電気がついて生きた気がした
熊本で被災された皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。
熊本で地震があったと知って
東日本大震災の頃を思い出しました。
私は当時仙台に住んでいて。
ひっくり返るほどの縦揺れも
階段から転げ落ちたことも
家族と連絡が取れなかった時間も
今でも忘れられません。
ただ、今回思い出したのは
震災そのものだけではなくて。
電気や水道・ガスが止まったあとの
暮らしのことでした。
電気がなければ
夜は本当に暗くなります。
スイッチを押せば部屋が明るくなる。
蛇口をひねれば水が出てくる。
そんなことを
あの日までは
あたりまえだと思って暮らしていたんです。
だけど。
その瞬間から
そのあたりまえはパッと消えてなくなりました。
夜はロウソク1本の灯りで過ごして
食べられるものを家族で分け合って。
家をちょっとずつ片づけながら
毎日をどう過ごすかだけを考えていたように思います。
この暮らしは
いつまで続くのだろう。
普通の日々は
本当に戻ってくるのだろうか。
先のことを考えるたび
不安ばかりが湧いてきていました。
でも。
1週間ほどでしょうか。
電気が戻ってきたのです。
突然
家の明かりがついたのです。
もちろん
それだけですべてが
元通りになったわけではないのだけど。
水道もガスも
まだまだ使えなかったけれど。
それでも、
部屋が明るくなったことで
暮らしが戻ってきたように感じたのです。
そこからしばらくして
ずいぶんかかったけれど
水やガスもつながって。
ひとつ戻るたびに
できることが増えていって
涙が出るほど嬉しかったことを覚えています。
【生活】というのは
ある日突然すべて戻るようなものではなくて
小さな「いつものこと」が
ひとつずつ帰ってくることで
ちょっとずつ
ちょっとずつ
形を取り戻していくのかもしれません。
今、先の見えない時間を
過ごしている人もたくさんいらっしゃることと思います。
いつまで続くのかわからない。
元に戻れるのかもわからない。
そんなときに
前向きになるのは難しいものです。
そういうときは
無理に元気を振り絞らなくていいと思います。
何もできずに
一日が過ぎてしまうこともあると思います。
私もあの頃、
先のことは何もわからないし
笑うことさえもできませんでした。
ただ1日1日を生きているうちに
電気が戻り、水が戻り、
自分たちの暮らしも少しずつ戻ってきました。
今すぐではないかもしれません。
同じ形にはならないかもしれません。
それでも、
小さなあたりまえが
ひとつずつ帰ってくる日を
仙台から静かに願っています。
