【後編】あの頃の僕は本気で「STARTO ENTERTAINMENTに入りたい」と思っていた
私が子どもの頃、心を強く惹きつけられていた存在がありました。
それは SMAPや嵐
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歌えて、踊れて、かっこよくて、
CMにも出て、ドラマや映画、バラエティでも活躍する。
まさに「なんでもできる人たち」
テレビにかじりつくように観ていました。
画面の向こうの世界は、キラキラしていて、遠くて、
それでも確かに「憧れ」でした。
それでも、夢を見ていた
私は
右半身麻痺、そして 高次脳機能障害があります。
もちろんキレキレに踊れるわけでもない。
沖縄県という場所柄、男性アイドルのチャンスも多くありません。
それでも
中学2年生頃から、大学の途中あたりまで
心の中では、ずっと同じ夢を描いていました。
• 一度きりの人生なら、やりたいことをやりたい
• できることなら、ステージに立ちたい
• 主に女性からキャーキャー言われてみたい
そして本気で、
「STARTO ENTERTAINMENT(旧ジャニーズ事務所)に入りたい」
と思っていました。
当時の僕の世界は、とても視野が狭かった
その頃の私は、
• 学校
• ヘルパーさん
• 下校後は寄宿舎
• その後は病院
外の世界は、かなり限られていました。
それでも一日中、
STARTO ENTERTAINMENT(旧ジャニーズ)の情報を見ていました。
雑誌、テレビ、噂話、何でもです。
今では
ジャニー喜多川氏の問題が明らかになりましたが、
当時の私は
• 自分で履歴書を送る人
• 家族や身内が勝手に送ってくれる人(これが多いらしいです笑)
• 「YOU、やっちゃいなよ」と言われる世界
そんな話を信じ、
「自分も、もしかしたら…」
と夢を見ていました。
「直接、手紙を書こう」と思った日
持病もある。
沖縄で遠い。
オーディションなんて現実的じゃない。
だから私は思いました。
「そうだ。ジャニー喜多川さんに、直接手紙を書こう」
視野がとても狭かった当時の僕なりの、
精一杯の行動でした。
ちょうどその頃、
年に3〜4回ほど、
高校の特別支援学校の友達と遊ぶ機会がありました。
今も変わらないルーティンですが、
1. カラオケ
2. 夕食
その日におしゃれな服装で写真を撮って、その日は楽しい時間を過ごしました。
郵便局まで、付き添ってくれたヘルパーさん
別の日。
手紙を書き終え、
病院の帰りに、当時仲の良かったヘルパーさんに
「ちょっと郵便局、寄ってもいい?」
とお願いしました。
「ジャニーズに送るんだ」
そう伝えると、
そのヘルパーさんは、喜んでくれました。
おそらく、高校高学年の頃だったと思います。
写真に込めた、当時の本気
手紙と一緒に、写真も同封しました。
• きれいな服装
• 顔つき
• 麻痺も含めて「自分」を見てほしい
そんな思いで撮った写真です。
今も変わりませんが、
当時の私は 「人気者になりたい」 と思っていたのだと思います。
「SUPER FIVE」という、もう一つの夢
当時、
ジャニーズではジャニー喜多川氏が
グループ名を決めていました。
SMAP、嵐、KAT-TUN…。
それでも私はあまりにも好きすぎたので
「自分がリーダーになって、自分でグループ名を決める!」
という、
今思えばかなり大胆なスタンスを取っていました。
グループ名は
「SUPER FIVE」
理由も、ちゃんとありました。
• 嵐が大好きで、5人組にしたかった
• 沖縄(私)、北海道、東京、大阪、中国or四国の人たち
→ 日本全体いるよ、いや世界中幅広く活動するスターになる
本気でした。
本気で、ジャニーズJr.からのデビューを目指していました。
当然、夢は叶わなかった
結果として、
連絡が来ることはありませんでした。
活動もありません。
大学の忙しさや時間が経つにつれ、
テレビも見れなくなり、アイドルとしての意欲も薄れ
「無理なんだ」と、少しずつ分かるようになりました。
正直、今振り返ると
お恥ずかしい限りです。
でも
その頃の写真が残っていました。
だから、今回、公開します。(めっちゃお恥ずかしいですが…😅)





そして今。別の形で、夢はつながった
月日は流れ、
仕事に就き、
あの頃の夢は、心の奥にしまわれていきました。
「もう年齢的にも無理だろう」
そうやって、自分でフタをしていました。
もう一度、光が差した瞬間
そんな私に、
思いがけない出来事がありました。
そう、noteをはじめて半年
タカーズ事務所に、ソロ活動として所属が決まったのです‼️
▶︎ 公式サイト
サイト➡ motsugakitai.my.canva.site
サイト➡ https://motsugakitai.my.canva.site/page-9
正直、驚きました。
同時に、胸の奥で何かが一気に蘇りました。
「ああ、自分は、まだ表現したかったんだ」
「あの頃の夢は、消えていなかったんだ」
タカーズ事務所で、今の自分として
タカーズ事務所の魅力は、
一人ひとりの人生と個性を尊重してくれること。
• 年齢
• 障害
• これまでの経歴
それらを否定せず、
「あなたは、あなたのままでいい」
と受け止めてくれます。
私は完璧ではありません。
• 右半身麻痺がある
• 高次脳機能障害がある
• できないことも多い
それでも、
ここまで歩いてきた人生そのものが、
今の僕の表現です。
おわりに
子どもの頃に憧れた世界と、
今の自分が、ようやく一本の線でつながりました。
もう「無理だ」とは言いません。
一度きりの人生。
叶えられる形で、叶えていく。
タカーズ事務所でのソロ活動は、
その再スタートです。
これからの 島袋友希 を、
見ていてもらえたら嬉しいです。
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