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ツヴィッカウ幻想 1. 「舞い踊る妖精の街で」 ③ 時空の交差点


『ツヴィッカウ幻想』第1話「舞い踊る妖精の街で」

③時空の交差点



「シューマンの音楽に詳しい人も、そうでない人も、誰もがシューマンの音楽を心から楽しんで、200年の生誕を祝っている。そんなこの街の様子に心から感激しました」

 翌日は、午後のリハーサル中から既に取材陣が入り、テレビカメラが回されていた。
「シューマンの音楽の魅力について」だの「日本におけるシューマンの浸透性」など、簡単な質問に答えた後、自分の想いを自由に語らせてもらう。

「昨日、何千人もの人々と共に、ツヴィッカウの美しい自然の中で聞いたシューマンの世界から、音楽の本質というものを教わった気がします。この時期にここに来れて、本当に幸せです。このシューマンフェストに携わっている方々、シューマンの音楽を支え、愛している方々に感謝の気持ちを込めて、恩返しのつもりで、これからもシューマンの世界を描き続けてゆきたいです」
 リサイタル本番の様子と共に週末の特番にて放映されるという。何ともありがたく、光栄なことではないの! 日本ですら一介のピアニストごときに、こうした取材のチャンスなんて皆無というのに。
「2チャンネルですよ」
 週末はライプツィヒだから、地方番組は観ることはできないな、と思いきや、
「ZDFは国営放送なので、ヨーロッパ全土で流れま
す」
 何てこと! 夢のひとつを築きたくて、己の目的の為にやって来ただけなのに、何だか大変な責任が。改めて音楽家として、シューマンのいちファンとして、そしてシューマン協会の一員として、気を引き締めてゆかないと。

 会場セッティングから、受付、DVDの撮影、録音。何もかも1人でこなすつもりでいたものの、加瀬さんと山城くんの助っ人2人がスタッフを買って出てくれたので本当に助かった。加瀬さんは、来場者の1人1人に挨拶の声かけと共にプログラムを手渡し、客席誘導など、アットホームな雰囲気を作って下さり、山城くんは写真、DVD撮影、更に録音まで担当してくれた。おかげでわたしは舞台に集中できる。
 衣装はなるべくシンプルにと、紫シフォンのスーツドレス。お客さまがカジュアルかドレッシーか、客席の様子を見て、共布のストールの織方に変化をつける。ネック回りに細く巻き、ストンと脇に流すか、ブローチで両肩に留めてマントのようにゴージャスにするか、あるいは二の腕にさらりと巻きつけるか。うーん。さっきチラ見した様子だと、カジュアル派がドレッシー派をやや上回るようだけど......。
「大変です!」
 山城くんが楽屋に飛び込んで来た。おいおい、ノックくらいしなさいよ。それとも女と思われていないのか。
「ツヴィッカウの市長夫妻が。それにシューマン一族の未裔とおっしゃる方々も来られてます!」
「ええ!? ご招待、してないわよ?」
「ここの館長さんが、宣伝しまくってくれてたみたいですね。ネットでも情報公開して。地元の新聞社なんかも」
「話がどんどん大げさに.......」
 巨大な宇宙のエネルギーが押し寄せてくる。
「ついでに驚かすわけじゃないけど、客席も、ほぼ満席ですよ」
 ああ何てこと! 幸せな悲鳴をあげつつも、冷静にならねばと、気を落ち着かせるべく装いに思いを馳せる。
 小品主体の前半では巻き髪をふんわり下ろした優しい雰囲気で。後半メインの〈幻想曲〉では髪もアップに、少しフォーマルな装いで変化をつけましょうか。口紅も前半は淡いピンク、後半は大人のローズで。よし。だんだん楽しくなってきた。
 これが日本だと、本番直前まで挨拶やら打ち合わせやら何やらで、いつもバタバタ、自分のことは後回し。結局なりふり構わずになってしまうのだから。

 挨拶はナシで、いきなり演奏を始めるつもりだったけど、客席の方々の温かい笑顔を見たら、嬉し涙がじわり。ひと言お礼を言いたくなってしまった。
「紳士淑女の皆さま、今晩は。日本シューマン協会の泉鈴香と申します。今宵はようこそおいで下さいました」
 と簡単なドイツ語の挨拶。そして自分がシューマンを愛していること、館長や臨時スタッフの2人を初めとするシューマン会の面々にお礼の言葉、生誕200年のお祝いを簡単な英語で述べて、ピアノに向かう。
 舞台に置かれたシューマンの胸像が見守る中で。
 オープニングは《ユーゲントアルバム》から、優しく、楽しく、誰でもすんなり入ってゆける曲をいくつか選択。続いて同じく《音楽帳》より。それから演奏される機会の少ない《間奏曲集》と、〈アレグロ〉Op.8で、シューマンのシュールな一面も描いてゆく。
 お客さまの反応はとても温かく、シューマンの地元というだけでも刺激的で、かなりの手応えあり。良く調律されたスタインウェイのピアノも素晴らしい響き。
 メインは〈幻想曲〉ひとつに絞り、休憩を挟んでラストを締め括る。途中で帰る方もなく、皆が立ち上がって温かい拍手をいつまでも贈り続けてくれている。
 思いがけず、舞台で館長のシノフチク博士から花束と、感謝と挨拶の言葉を頂くという光栄に授かった。
 皆さん、本当にありがとう。
 演奏そのものというより、遠い国から遥々やって来て、シューマンを弾いたことが評価されたのだろう。

 シューマンの末裔という若い男性からは、演奏曲に関する質問も。
「〈間奏曲〉の1曲1曲に、タイトルはついているのですか?」
 シューマン初期の珍しい作品なので、詳しく知らなかったようだ。楽譜をお見せして、タイトルはないことを説明する。彼のスキンヘッドと、末裔という立場が何だか異色。でも、関心を示して頂けて、とても光栄。スタッフと一緒に記念撮影も。山城くんは、ちゃっかりサインをもらっているではないか。実はわたしも欲しかった。
 その後は出口に立って、帰りゆくお客さま方を日本人3人でお見送り。
「良かった! 本当にありがとう」
「美しいひとときでした」
「素敵な夜をありがとう」
 といった言葉を皆さんがかけて下さり、中にはわたしをしっかり抱きしめて下さった美しい年配の女性も。
 耳元でなにかささやいてくれたのだけれど、残念ながら聞き取れず。お客さまは彼女がラストのよう。もしかして、ここに来てどこかで出会った方? そう。どことなく知ってるような気がするも、やみくもにリサイタルのチラシを渡したわけでもないし、わからない。
 連れはなく、幾度か振り返りながら1人で帰ってゆく彼女の後ろ姿を、不思議な思いに包まれながら見送った。彼女、何て言ったんだろう。何か大切なひと言をささやいてくれたような......。

「客席は僕、片付けますから、加瀬さんは楽屋の撤退、手伝ってあげて下さい」
 録音録画の機材をテキパキと片付けながら、山城くんが加瀬さんに声をかけている。ぼんやりしてちゃ、いけない。まずは急いで撤退しないと。

 有能なスタッフのおかげで、会場もさっと後片づけできた。荷物はホテルに戻し、3人でビール工房のあるレストランに赴いて、ささやかな打ち上げ。リサイタルには殆ど費用かからなかったし、会計時までヒミツだけど、もちろんわたしのおごりよ。
 季節物のホワイトアスパラは、茹でたてにかけられるソースのアレンジがお店によって独特で、ここに来て何度食べても飽きない美味しさ。

 長テーブルの向かい側でビールを1人飲みしていた地元の中年男性とも、何となく会話を交わしていくうちに、山城くんはずっと気になっているという、マリエン教会の鐘のことを彼に問いかけた。

「毎時に時の数だけ鳴る鐘が、朝の8時と、夕方の7時だけは、ずーっと鳴り続けてますよね? どうして? 何か特別な理由でもあるんですか?」

 地元の方にとっては当たり前のことすぎるのか、理由なんて考えたことないなあ......と、しばし宙を見てから彼は丁寧に説明してくれた。

「誰もが時間なんて気にしないで、時計すら身につけてなかった時代、ずっと昔からの習慣で、朝の鐘は『さあ! 1日が始まりますよ! 仕事開始ー!』的なニュアンスで、夜の7時は逆に、『もう今日はおしまい。仕事やめて、家に帰る時間ですよ』と、知らせてくれるんですよ」

 考え考え、言葉を選ぶように言ってから、

「1日の始まりと、終わり。人々が迷わないよう、しっかりと正しい方向に、導いてくれるのが教会の鐘なんだなあ」

 ちょっと怪しげな、酒飲みのおじさんという印象から一転。彼にしてみれば当たり前の日常ながら、まるで学者による解説のように聞こえてしまう。いい話が聞けました! ありがとうございます。と、こちらも敬虔な気持ちになりゆくのだった。山城くんにも感謝ね。

 美味しく飲んで、たっぷり食べて、ぐっすり眠り、翌朝は生まれ変わったような爽快な気分で目覚めた。早いうちに散歩に出かける。湖の白鳥に会う為に。綿毛の妖精の幻想世界を満喫する為に。

 やるべきことはやった。
 あとは、この経験をどう活かしていくか。いつもきりきりせず、より良い人生を歩んでゆくか。

 白鳥さんに会いたかったけれど、彼女 ——— なぜか彼女 ——— は、今朝は湖の中ほどを心地良さそうにすいすい泳いでいた。昨日と反対回り、これからの新たな人生に向かって気合を入れるべく、しっかりした波動の生まれる時計回りで歩いてゆくと、沢山の鴨たちが岸辺で寝そべっていた。のどかだなあ。あらら? 気合いはどこにいってしまったの?

 教会の鐘が聞こえてくる。
 昨夜の話。迷い人を導きゆく鐘。真夜中も含めて、ひと晩中、時報を打ち続けている鐘だけれど、熟睡中でも明け方うとうとまどろんでいる時でも、不思議といっこうに気にならない、自然に溶け込んだ美しい響きだから? 折しも今はまさに朝の8時で、時報の8回だけでなく、いつまでも高らかに鳴り続けている。おじさんが言葉を選びながら語ってくれたように、輝かしい新たな1日の始まりを告げながら。わたしにとっては新たな人生の始まりを!

「おはようございます。いい朝ですね」
 背後から女性の声。自分に言われたのではないだろう。それでも一応振り返ると、若い女性がにこやかに立っていた。一昨日、分れ道で消えてしまった、あの彼女!
「昨夜、リサイタルに伺ったんですよ」
 彼女は少し首を傾げながら言った。
 え? 気づかなかった。
「でも時間か、日にちが違ってたみたいで。あるいは、場所が変更になりました?」
「じゃあ、わたしの演奏は.......」
「聞けませんでした。残念ながら」
「でも、リサイタルは予定どおりに開いたんですよ?」

 何かが違ってる?

「チラシの内容、違ってました? シューマンハウスは閉館後で、電話をかけても通じなかったので」
 彼女の言葉に頭がぐるぐる。チラシの記載が違ってるなんてことは絶対ない。沢山の方がそれを頼りに来場して下さったんだもの。確かめようにも、余ったチラシはホテルに置いてきてしまったし。
「チラシはお持ちで?」
「いえ、今は......」
 彼女は腕に下げたバッグをチラリと探ってから、やっぱりないわ、と肩をすくめた。
 いまさら詮索しても仕方ない。いずれにせよ、彼女は予定を変更して来てくれたというのに、何かの間違いで入れなかった。なんてことだろう。
「本当にごめんなさい。でも、ありがとう。リサイタル、録音したので、CDにして送らせてもらってもいいかしら?」
「CD?」
「住所、教えて頂けますか? 良かったら」
 ところが2人ともペンを持っていなかった。公園を出たら、お店かどこかでペンを借りるか買えばいい。多少遠回りでも、今日は彼女と同じ道を帰ろう。一昨日、彼女が消えた謎を解く為にも。
 彼女はドイツ語で、わたしは英語で、互いに半分も理解できなさそうなトンチンカンな楽しいおしゃべりを交わしながら、湖の小路を歩いた。教会の鐘の音は本当に美しいですよね、どの辺りまで響いてるんでしょね? とか、一昨日の花火やお祭り騒ぎのこと、お誕生日が過ぎても街のシューマン•フィーバーは、まだまだ収まってないですね、とか、彼女がドレスデンには行かなかったこととか——— 理由は聞き取れなかった ———。
 綿毛は相変わらず、とめどもなく降り注いでくる。捕まえようとしても、するりと手の平から抜けてしまう。
「確かに捕まえたはずなのに?」
「いたずらっ子の妖精なんですよ」
 彼女の言うとおり、ここは妖精の住める街。幻想が日常に溶け込んでいる。
 やがて一昨日の分れ道に差しかかった。
「今日はこちらに行ってみます。坂を下りて街が広がった先に、シューマン通りがあるんですよね?」
「シューマン広場もありますよ。ベンチがあるだけの小さな公園ですが」
 話しながら彼女は、脇道にそれることもなく、ゆるやかな下り坂を歩んでいく。わたしは思いきって聞いてみた。
「あの日、別れ際に振り返ったら、あなたの姿が見えなかったの。脇道があったのかしら?」
 彼女は驚いた様子で、
「わたしも! 振り向いたらあなた、いなかったでしょ。綿毛の中に消えてしまったのかと」
「でも、わたしは林に入るあの道をまっすぐ.....」
「わたしも、この道を.......」
 何か妙な感じ。言葉のせいで誤解が? 互いのニュアンスを勘違いしてるわけ?
 坂を下り切ると、街の広々とした光景が一気に現れ、大きな交差点があった。昔ながらの素朴なバスが走っている。車も古めかしく、いかにも旧東ドイツ。でも、それがまたおしゃれな感じ。
「ここがシューマン通りです」
 シューマン シュトラーセと表示された道路標識と、同じ名のバス停を、彼女は指し示してくれた。
 筆記用具は忘れても、カメラを持ってきて良かった。旅行記やリサイタルのプログラムに載せる写真材料は、いくらあっても良いのだから。写真は被写体だけでなく、背景の構図も考えて、納得がいくまでじっくり撮る。彼女はこれから仕事か、学校か。これ以上お邪魔しては申し訳ない。何だか名残り惜しかったけれど、わたしたちは握手を交わし、さりげなく別れた。
 ここはシューマン通りだから、シューマン広場はあちらのほうで。白鳥通りの看板も見ておきたいな……。
 しまった! せっかく街まで一緒に下って来たのに、連絡先、結局聞きそびれちゃったでないの。と気づいた時は、後の祭り。
 あれ? ここはどこ?
 ウロウロしているうちに、道に迷ってしまったらしい。地図を見ても方角すらわからない。太陽が東から昇ってきているわけだから。考え込んでいると、9時を打つ教会の鐘の音。天の助けだ。鐘の鳴り終わらないうちにと早足で、荘厳な響きの方向に導かれてゆくと、すぐに建物の間から教会の尖塔が視界に入った。助かった。教会さえ目指せばあとは簡単。
 シューマンハウスの前を通りながら、彼女の謎を考えた。どうしてリサイタル会場がわからなかったのだろう? 貴重な文化遺産を保護する為に、閉館後は外からしっかりかけられる鎧戸とかんぬきも、リサイタル時には開放されていて、窓の外だってちゃんと見えてたのに。
 それともまさか、シューマンハウスがもう一軒あるとか?
 謎に包まれながら、道路の横断幕を見上げる。

 昨日と違う。

 8日の誕生日が終わったから? でも、昨日はそのままだった、はず。わざわざデザインを変えるとは。しかも生誕150年って、何よ。50年前の横断幕を引っ張り出して飾るなんて、何の為に? 半世紀も前のイベントを再現する趣向でもあるのだろうか。すぐ先のホテルは.......、え?

 そこにホテルはなかった。

 何らかの建物は、あった。だけど自分が泊まっている、あの近代的なアメリカンホテルじゃない。通りが違う? 心臓がドキドキ。怖い。とてつもない不安。
 今来た道を振り返る。シューマンハウスのある通り、聖マリエン教会の塔、公園へ抜ける門、ホテル前の広場も含めて、何もかもがまったく同じ構造の空間が?
 そう、一昨日わたしはこの構図で写真を撮った。間違いない。これは、ここは、あの場所に他ならない。ぞっとする悪寒。

——— 生誕150年って、まさか! ———

 足が震え、地面にへたり込む。おそらく何世紀もの間、何ら変わりない石畳。場所も変わっちゃいないのだ。

 ただ、時間が違う。時代が違う。

 彼女がリサイタルに来れなかったわけだ。ここは彼女の時代。50年前の世界なのだ。




④ 終「時を超えゆく幻想曲」明晩( 6/3 深夜0時時公開)に続く...


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