1人だ。
MattとMikeは、b2をもとに新しい枝を作った。ソフトの世界では、元のコードから別の道を作ることを「フォーク」と呼ぶ。食事のフォークではなく、道が分かれるという意味だ。
2003年4月1日、MattはSourceForgeに新しい枝を作った。名前は、友人のChristine Tremouletが考えた「WordPress」になった。
そして2003年5月27日、WordPress 0.70が公開された。
今の目で見ると、小さな番号だ。
0.70。
完成の「1.0」にも届いていない。
でも、そこで出した。
ここに、若い読者が真似できる大事なことがある。
最初のバージョンは、世界を驚かせる必要がない。
誰か1人の困りごとを、昨日より少し楽にすればいい。
Mattたちにとって、その1人は自分たち自身だった。自分のブログをもっと気持ちよく書きたい。自分の道具を止めたくない。その切実さが、ほかの人にも伝わった。
0.70という数字にも、学べることがある。
「1.0になってから出す」と考えると、人はなかなか動けない。まだ足りない機能がある。見た目が整っていない。友だちに笑われるかもしれない。そう考えているうちに、時間だけが過ぎる。
でも、0.70なら出せる。
これは「未完成のまま雑に出す」という意味ではない。いま使う人にとって、前より役に立つところまで作ったら、いったん外に出すということだ。
外に出すと、机の上では見えなかった問題が見える。
自分では分かりやすいと思ったボタンが、他の人には見つからないかもしれない。自分のパソコンでは動いたのに、別の環境では壊れるかもしれない。説明を読まなくても使えると思ったのに、最初の画面で止まる人がいるかもしれない。
それは失敗ではない。
次に直す場所が見つかったということだ。
大きな夢は、最初から大きく見える必要がない。最初は「自分が困っているから直す」で十分だ。
WordPressは、そこから少しずつ広がった。
無料で使える。
改造できる。
自分のサイトを自分のものとして持てる。
この考え方は、ブログを書く人だけでなく、店を開きたい人、作品を見せたい人、ニュースを届けたい人にも届いた。
2026年7月10日時点で、W3TechsはWordPressについて「CMSが判明しているサイトの59.2%、全Webサイトの41.5%で使われている」と示している。
たった1件のコメントから始まった道具が、世界中のWebの入口になった。
もちろん、Matt1人だけの力ではない。
Mike Littleがいた。
元のb2を作ったMichel Valdrighiがいた。
その後の何千、何万という貢献者がいた。
だからこそ、この話は「ひとりの英雄物語」ではない。
「開かれた問いに、仲間が集まる」という物語だ。

無料で配るから、会社にできないとは限らなかった
ここで、ふつうは疑問が出る。
無料で使えるソフトなら、どうやって会社になるのだろう。
WordPressはオープンソースだ。だれでも使える。自分でサーバーを用意すれば、WordPress.orgから無料でソフトを入れられる。
一方で、Mattは2005年にAutomatticという会社を作った。WordPress.com、Akismet、WooCommerce、Tumblrなどを持つ会社だ。Automatticの公式ページは、WordPressが全Webサイトの40%超を動かしていること、同社が2005年から遠隔中心で働いていること、世界各地に1,449人のAutomatticianがいることを説明している。
さらにAutomatticは、自分たちの仕事の多くをGPLのもとで公開しながら、年間5億ドル規模の収益を上げているとも説明している。
ここで学べるのは、「無料」と「価値がない」は違うということだ。
たとえば、公園は無料で歩ける。でも、そこをきれいに保つ仕事には価値がある。図書館は無料で本を読める。でも、本を選び、整理し、守る仕事には価値がある。
WordPressも似ている。
ソフトそのものは自由に使える。
でも、安心して動かす場所、スパムを防ぐ仕組み、ネットショップを作る機能、大きなサイトを支える運用には、お金を払いたい人がいる。
Mattが作ったのは、「閉じ込めて儲ける会社」ではなく、「自由な道具のまわりで支える会社」だった。
もちろん、きれいごとだけではない。
WordPressとAutomatticの関係は、長い歴史の中で何度も議論になってきた。オープンソースの共同体と、会社としての成長は、ときに引っ張り合う。最近もWordPressをめぐる対立は報じられている。
だから、この記事で言いたいのは「Mattのすべてが正しい」ということではない。
本当に大事なのは、最初の選択だ。
自分だけの箱に閉じ込めず、次の人も使える形で出す。
完璧に支配するより、参加できる余白を残す。
この選択があったから、WordPressは会社を超えて広がった。
ここで誤解しないでほしいのは、「全部無料にしよう」という単純な話ではないことだ。
Mattの物語から持ち帰れるのは、値段の話より先に「誰が自由になったか」を見る姿勢だ。WordPressを使えば、デザイナーでなくても自分のページを作れる。大きな会社でなくても、お店のサイトを持てる。英語圏の巨大サービスだけに頼らなくても、自分の場所を持てる。
道具が自由になると、作れる人の数が増える。
作れる人の数が増えると、思ってもみなかった使い方が生まれる。
そして、そのまわりに仕事も生まれる。テーマを作る人、プラグインを作る人、サイトを直す人、文章を書く人、ネットショップを運営する人。WordPressそのものだけでなく、WordPressで生活を変えた人たちがいる。
だから、何かを作るときはこう考えてみてほしい。
これを自分だけの近道にするのか。
それとも、次の人も歩ける道にするのか。
小さなテンプレートでも、手順書でも、勉強ノートでも同じだ。次の人が少し楽になる形にすると、ただの自分用メモが小さな公共物になる。
学校でも同じことができる。
自分だけが見られるノートを、友だちが使える形にする。
自分だけが使うテンプレートを、クラスで使えるように直す。
部活の係だけが知っている手順を、次の学年でも読めるように残す。
それは小さい。
でも、開かれたものは、思わぬ人に届く。
Mattのブログ記事についた1コメントのように。
失敗しない道具ではなく、直し続ける道具にした
WordPressが強かった理由は、最初から完璧だったからではない。
直し続ける仕組みを選んだからだ。
Automatticの公式ページには、週ごとのデプロイ数やサポート対応数が表示されている。2026年7月に見たページでは、その週だけで931回のデプロイ、9,218件のサポート対応が示されていた。
デプロイとは、作った変更を実際のサービスに出すことだ。
つまりAutomatticは、巨大な道具を「年に1回だけ直す」のではなく、細かく何度も直している。
WordPress公式の本も、Automatticの文化を「小さく分けて、すぐユーザーに届ける」ものとして説明している。2010年5月までに25,000回以上のリリースがあり、平均すると1日16回だったという。
中高生にとって、これはかなり現実的な教訓だ。
一発でうまく書ける作文は少ない。
一発で完璧に弾ける曲も少ない。
一発で強いアプリを作れる人も少ない。
でも、直すことならできる。
今日の1回目より、明日の2回目をよくする。
友だちに見せて、つまずいた場所を直す。
使いにくいところを、1つだけ減らす。
この「1つだけ」が大事だ。
大きな道具ほど、問題もたくさん見える。画面が見にくい。文章が長い。読み込みが遅い。使い方が分からない。全部を一気に直そうとすると、どこから手をつけていいか分からなくなる。
だから、1つ選ぶ。
今日直すのは、最初の画面だけ。
今日直すのは、説明文の1行だけ。
今日直すのは、友だちが迷ったボタンの名前だけ。
その小さな修理を、何度も続ける。WordPressのような大きなプロジェクトも、結局はこの積み重ねから逃げられない。むしろ、大きくなったからこそ、小さく直す力が必要になる。
WordPressの歴史は、この地味な作業の積み重ねだ。
ここで面白いのは、Mattがジャズ好きだったことだ。WordPressの主要リリースには、ジャズ音楽家の名前がつけられてきた。WordPress.orgの履歴ページにも、Miles Davis、Charles Mingus、Duke Ellingtonなどの名前が並ぶ。
ジャズは、楽譜をそのままなぞるだけの音楽ではない。
相手の音を聞き、少し返し、また変える。
WordPressの育ち方も、それに似ている。
誰かが使う。
誰かが困る。
誰かが直す。
誰かがまた使う。
そのくり返しで、道具は太くなっていった。
「完成してから出す」では、たぶんこの速度は出なかった。
「出してから直す」から、人が入ってこられた。

きみが今日から真似できる3つのこと
Mattの話を、ただ「すごい人の昔話」で終わらせるともったいない。
今日から真似できることはある。
1つ目は、困りごとをちゃんと言葉にすることだ。
「なんか不便」で終わらせない。
どこが不便なのか。
何ができたらうれしいのか。
誰が同じことで困っていそうか。
Mattは、自分のブログ道具への不満を言葉にした。そこにMike Littleが反応した。言葉にしなければ、返事は来ない。
2つ目は、完成品ではなく途中を見せることだ。
学校でも、趣味でも、最初から完璧なものを見せようとすると動けなくなる。
でも、「ここまで作った」「ここで詰まっている」「誰か一緒に考えてほしい」なら出せる。
途中を見せるのは、弱さを見せることではない。
仲間が入れる入口を作ることだ。
3つ目は、最初の1人を大事にすることだ。
SNSでは、数字が大きいほどえらく見える。1000人、1万人、100万人。そういう数字を見ると、自分の1いいねや1コメントが小さく感じる。
でも、WordPressの始まりは1コメントだった。
本気で返してくれる1人は、ただの数字ではない。
その人は、次の1歩を一緒に作ってくれるかもしれない。
もし今、きみが何かを作っているなら、最初の反応を軽く扱わないでほしい。
「ここ、使いにくい」
「これ、面白い」
「手伝えるかも」
そんな一言の中に、次の道がある。
もう1つ、できれば試してほしいことがある。
返事をもらったら、すぐに反論しないことだ。
自分の作品に意見をもらうと、少し痛い。「そこは分かっている」「時間がなかった」「本当はもっとすごくする予定だった」と言いたくなる。でも、その言葉を飲み込んで、まず相手がどこで止まったのかを見る。
反応は、作品への攻撃ではない。
使った人から届いた地図だ。
MattのブログにMikeのコメントがついたとき、もしMattが「いや、自分でやるからいい」と閉じていたら、物語は変わっていたかもしれない。返事を受け取り、道を一緒に作ったから、次が生まれた。
作る人に必要なのは、強い自己主張だけではない。
返事を受け取る広さも、同じくらい大事だ。
きみへ。まだ1コメントでも、始まりには足りる
Matt Mullenwegの物語は、巨大な成功から逆算するとまぶしく見える。
全Webサイトの41.5%。
1,449人の遠隔チーム。
年間5億ドル規模の収益。
数字だけ見ると、自分とは遠すぎる。
でも、最初の場面に戻ると景色は変わる。
19歳の若者が、好きなブログ道具に困っていた。
自分のブログに、まだ名前もない案を書いた。
そこに1人が「手伝いたい」と返した。
始まりは、それだけだった。
だから、きみにもできることがある。
今日、困っていることを1つ書き出す。
それを少しだけ直す。
途中でもいいから、誰かに見せる。
返事が来たら、大事に読む。
返事が来なかったら、失敗ではない。
見せる相手を1人変えてみる。説明を1行短くしてみる。自分で翌日にもう一度使ってみる。反応がない時間も、作る人には大事な材料になる。
静かな時間に直した1行が、次の返事を呼ぶこともある。
作る人は、その小さな変化を見逃さない。
世界の半分近いWebを動かす必要はない。
まずは、目の前の1人の机を少し楽にすればいい。
その小さな修理が、思っているより遠くまで届くことがある。
きみが今「これ、ちょっと不便だな」と思っているものは何だろう。コメントで教えてほしい。
