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「オケバトル!」 98. それは禁断の......

98.それは禁断の......



「楽しい音楽会」お客さまアンケートより

・本当に楽しい音楽会でした!(←同様多数)
・プログラムが良かった!  ( 〃 )
・大人も子供も楽しめる演奏会!
・充実した内容に大満足です。
・ご招待ありがとうございました!
・こんなにクオリティの高い演奏会が無料なんて、もったいないです。
・送迎シャトルバス、助かりました。
・森の中にこんなホールがあるなんて、地元ですのに知りませんでした。また来たいです。
・演奏も勿論ですが、ホールの音響が素晴らしいですね!
・寸劇まであって感激しました。
・お芝居が感動的で、皆さん演技も達者でした。
・スター・ウォーズから度肝を抜かれましたが、おしまいの花のワルツでは泣いてしまいました。
・メロディを抜いての曲の紹介、面白かったです。色んな音で音楽が成り立ってることを改めて教えてもらいました。
・アンコールも、ちょっと期待しちゃいました。なくてザンネン。
・ピアノの方が、後半は指揮もされてビックリ。何者でいらっしゃるのですか!?
・皆さんスバラシかった!ご活躍を!
・いったいどういう方々なのでしょう? 皆さんプロの方々なんですよね?活動の場はどちらで?応援したいです!
・ピアノソロが心に残っています。どこで聴けるのでしょうか?
・曲名や演奏者名も記されたプログラムがあったら嬉しかった。それで有料になってもOK。ネットで探しても何も出て来ません。せめてお名前やオーケストラの名前、教えて下さい。演奏会あったらまた行きたいので。

※ 第1部と第2部、どちらが印象に残りましたか? という質問では、どちらも公平に称えつつも、後半よりの、後半をひいき目の回答が多めであった。

・第1部はお芝居もついて面白かったし、第2部は、クイズっぽくて勉強になったし興味深かった。
・映画音楽は楽しくて、本格的クラシックは、さすがにすごかったです。
・後半のクラシックは、これぞオーケストラって、聞き応え満点でした。

 といったところが、大方の意見。

「この演奏会や奏者についてのお知らせ、番組情報が必要な方は、自由に連絡先をご記入下さい」と、アンケート用紙に空欄が設けられていたので、多くの者がメールアドレスや電話番号、住所氏名などを残していた。
 バトルが放映され始める際は、番組から皆さま方に通達される手筈となっているが、今のところはマル秘のお楽しみ。

 入場時、アンケート用紙と共に番組オリジナルのシャープ&ボールペンがプレゼントされたこともあり、アンケート回収率はほぼ100%であった。
「ほぼ」というのは、家族連れで代表のみが書いた場合もあれば、感激しすぎて1枚では感想を書ききれないと、2枚も書く者が数名現れたりした経緯から。



 最後のシャトルバスが出発し、一般客が完全に消え、ホールやロビーの落とし物チェックも済んだ頃合いに指定された18時。着替えも済ませたバトラーらは再びホール客席に集合していた。講評の末、脱落者が出ても、この時刻を過ぎた場合は、最後の晩餐及び宿泊も許されていたので、とりあえず食事は皆が後回し。
 バトル後半戦では、こうした演奏会形式でも、演奏前に審査員陣が華々しく紹介され、観客も投票、ドキドキしながら一緒に講評を聞く流れとなるのだが、今のところは内うちの話。今回、レギュラー審査員の2人は舞台にセッティングされたテーブル付きの席から客席のバトラーらに向かい合う形となっている。

 Aチームは少々不安気味。何しろ制限時間オーバーで、ライバルチームに時間短縮を余儀なくさせる被害を及ぼしてしまったのだから。
 対するBチームは、貴重な10分を理不尽に削られて、尻切れトンボな印象も拭えない。夢の世界のおしまい......というより、アンコール的な、派手な一発でガツンと終わらせる手段を考えても良かったかな? そうしたら、時短でもインパクト大だったかも。なんて、不完全燃焼感がなきにしもあらず。

「皆さん、素敵な音楽会、お疲れさまでしたね!」
 進行役の宮永鈴音は白のパンツスーツのまま、アップにキリッとまとめていたヘアスタイルだけはサラリと下ろし、癒し系モードに流している。
「今回の審査員は長岡幹、青井杏香のレギュラーお二方に加えて、ゲストとしての審査員は......」
 勿体ぶって一拍置いてから、
「既にお手元にお配りしてある、集計されたアンケートでございます!」
 アンケートの集計用紙のコピーをヒラヒラさせ、高らかに紹介されようと、もちろん誰も拍手などしない。そしてそのアンケート氏の内容は、見たところ両チーム共に引き分けの感が強いように感じられた。

「前日の宣伝だけで、よくぞこれだけの会場を一般客で埋め尽くしてくれたと、まずは番組として感謝の意を表明したい。皆さんよく頑張ってくれましたね! ありがとう!」
 お礼を言われた形ではあるも、客席から盛大な拍手が湧き起こる。自分たち、よく頑張りましたものね! と。
 そして長岡は興奮気味にとめどもなく感想を続けていく。
「街頭パフォーマンスでも好評だったそうだが、オープニングの『スター・ウォーズ』、あれは度肝を抜かれましたね! プログラム、把握してたとはいえ迫力満点で、しかもこの音響の良すぎるホールでも音割れすることなく、上手く調整できていた。血湧き肉躍る迫力ながらも格調高く。これは指揮者やコンマスの采配でもあるんだろうね。そう、続くSF3作もサントラを聴いているような安心感があったしね。私はね、涙が出たんだよ。黄金時代の良質なSF映画。ファンとしても感無量でしてね」
 ここでいったんひと息つくが、再び勢いよく語り続ける。
「実は宮永鈴音くんにMCを立てたのは、こうした演目について、短い時間ながら、いかに観客に曲についての注目を促し、この先の人生に影響を与えゆくほどの興味を引き出せるか、といった目論みもありましてね。短時間だからこそ、選曲はもちろん、トークにも伝えるべきことが集約されねばならないわけでしてね。
 まあ、目のつけどころは人それぞれとしても、例えば『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の作曲家、アラン・シルヴェストリ。彼は独学でバンド系の楽器を学び、一冊の本を手がかりに作曲も学び、奏者からドラマなどの作曲家を経て、いきなり大編成のオーケストラによる、あの壮大で素晴らしい、夢にあふれたメインテーマを作曲する羽目になったんだよね。ああ、話してるだけで涙が」
 長岡は涙を拭い、隣の青井杏香に目線でつなぎを促した。
「私はこの映画で息子を洗脳して育てました」
 事実ながらも冗談っぽい杏香の言葉に客席は、あははと湧き、
「まあ、母親と息子のロマンスに関しては、完全スルーしてのことですが」
 ちょっと仕方なくの、あはは。
「本当にいい映画だよ」
 落ち着きを取り戻した長岡が話を戻す。
「オーケストラの指揮すらも初めてだった作曲家のアランは、この映画への大挑戦を経てハリウッドきっての映画音楽の作曲家として第一線で活躍するようになったとか、そうしたことも話してくれたら、映画の主題にも沿ったいい解説になったんだろうがね」
「トークのない舞台では、プログラムを配布してそうした解説を入れても良いでしょうし、今回は、鈴音さんMCって、あえて表明してましたものね」
 杏香も同意の姿勢。
「つまり選曲にあたっては、そうした深い背景も知った上だと、奏者、観客共に、より奥深く入ってゆけるというわけですね」
「短期間で決めたプログラムとはいえ、常に音楽や背景に幅広く深い興味を抱き、造詣を深めてゆく姿勢を大切にして欲しいんでね。番組としても、私個人としても」
 そう言って、長岡は青井杏香を皆に指し示しながら言った。
「私はこの杏香くんの描く楽曲解説が大変気に入っておりましてね。分かりにくい音楽用語や読んでもすぐに忘れるどころか、その場ですら入ってこない細かな年月や聞いたこともなくピンとこない地名だとか大した影響もない人名だとかが、やたら出てくる解説とは違って、なんかこう、優しく愛に満ちた物語を紐解いていくような感覚で自然に入ってくるんだよね。そして知識としても自然と心に残る......」
「いえいえ、私の知る範囲は深く狭くですし、難しい音楽用語なんて、そもそも知りませんので」
「杏香先生の名曲物語のご本は、音楽を真剣に学び始めた頃の私にとってのバイブル、座右の書でもありました」
 謙遜する杏香を司会も立てる。
「この番組でも、ずっと助けられていますしね!」
 謙虚すぎて褒められるのが少々苦手な杏香。
「それよりか、私は今回、〈花のワルツ〉冒頭のウクライナのダンサーの言葉がとても印象的でした」
 と、自然に話題をそらしていく。
「そうですね。あれで演奏の方向性が定まったような」
 同意する鈴音に杏香が言葉を添える。
「鈴音さんのしっとりしたお話ぶりが、いっそう引き立ててましたよね」
「そうだね。あれは感動的だったね! 曲を聴く前から、何だか感極まってしまいましたよ」
 長岡も素直に認め、
「その演奏会の趣旨や雰囲気、客層次第で、トークが必要か否か、純粋に演奏のみで楽しんでもらうか、判断の分かれるところだが、今回は最高に素晴らしかった。一体誰の台本アイディアかな? ま、聞かなくても検討はつくがね」
 はーい、自分でーす。なんて白けるだけだし、単にこだわっただけで、手柄だとか大したことでもないので、ここは軽く流してもらいたく、当の有出絃人は知らん顔を決め込み、司会に話を先に進めるよう念を飛ばす。
 何となく雰囲気を察し、鈴音がつなぐ。
「そうした意味でも、この演奏会、どちらのチームも名曲の紹介の仕方に工夫をこらした感、ありますよね?」
「いい演奏会でしたし、準備時間の少ない中、充実してましたよね」
 杏香も満足気にうなずき、鈴音が結論を促す。
「両チーム共に勝利となるのでしょうか?」
「釘を刺すようで悪いんだがね。実はいい報告と、悪い報告がありましてね」
 長岡が勿体ぶって言い渡し、和気あいあいのムードは一転、静まり返る客席。
「まずは良い知らせね。今回のプログラム、実に良く練られてたし、観客の反応も、このアンケートで分かるように大絶賛だったわけですよ。なので番組の正式な演奏会として企画全体を採用し、この先、バトル終了後も全国展開してゆけたらと。バトルとしてではなく、純粋に最高の音楽を世に届ける為に」
 このお達しには一同大喜び。
 バトル後も、この仲間で活動を続けられるなんて! 番組終わっても終わりじゃないんだ。演奏、続けられるんだ! と、わあーっと大拍手。
「但し!」
 と、長岡が手を挙げて皆を遮る。

 但し?
 ああ、いい報告にも「但し」がつくってわけね。ぬか喜びさせといて。それとも「但し」から先が、悪い報告になるのかね? バトラーらは慎重に長岡の次なる言葉に注目する。

「各チームのアイディアによる演出、プログラム構成とはいえ、再演の折に元のチームが演奏するとは限らないので、よろしく」
 ええー!? そんなの、ズルくないですか!? ライバルチームの演目を互いが演じ合う可能性もあるってことですか? それとも片方のチームが全ての舞台を担うとか? つまり下手したら自分らの手柄を横取りされるわけ? 悔しがる者もいれば、複雑な面持ちで白け気味の者も。
「加えて!」
 ざわつきを制すべく、再び長岡が手を挙げる。
「『海の上のピアニスト』の寸劇だがね。あれは今回の企画でも最高の演出だったがね、主役のトランペッターとピアニスト、つまりAチームの上之氏とBチームの有出氏は、この先、本人の脱落生き残り関係ナシに、この役柄を演じ続けてもらいたいので、後で契約書にサインしといてね」

 サインしとけって、まだ本人ら了承してないのに? などと訝しがりながらも、一応祝福の拍手は贈ることにするバトラーら。

「あと、両チームの指揮者ね、Aの安条氏とBの、これまた有出氏、どちらも文句のつけようないくらい決まってたんで、こちらのお二方もこのまま決定で、安条氏には映画音楽を振ってもらい、有出氏にはクイズも含めたクラシック系全般をお願いしようかな。今後の脱落とか関係ナシに、振るのは決定なんで、契約書にサインね」
 おめでとう! 指揮者の大役、お二人は見事に果たせたわけですね! と、素直に祝福したいところであったが、上之忠司、有出絃人、安条弘喜の3人だけ特別枠に入りゆくことに、残された面々は多少の焦りも隠せない。それでも形だけは拍手で抜擢された仲間を称えるのであった。

「標準2管編成で、しっかり全パートが用意された演奏会にするからね。管楽器や打楽器が歯抜け状態で本番に臨む、なんてことはないから。完全な状態で舞台に臨めるよう、完璧な舞台を目指そう。映画音楽では、ミュージカルとか厳選の主題歌とか、歌が必要ならソロの歌い手や合唱団も手配するし、クラシックの部、〈花のワルツ〉だったら、やはりハーブもちゃんとエキストラ、用意せんとな。もちろんチェレスタなんかも。」
「それが良い知らせ、なのですね! 皆さん? 誰が乗れるかは別として、バトル終了後も、つながりは続いてゆく可能性、大いに期待しましょうね!」
 司会がまとめてから、続いて悪い知らせって? と、恐る恐るという感じで長岡委員長に尋ねてみる。
「はい。悪い知らせ」
 えへん! と勿体ぶってから、長岡は、低い声で非情な言い渡しを告げた。

「この場を持って、Aチームは全員脱落とします」

 悲鳴すら上がらない、恐ろしき静寂にホール全体が包まれる。
 この後のセリフとして、
「なーんちゃって!」
 にしようか、もっと厳粛に、
「しかし救済の道は、なくもない」
 とするか、長岡は少しだけ迷ったが、威厳を保ち、Aチームには海よりも深く反省してもらわねばならないので、後者の態度を貫くことにする。
「とにかく全員、40名脱落ね。だけど、うち32名は、明日になったら復活してもいいので、今夜のうちに、よーく話し合って決めてね」

「あの〜、結局は8人が脱落ってことですよね?」
 と、鈴音は確認したいところであったが我慢して、長岡の意図を尊重することにして、
「つまり、Aチームには、全員が脱落すべき、明確な訳がある、ということですね?」
 と、慎重に長岡に持ちかける。
「そうです。そのとおり」
 長岡はまだ憮然としているので、青井杏香が説明する。
「委員長は、呑気なAチームが10分も時間オーバーしたせいで、後半のBチームの持ち時間が10分削られてしまったことを、非常に深刻な事態と受け止めておられるんです」

 えー? そんなに深刻な話?
 ごめんなさいじゃ、すまされない?
 いや、誰がBの皆さんに謝った?
 そういや、あまり計算してなかったかも。
 確かにこれは由々しき事態。
 だったら教えてよね! 調整できたかも知れないのに。
 別に10分押しくらい、普通でしょ。全員脱落なんて、そんな大騒ぎしなくても。
 やっちゃった者勝ちじゃ、ダメですか?

「あのね、《くるみ割り人形》の組曲から、2曲、〈あし笛の踊り〉と〈アラビアの踊り〉、消されちゃったの。Aの怠慢のせいで」
 最初のうちの上機嫌から一転して、相当な恐ろしい口調で言い放つ。
「罪もない名曲が殺されたんですよ? 特にアラビアは、地味な曲といえど、木管楽器の特徴や魅力を最大限に活かした大変な名曲だってのにね!」

 ここでAの代表が謝罪すべきなのか、責任感のある者は判断に迷うも、ひとたび謝ったらおしまい、みたいな感もあるので、逆に開き直るべきなのか? とりあえずは様子を見ておくことにする。

「演奏家ってのは、とかく自分たちがやりたい曲って視点だけでお客さんのことも考えずに選曲したり、演奏時間を測りもしないでアバウトで申告したり、進行に対して無頓着、無責任すぎる傾向があるんだよね。こちとら秒刻みで真剣勝負で管理してるってのに。ましてやテレビ番組となると、尚更でしてね」
「Aの皆さんの反応からして、もしかしてライバルチームに迷惑かけたことすら認識してなかったとか?」
 追い討ちをかける形となりそうだが、やはり反省すべきはAチームなので、司会としても上手くまとめて、事態を収拾せねばならないのだ。
「片や55分の舞台、片や35分の舞台となると、確かに不公平でもありますよね。委員長の、全員脱落宣言、分からなくもないですし、私たち演奏家も、こうしたことには今後も充分配慮してゆかないといけないと、よーく分かりました」
 と言ってから、明るくまとめて場を和ませる。
「よね!? 皆さま?」
 



 確かに悪すぎる知らせであった。
 Aにとっては。一挙に8名もの脱落を強いられたのだ。加えて、Bチームが地元民の全面協力でAと大差をつけて集客したことも、Bに圧倒的に有利であったし、アンケートでも自然とB派が目立つ印象でもあり、時間オーバーがなくても、やはりBの勝利となっていただろう。しかも演奏時間が短い中でも感動の余韻をもたらしたという功績も評価された。
 Aチームは、ヤレヤレの楽しいディナーはしばしお預け、早速リハーサル室に集合して、残念な話し合いにて犠牲者8名を決めるのだった。


 一方のBチームは、実はさほど気にもしなかった時間短縮なのに、Aチームちょっと、いや、かなり気の毒だねと同情しつつも、思い思いにバンザイなディナーを楽しみゆくことにする。

 しかし紺埜怜美だけは思うところがあり、フルート片手に1人リハーサル室に赴いた。
 誰もいないと知りつつも、一応ノックしてからそっとドアを開ける。そして一応、
「失礼しまーす」
 と、声もかける。誰もいないと知りつつも ——— いや、誰もいなくはなかった。
 男女が2人。はっとした反応。しかも何やら緊迫した、只ならぬ雰囲気。
「あ、ごめんなさい」
 なぜ謝るのか、邪魔しちゃったから?
 ホルンの定位置で中年男性がホルンを抱え、その傍に確かヴィオラの若めの女性。どちらも名前は知らない。
 女性の方がさっと彼から離れ、会釈だけしてそそくさと出て行った。
 そういえば私たちって、一同で集って自己紹介し合ったりしたこと、なかったな。改めて、怜美は思った。〈青きドナウ〉の時はみんなで森に繰り出して高らかに声を合わせたりしたけど、誰が何処の誰かさんなんて、まだ把握できてない人も、こうしているんだもの。
 何か深刻な相談事だったのかも。とんだお邪魔虫してしまった。でも、フルート、1人で落ち着いて奏でたかったから。上之さんの哀愁トランペットのお姿に感化されて、課題とかじゃなくて好きな曲、自由に想いを込めて吹きたかったんだもの......などと考えながら、ふと入口脇のテーブルに目をやると、積み重なる各パート譜と大型スコアが! その表紙には、

《エフゲニー・オネーギン》チャイコフスキー

「次の課題曲!」
 怜美が叫ぶと、ホルンの男性が微笑んで言った。
「ヴィオラの彼女が皆に知らせに」
 そうでしたか。2人は課題の話をしてたのね。
 フルートのパート譜を抜き取って、自分の定位置に。第二幕のワルツが課題? もしかして、合唱がつくの? 好きな曲を思いのままに、よりもまずはワルツの前の導入の、この美しい間奏曲よね。
 ホルン氏に遠慮などしていられない。怜美は心から嬉しく思いながら、間奏曲の冒頭の、有名なフルートソロをそっと奏でた。
 優しく語りかけるような美しい下降音型。
 と、僅かに間を置いて、ホルンが続く旋律を応えてきた。この反応に感激しつつ、怜美もそのまま譜面どおりに続けて歌うと、再びホルンが大らかに応える。
 その先は弦楽器になるので、怜美はそこで対話はやめて、斜め後ろのホルンさんをぱっと振り返った。瞳を輝かせ、心からの笑みを浮かべて。
 そこで出会ったのはホルン氏の、少しだけはにかんだような極上の微笑み。
 チャイコフスキーの美しいメロディーとも相まって、その瞬間、フルートさんとホルンさんは……、ああ、なんといけないことに、恋に落ちてしまった。否応なしに。
 全てはチャイコフスキーの美しすぎる音楽のせい。
 悲恋を描いたプーシキンの切ない物語を背景に。
 透明な、美しすぎるフルートの音色に、穏やかに包み込むホルンの優しさ。
 それはオネーギンにも象徴される、禁断の恋。
 ああ、なんてこと!




99.「いいとこ取り目論み男に同情の余地はナシ!」に続く...



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