大人になって、HB鉛筆に戻ってきた理由
勉強にも、メモ帳にも、HB鉛筆が最適解だったのかもしれない
シェアラウンジで、今後のnoteアカウントについてあれこれ考えていた日のこと。
気合を入れて早めに到着し、おしゃれな空間に身を置いている自分に、少しだけ酔いしれていた。
いざ、アイデアを書きとめようとバッグを開いた瞬間、ふと気づく。
「あ、ノートも、ボールペンも忘れた」
手元にあるのはスマホと財布だけ。
しかたなく360円のノートを買ったものの、筆記用具がない。近くにあったのは、赤や緑の色ペンだけ。どうしようもないので、備え付けの鉛筆を借りることにした。
ところが、これが思いのほか、よかったのです。
① 勝手にポモドーロが始まる
鉛筆って、不便ですよね。
使っていれば先が丸くなって、だんだん書きにくくなる。だいたい15分くらい集中して書いていると、削りたくなる。
それで一度席を立ち、鉛筆削りへ向かう。
そのついでに、コーヒーを淹れたり、伸びをしたり。
すると「15分集中+5分休憩」の、ポモドーロ・テクニックのような時間割が自然にできあがる。
しかも、鉛筆削りってちょっとした「無駄な時間」なんですよね。
集中していた脳がふっと緩んで、まったく別のことを考えはじめる。
この“ぼーっとした時間”に、かえっていいアイデアが浮かぶこともある。
脳科学で言うところの「デフォルト・モード・ネットワーク」──無意識の思考がはたらく時間。
えんぴつは、それを自然に生み出してくれる相棒だったのかも。
② 不均一だから、集中できる
ボールペンやシャーペンのメリットは、「いつでも一定の書き心地」。
でも、鉛筆ってちがうんですよね。
芯が少し丸くなってくると、指の角度を変えて、尖っている面を探して、手をくるくると調整する。
書くたびに感触が変わる。
この“不均一な感じ”が、逆に心地よかったんです。
脳が少しずつ刺激されるのか、勉強もメモも、なぜかスムーズに進む。
変わり続けるから、飽きない
そんな不思議な性質が、鉛筆にはあるのかもしれません。
そしてなにより、小学校の勉強で毎日のように使っていたあの感覚が、大きくなった手に、ほんのりと残っているんです。
③ 木の手触り、炭のにおい、忘れていた感覚たち
鉛筆の芯は炭。軸は木。
書いていると、少しずつ芯が丸くなり、削るとほのかに木の香りがする。
その感覚がなんだかとても懐かしくて、ほっとする。
木の六角形が、手にしっくりなじむ。
手触り、におい、音──
視覚だけではなく、五感すべてをつかって「書く」という行為をしているような気がする。
わたしたちは、視覚ばかりに頼りがちな時代に生きている。
だからこそ、触覚や嗅覚といった、日常ではあまり意識しない感覚を使うことが、脳の働きにとっても、心の落ち着きにとっても、いい影響があるんじゃないかなと感じました。

④(おまけ)マークシートの練習にも
じつはわたし、英検を受けるのがちょっとした趣味なんです。
そして、英検といえば──そう、マークシート。
あれって、今も鉛筆推奨なんですよね。
久しぶりに鉛筆を握ってマークしようとすると、けっこう違和感がある。
でも、日頃から鉛筆を使っておけば、本番でもスムーズにマークできる。
そんな、ちょっとした利点もあったりして。
書くという行為に、余白を残したい
鉛筆を使ってみて感じたのは
「便利じゃないことの心地よさ」でした。
スマホでも、PCでも、ボールペンでもない。
ちょっと面倒だけど、ちょっとあたたかい。
──そんな鉛筆を、久しぶりに使ってみたら、意外とよかったという話。
もし、あなたも最近鉛筆を使っていないのなら。
ぜひ、また握ってみてください。
「書く」という行為が、少しだけ楽しくなるかもしれません。
