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100,000まで、ひとりで数えた40時間 ― 5年間“だれも見てくれなかった”少年が、世界5億人の友だちになるまで

想像してみてほしい

部屋の真ん中に、白いプラスチックの椅子がぽつんと置かれている。
そこに、ぼさぼさの髪をした19歳の青年がすわっている。
カメラの赤いランプが、もう何時間も点きっぱなしだ。

彼は、ただ「1、2、3……」と数を数えている。

最初の1時間。退屈そうにしている。
5時間。声が、しゃがれてくる。
10時間。声がほとんど出ない。コーラを口にふくんで、また数える。
20時間。目がうつろになる。背中が痛そうだ。立ち上がって歩きながら数える。
30時間。となりの部屋でかわるがわる仮眠をとる友だちの声がする。本人はずっと、数え続けている。

そして40時間後。
「99,999……100,000ッ!」
青年は両手を上にあげて、ガッツポーズもせず、ただ静かに座りこんだ。

これは、いま世界でいちばん登録者数の多いユーチューバー、MrBeast(ミスタービースト) の、たった一本のうごく動画の話だ。
タイトルは「I Counted To 100,000!(10万まで数えてみた!)」。
2017年1月、まだ無名だった19歳のジミー・ドナルドソンが投稿した、人生をひっくり返す一本になった。

世界一の登録者数というのが、どれくらいすごいかというと――2026年6月、彼のYouTubeチャンネルの登録者は 5億人 を超えた。
これは、日本の人口のおよそ4倍。世界中の地球人の、16人にひとりが「この人の動画、見るよ」とボタンを押している、ということだ。

でも、本当におもしろいのは、ここからの話じゃない。
本当におもしろいのは、ここに来る の5年間の話だ。

「ジミーって、何者?」――まずは主人公をしょうかいするね

MrBeastの本当の名前は、ジェイムズ・スティーブン・ドナルドソン。みんなは「ジミー」と呼ぶ。

1998年5月7日、アメリカのカンザス州ウィチタという街で生まれた。
お父さんは軍人、お母さんも軍人。両親ともに仕事がいそがしくて、ジミーと弟は小さいころ、たくさんの「お姉さんがわりのベビーシッター(オーペアという)」に育てられた。

引っ越しが多かった。お父さんの仕事の関係で、ドイツや、アメリカの色んな町を転々とした。最終的に落ち着いたのは、ノースカロライナ州のグリーンビルという、わりと静かな大学町。

ジミーが9歳のとき、お父さんとお母さんは離婚した。
そして高校時代に、彼の人生をもうひとつ変えるできごとが起きる。クローン病 という、おなかのびょうき(腸がふくらんで痛くなる、なかなか治りにくい病気)になってしまったのだ。
大好きだった野球も、ふつうの食事も、自由にできなくなる。からだは細くなり、まわりの男の子たちみたいに、グラウンドで走り回れない日々がやってきた。

「外で遊べないなら、家でなにかやろう」
そう考えたジミー少年が、たまたま夢中になったもの。
それが、当時まだ「子どもの遊び」と言われていた YouTube だった。

ジミーは、性格的にも、目立つタイプの子ではなかった。
お母さんいわく、「うちの子は、引っ越しが多かったし、病気のこともあったから、ちょっと内気だった」。
グラウンドで一番足が速い男の子でもなく、教室でいちばん勉強ができる子でもなく、女の子からモテるタイプでもない。
今、YouTubeの画面の中で大きな声で「みんな〜!100万ドル分のチョコ配るぞ〜!」とさけんでいる、あの陽気なジミーとは、まるでべつの人みたいだ。

でも、おとなしい彼の頭の中には、たったひとつの、なみはずれた強さがあった。
それは、「自分が決めたことを、何年でも、もくもくと続けられる」 という強さだった。
これから話す物語は、そのたったひとつの強みだけで、ふつうの少年が、人類でいちばん見られるメディアを作ってしまったお話だ。

第1章 「ぼくは絶対にユーチューバーになる」と決めた、13歳の夜

2012年2月。
ジミーは13歳。
おかあさんが「いいから宿題やりなさい」と言うのを聞き流しながら、自分の部屋で、ふるいパソコンに向かっていた。

その日、彼は人生で最初のYouTube動画を投稿した。
チャンネル名は 「MrBeast6000(ミスタービースト・シックスサウザンド)」
名前にとくに意味はない。ゲーム機「Xbox」が勝手につけてくれたアカウント名を、そのまま使っただけだった。

内容は、自分でやっていたゲーム「マインクラフト」と「コール オブ デューティ」のプレイ動画。「ぼくが今こうやって、ここを攻略してるよ」と画面の中で実況する、よくあるゲーム動画だ。

ただし――誰も見なかった。

再生回数は、数十回。コメントは、ほぼゼロ。
中学生のジミーは、それでもめげずに、二本目、三本目をアップした。
内容は、「他のユーチューバー、いくら稼いでいるかな?を予想してみた」「YouTubeで成功するためのコツ」「いま話題のYouTuberのケンカについて」――いろいろ試した。

クラスメイトはアニメの『サウスパーク』や流行りのドラマを見て笑っていた時間。
ジミーは何をしていたかというと、YouTubeを「研究」していた。

「どうしてこの動画は、こんなに再生されるんだろう?」
「サムネ(動画の顔になる画像)が黄色いと、本当にクリックされやすいの?」
「最初の5秒で何を見せれば、視聴者は最後まで見てくれる?」

毎日、何時間もかけて、人気の動画をひたすらメモする。グラフを書く。仮説を立てて、自分のチャンネルで試す。そして、また数字を見て、考える。
それを、もう一度。
もう一度。
もう一度。

しかし、再生数はぴくりとも増えない。
ジミーは1年、2年、3年と動画を投稿しつづけた。
それでも、登録者は数百人。よくて数千人。
「中学のとき、3年やったけど、まだ500人しか登録してくれない」
そんな数字が続いた。

このときの彼は、まさに「だれにも気づかれていない人」だった。
学校でも目立たない。インターネットでも目立たない。
ふつうの中学生なら、3か月もすればやめてしまう。半年で「もう、ぼくには向いてない」とノートを閉じる。
ジミーがすごいのは、ここで やめなかった ことだ。

彼はあるインタビューでこんなことを言っている。
「ぼくは、ふつうの人が1日2時間動画を作るところを、1日18時間やってた。同じ時間しか使わない人が、ぼくに勝てるはずがないって、ずっと信じてた」

1日18時間。
朝起きてから夜ねるまでの、ほぼ全部だ。
ごはんを食べる時間も、おふろの時間も、ベッドの中でも、頭の中はずっと「動画」「動画」「動画」。
これって、好きじゃないと、ぜったいに続けられない。
でも、ジミーにとっては、これが 遊び であり、勉強 であり、仕事 だった。
全部、ぐちゃっと、いっしょになっていた。

第2章 「やめなさい」と言われた、あの日

2016年。ジミーは18歳になり、大学に進学した。
専攻は、お母さんに「これなら堅実だから」とすすめられた、ビジネス系の学部だった。

しかし彼の頭の中には、講義の内容なんてほとんど入ってこなかった。
朝起きたら、まず動画のことを考える。
授業中も、動画のことを考える。
帰り道も、ごはん中も、ふとんの中でも、動画のことを考えていた。

ここまで4年。投稿した動画は、すでに数百本。
登録者数は、ようやく 3万人 まで増えた。
ふつうの中高生からしたらすごい数字に見えるけれど、YouTubeで生活していくには、まだまだ全然たりない。

そして2016年の冬、ジミーは大きな決断をした。
「大学、やめる」

お母さんのスーは、たまげた。
当時、ジミーのお母さんは軍をやめてから、また働きはじめていた。働きながら、ふたりの息子を育てていた。せっかく大学に入れたのに、よくわからない「ユーチューバー」になるために中退するなんて、頭がおかしくなったとしか思えなかった。

「ジミー、あなたがそこまで言うなら、家を出てちょうだい」
お母さんは、ついにそう言いはなった。

これは、いじわるで言ったのではないと思う。
おかあさんはおかあさんで、息子の人生を心配して、必死だっただけだ。
「甘えていたらだめになる。本当に夢を追うなら、自分の力で生きてみなさい」――そういうメッセージだったのかもしれない。

でも、追い出された18歳のジミーには、それでも引きさがらない理由があった。

彼はある日、こう気づいていたのだ。

「YouTubeで、誰もやっていない“ぶっとんだ動画”を作れば、絶対にバズる」

ふつうのゲーム実況をしていても、もう数字は伸びない。
だったら、「他の誰もぜったいやらないこと」をやってみる。それしかない。

第3章 100,000まで、ひとりで数えた40時間

2017年1月8日。
ジミーは、自分の部屋にいた。
机の上に、紙と水とコーラと、おかしを積み上げる。
カメラを三脚で立てる。録画ボタンを押す。

「やあ、ぼくはこれから10万まで数えるよ。最後まで、いっしょにいてね」

最初のうちは、笑顔だった。
1,000を超えたあたりで、もう声がしゃがれてきた。
1万を超えたあたりで、立ち上がって歩きながら数えはじめる。
2万、3万、4万……。

時計の針はぐるぐる回り、外は暗くなり、また明るくなった。
お母さんやおじいちゃん、おばあちゃんが交代でとなりの部屋にきて、見守っていた。
ジミーは、ただひたすら、数を数えた。

10万まで数え終わったとき、ぜんぶで 40時間 かかっていた。
40時間。ふつうの人なら、ねむって、起きて、ごはんを3回食べて、ねむって、起きて、ようやく半分ぐらいの時間だ。
それを、人間ひとりが、椅子の上で数を数えるだけに使った。

途中、ぜったいに眠くなる場面も多かった。
ジミーはのちにテレビの番組でこう告白している。

「実は、画面の外ではずっと『ゲーム・オブ・スローンズ』と『ナルト』を見ながら数えてたんだ。バレないように。だってみんなには『40時間ただ壁を見てるように』見せたかったから」

ちょっと、笑ってしまうエピソードだ。でも、ここに彼の天才の片りんが見える。
本当はナルトを見てたっていう「とっておきの裏話」さえ、彼は数年ねかせてから笑い話として使った。

完成した動画は、ぜんぶで23時間50分。
編集の手順で、すこしだけ早送りした部分があるから、ぴったり24時間以内におさめた。

そしてジミーは、YouTubeに動画をアップした。
動画タイトルは、たった一行――「I Counted To 100,000!(10万まで数えてみた!)」
サムネは、自分の顔と、大きく書かれた「100,000」の文字。

すると、信じられないことが起きた。
最初の数日で、何万回。
1週間で、何十万回。
1か月もしないうちに、何百万回も再生され、登録者は一気に 100万人 を突破した。
4年と11か月、ほぼなにも起きなかったチャンネルが、たった一本の動画で爆発した。

ジミーはこう振り返っている。
「あの動画でぼくは気づいた。ユーチューブには、まだ誰もやってないことが、たくさん残ってる って」

ここで、ぜひ気づいてほしいことがある。
40時間、たった一人で数を数える――これは、特別な才能がいる仕事じゃない。
ピアノが弾けなくても、絵が描けなくても、英語ができなくても、できる。
「ふつうの人が、めんどくさいから、ぜったいにやらないこと」をやる。
それだけだ。

そして、彼のすごさはここからだ。
ふつうの人は、こんなにバズる動画を1本だけ作って、満足してしまう。
「やった!ぼく、有名人!」と言って、しばらくのんびり休む。
でも、ジミーは、つぎの日からまた次の動画の準備を始めた。
休む、という発想がなかった。
「1本でバズるのはまぐれ。10本連続でバズらせたい」
そんなことを、本気で考えていたという。

第4章 「お金、ぜんぶ配ってみた」というジャンルが生まれた日

人気が出ても、ジミーは満足しなかった。
というか、満足できる体質ではなかった。

彼はすぐに、もっとぶっとんだ動画を作りはじめる。

「氷の入った大きな水槽に、24時間入ってみた」
「家から1ミリも動かないで、7日間すごしてみた」
「電子レンジに、いろんなものを入れてみた」
「友だちに、なにも言わずに10万ドル(約1500万円)わたしてみた」

そう。ジミーは、稼いだお金をどんどん 動画に投入する ようになった。
ふつうの大人なら、「稼いだお金は貯金しよう」と考える。
ジミーは、まったく逆だった。
「稼いだお金は、もっと面白い動画にぶちこめば、もっと稼げる」――そう信じていた。

そしてもうひとつ、彼はだんだんと、ある「秘密のレシピ」にたどりついていく。
それは、

「人を、しあわせにする動画は、ものすごく見られる」

ということだった。

たとえば、彼の有名なシリーズに、こんな動画がある。
「ホームレスの人に、100ドル札を渡そうとしたら、ピザを買ってくれた」
「車に乗っていない女性に、新車をプレゼントしてみた」
「目の見えない1,000人の手術費を、ぜんぶ出してあげた」

これらの動画を見た世界中の人は、心の中があったかくなった。コメントには「あなたのおかげで人間を信じられた」「自分も誰かに何かしてあげたくなった」という言葉があふれた。
そして、もっと見たいと思うから、つぎの動画も再生し、登録ボタンを押した。
人をしあわせにすることが、彼にとっての最強のビジネスになった のだ。

第5章 ユーチューバーから、ひとつの「帝国」になるまで

ここまでくると、ジミーはもう、ただのユーチューバーではなくなっていく。

2020年、彼は 「Beast Burger(ビースト・バーガー)」 というハンバーガーチェーンを始めた。最初は配達専門で、自分の動画で宣伝する。これが大ヒットして、世界中に1000店舗以上に広がった。

2022年、こんどは 「Feastables(フィースタブルズ)」 というおかしのブランドを立ち上げる。チョコレートやスナックを、自分の動画でガンガン宣伝した。今ではアメリカのウォルマートやターゲット、セブンイレブンで、ふつうに売られている。2024年には、このおかし事業だけで20億円以上の利益を出している。

2024年には、アマゾンと約100億円規模の契約をむすび、自分の冠番組『Beast Games』を作った。賞金、なんと500万ドル(約8億円)。世界最高額の賞金がかかったテレビ番組としてギネス記録になった。

会社全体の名前は、「Beast Industries(ビースト・インダストリーズ)」
若き日の「だれも見てくれないユーチューバー」は、いまや 約5000億円規模の会社の社長 になっている。

それでも、ジミー本人は派手な生活をしない。
高級な家には住んでいない。ファッションもふだんは、Tシャツとパーカーと半ズボン。
「現金はほとんどもってない。結婚式のときは、お母さんからお金を借りた」と、本人が冗談まじりに言っている。
稼いだお金のほとんどを、彼は 次の動画 と、会社の成長 につぎこんでいる。

そして、もうひとつ。
ジミーは 「Beast Philanthropy(ビースト・フィランソロピー)」 という慈善団体をつくった。
「フィランソロピー」というのは、お金や時間をつかって、こまっている人を助ける活動のこと。
これまでに、世界の困っている人たちに 約4200万食ぶんの食料 を配り、ウクライナのなん民に約7億円ぶんの支援を送り、まずしい国の子に2,000本の義足を寄付してきた。
2025年には、別のユーチューバーのマーク・ローバーとくみ、「クリーンな水を世界中の人に届けよう」 というキャンペーン「#TeamWater」を立ちあげ、わずか1か月で約60億円を集めた。

13歳のころ、誰にも見られなかった少年。
それが、今では世界中の人を助ける「水路」になっている。

ジミーは、Beast Philanthropyのチャンネルで稼いだお金は、1ドルも自分のポケットに入れない と宣言している。
「会社の利益のほとんどは、また次の動画と、誰かを助けることに使う。それでいい。それでぼくは幸せだ」と、はっきり言っている。
高校時代まで「友だちと外で走れない病気の男の子」だった彼が、いまや世界中で「いちばん人を笑顔にできる男の子」になっている。
人生って、ふしぎなものだ。

第6章 「世界一」になっても、まだやめない

2026年6月12日。
ジミーのYouTubeチャンネルは、ついに 5億人の登録者 を突破した。
ひとりの人間がつくったメディアとしては、人類史上もっとも多くの人に届く、すごい数字だ。

ジミーは記念の動画でこう言った。
「想像していたよりも、ずっとずっと多い数字だ。10年前、誰も見てくれなかったあの夜のぼくに、教えてあげたい」

そして彼は、5億人のお祝いとして、また派手にお金を配り、子どもたちに学費の支援をはじめた。
たぶん10年後の彼は、宇宙にロケットを飛ばすか、世界中の学校を建てているか、まったく別の何かをやっているだろう。

でも、ぼくたちが学べることは、もっとシンプルなところにある。

きみが今日からマネできる、3つのこと

ジミーの話を読んで、「ぼくにはできない。だって、5億人の登録者なんて目指してないし」と思った人もいるかもしれない。
それでいい。5億人を目指す必要なんてない。
でも、彼の物語の中には、きみの日常をすこし変えるヒントが、ちゃんと3つ、かくれている。

1. 「すぐに花が咲かない」ことに、5年だけ耐えてみる

ジミーは13歳でYouTubeを始めて、19歳で初めてバズった。
そのあいだの 5年間 は、「失敗していた」のではない。「修行していた」のだ。
何百本も動画を作り、何百回もサムネを試し、何千時間もデータを見つめた。

きみがいま、なにかに「がんばっているのに伸びない」と思っているなら、それはたぶん、まだ「修行の時間」の途中だ。
スポーツでも、勉強でも、絵でも、楽器でも、ゲームでも、おなじこと。
急ぐな。比べるな。3年、できれば5年。淡々と続けてみる。
そのあいだに、きみは「他のだれよりもくわしい人」になる。気づいたときには、もうみんなが追いつけない場所に来ている。

2. 「ふつうじゃないこと」を、1コだけ、やってみる

100,000まで数える――そんなアイデア、ふつうは出てこないし、出てきても「ばかげてる」と思って捨ててしまう。
でもジミーは、「ばかげてる」アイデアにこそ、未来があると気づいた。
みんなが見ていないところに、宝物は落ちている。

きみの生活でも、毎日おなじことを繰り返すうちに、「あ、これふつうじゃないかも」というアイデアが、ふっと頭に浮かぶ瞬間がある。
そのとき、すぐに「無理だよ」と打ち消さないでほしい。
ノートのすみっこにメモして、次の休みの日に、1コだけ試してみる。
それが、きみの「100,000を数える動画」になるかもしれない。

3. うまくいったら、すぐに「だれかをしあわせにする」ことに使う

ジミーがすごいのは、有名になったあと、お金やフォロワーを「自分のため」じゃなくて、「人をしあわせにするため」 に使ったところだ。
そして皮肉なことに、それがいちばん、彼自身も豊かにした。

これはきみの生活でも、ちゃんと使える。
テストでうまく行ったら、苦手な友だちに勉強を教えてみる。
お小遣いがすこし余ったら、家族にジュースをおごってみる。
スポーツでレギュラーになったら、ベンチにいる仲間に声をかけてみる。

「人をしあわせにする小さな行動」を続けると、ふしぎなことに、きみの周りに「きみを応援したい人」がどんどん集まってくる。
これは、ジミーが世界5億人をつかんだ秘訣そのものだ。

おまけにもうひとつ、こっそりつけ加えておきたい。
ジミーは、お金がないころから、お金が入ってきてからまでずっと、「すこしずつでも誰かに何かをあげる」 ということを、習慣にしていた。
最初は1ドル札を友だちにわたすところから。
やがてホームレスの人にハンバーガーをおごるようになり、苦しんでいる学生に学費をはらってあげるようになり、最後には4200万食ぶんの食料を世界に配るようになった。
「大きいことをやれる人」というのは、いきなり大きいことをやる人じゃない。「小さいことを、たくさんやっている人」のなれの果てなのだ。

きみへ

最後に、ひとつだけ。

13歳のジミーは、田舎の小さな部屋で、誰にも見られない動画を投稿していた。
クローン病で外で遊べず、両親はりこんしていて、お母さんからは「家を出なさい」と言われた。
ふつうに考えたら、けっして恵まれた環境ではなかった。

でも彼は、「持っているもの」だけを使って、コツコツやった。
古いパソコンと、安いカメラと、自分の頭と、5年間の時間。
それだけで、彼は世界を変えた。

きみも今、たくさんのものを持っていないかもしれない。
学校がつまらないかもしれない。
だれにも理解されないと感じているかもしれない。
やってみたいことが、「ばかげてる」と笑われているかもしれない。

でも、覚えておいてほしい。
世界を変える人は、いつも、最初は「ばかげてる」と笑われる。

きみが今日いちばんワクワクすることを、ノートのすみっこにメモしてみよう。
そして明日、ほんの5分だけ、それをはじめてみよう。
5年後のきみが、「あの日、はじめて本当によかった」と笑っているように。

ジミーがかつて、たった13歳でカメラの録画ボタンを押したように、ね。

きみの未来は、まだなにも書かれていない、まっしろなノートだ。
今日いちぎょう書きはじめる勇気があれば、それで、もう十分。
さあ、いっしょに、その1行目を書こう。
きみのストーリーは、もう、はじまっている。

参考にした記事(英語)

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