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日記「♪青春~それは~見ぬふりした光~(日本香堂のCMソングに乗せて)」

かつて『学校へ行こう!』というバラエティ番組で「未成年の主張」というコーナーがあった。一人の学生が屋上に立ち、校庭に集まった先生達や生徒達へ自らの思いを叫ぶというものだ。学校生活への不満、部活にかける思い、好きな人への告白などなど。生徒たちは大いに盛り上がり、それはまさにきらっきらした青春の光であった。最近『それSnow Manにやらせて下さい』というバラエティ番組で「未成年の主張」が復活している。見たくないのに見てしまう。そう。私は羨望の眼差しを画面に向けているのだ。

私は集団行動が苦手で、協調性にも欠ける。学校生活が楽しかった記憶はほとんどない。
(初恋の甘酸っぱい想い出だけはあるにょ‪‪❤︎‬)
部活にも所属せず授業が終わればまっすぐ帰宅し、おやつを貪りながら夕方の再放送のドラマを観る日々。本当は超ミニスカートをパンチラさせながら、華麗にラケットを振るテニス部に憧れていた。

ここで一曲♪︎♪︎あのお線香「青雲」のCMソングをこんな替え歌にしてみた。

♪青春~それは~見ぬふりした光~
♪由紀が~捨てた~希望~
♪青春~それは~騙し合いの心
♪しょぼくれた~青い春
♪青春っ

この替え歌はあっちの棚の上に置いといて。。。

私が通っていた都立高校は偏差値60近くの中堅校だった。誠実で穏やかな落ち着いた校風、言い換えるなら、そこそこの学力を持った地味で陰キャの巣窟である。よって中学校で目立っていた奴は絶対に選ばないような高校であった。そんな高校の中でも言葉を借りるならスクールカースト的なものは存在した。私は一軍でもなければ下位軍でもなくいつも中間層にいた。行事などでは一軍の仰せの通りに動き下位軍にもお声をかける、言わば中間管理職だ。ここでひとつ持論を述べておきたい。スクールカーストにおける中間層女子は、控えめでいて優しさを併せ持っているので、意外と男子ウケは良い。てへっ。とはいえ自己発信で何かをする訳でもなく、半陽半陰キャとして高校生活を終えた。

その後は短期大学に進学し、あっという間に社会人になってしまった。一年次は多少遊んだものの、とにかく単位を取らなければならず、二年次にはもう就活に翻弄され、青春もへったくれもない二年間だった。

私の十代はもう戻ってこない。青春の光はもう消えてしまったのだ。この多感な時期にもっといろんな事に目を向け、もっといろんな事にチャレンジすれば良かったなぁと思う。

降り続く雨を見つつそんな事をぼんやり考えていた。そういえばあの我が母校には紫陽花がたくさん植えられていて、この時期になると「あじさいウィーク」と称して校内の遊歩道を一般開放し、地域の方や保護者などが紫陽花を鑑賞しに来ていた。授業中に教室の窓から紫陽花をよく眺めていたっけ。

調べてみると今も開催していて卒業後はじめて我が母校へ行く事にした。おお懐かしの我が母校よ。だいぶ変わってはいたが所々に昔の面影が残っている。紫陽花の道を歩き教室の中を見るとかつての私がこちらを見ているようだ。高校生の私が語りかけてくる。

「知ってる?人生には第二の青春があることを」

ぴか~ん。私の十代の青春の光は消えてしまったが、私は今、自称詩人として充分に第二の青春を謳歌しているではないかっ。ぴちぴちの肌ではなくなったけど、心も少し濁ってしまったけれど、ついでに薄らハゲになってしまったけど、まだまだ光は灯せる!

『学校へ行こう!』ならぬ『母校へ行こう!』
「未成年の主張」ならぬ「大人の主張」

わたしは~!つまらない~!十代を~!過ごしてしまい~!後悔している~!しか~し!いま~!詩を書き始めて~!八年が過ぎて~!結構~!楽しく~!生きている~!わたしは~!あることに~!気がついた~!

(なぁ~に~!!!!!)

人生は~!いつでも~!青春だ~!!!!!!

(いえ~い!!!!!!)

ふむ。なかなかご機嫌な一日である。

色んな種類の紫陽花が咲いていた

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