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「オケバトル!」後半戦 6. 恋の狂想交響曲






6. 恋の狂想交響曲



 朝一番で課題曲が発表された。
 AB合同チームにはリハーサル室に、敗者チームには、敗者の館のフロントデスクにパート譜と指揮者用の総譜が届けられ、バトル要項の紙片が添えられている。

モーツァルト
ヴァイオリンとヴィオラの為の協奏交響曲
変ホ長調 K.364


「モーツァルトときたか!」
 敗者の館では誰もメイン館に朝食にはいかず、キッチンで自らトーストやフルーツなどを用意して軽くすませ、ロビーラウンジで珈琲を飲んだり、各々音出しするなりして今かと待機していた。
 この課題曲に、一同は奇声を上げて喜ぶばかり。中でもヴァイオリンの会津夕子とヴィオラの内山秀幸は、仲間から肩を叩かれたりしつつ、「頼んだよ!」と励まされている。
 はにかみながら戸惑う2人。
 事情を把握できない新参者らにヤバおばトリオが説明する。
「あたしたちこの曲、よく合奏してたんです。夕子ちゃんと秀幸くんソリストに」
「仲良く合わせてた2人に、皆んなで便乗して」
「ふふふ、秀幸さんと夕子ちゃん、息ぴったりなんですもの」
 願ったり叶ったり、それは素晴らしい! お2人さん、頼みますね! と、皆が大喜びする中、注意事項も届いてますよと、代表が読み上げる。

・ソリストはヴァイオリンとヴィオラ限定。いかなる理由に於いても他の楽器に変えてはならない。
・全楽章ソリストが同じでも、楽章ごとにチェンジも可。

 その内容に、ヴァイオリンとヴィオラの面々は複雑な反応を示す。ソリスト交代は面白いかも? 
「楽章ひとつくらいなら頑張って弾けるかも知れないけど......」
「交代、絶対してもらいたいです」
 と、夕子と秀幸も頷き合う。
「じゃあ、ヴァイオリンとヴィオラで相談しましょ!」
「あと、指揮とコンマスも決めないと」
「いつも振ってくれてたミッキーくんで良くない?」
「じゃあコンマスも、よしえさんに。この曲ではいつもそうだったから」
「山寺くんと山岸さん、山々コンビね」
「ああ、でもお2人がヴァイオリンの交代ソリストじゃなくて良いならの話ですが」
「もちろんオーケー!」
「ぜひ振らせて下さい!」
 ヤル気満々で快諾の山々コンビ。
「まだ続きがありますよ」と、更なる注意事項が述べられる。

・両チームの挑戦曲に関しても同様に、楽章ごとのソリスト交代は自由だが、次の楽章にアタッカでつながる指示がある曲の場合、ソリスト交代は不可とする。
・両チーム間での奏者の貸し借りも不可。
・全員が何れかの曲には必ず乗ること。その為に、原曲の編成に含まれないパートを増やすことは、必要な場合に限り許される。

「つまり参加しない曲があってもいいってことね」
「それは助かる。ソリストは自分が乗る曲だけに集中できるわけだ」
「そしたら、モーツァルトは少し編成、減らしません?」
 絃人が思い切った提案を持ちかける。
「ソリストや指揮者が抜けるとしても、残りのヴァイオリン19人もいらない。ファーストとセカンド、3プルトずつくらいで。ヴィオラはこの曲、2つのパートに分かれるとしても、2プルトずつとか、チェロやコンバスも、バランス調整、検討してみて下さい」
 そうですね! その方が合わせやすいし、室内楽っぽく揃いやすい。と、皆も大賛成。

 課題のモーツァルトは、独奏ヴァイオリン、独奏ヴィオラ以外のオーケストラは、オーボエとホルン各々2本ずつと弦楽器のみ。出番のない他の楽器も、挑戦曲に専念すれば良いことになる。

「では我々の挑戦曲は、第1候補のアルチュニアン、トランペット協奏曲に決まりでいいですね!」
 安条弘喜が改めて宣言する。
「おやじさん、頼みますよ!」
 任せてくれたまえと、上之忠司はトランペットを掲げて力強く応えた。





 一方、AB合同チームのリハーサル室では、喜びに満ちていた敗者館とは異なり、弦楽器の面々、とりわけヴァイオリンとヴィオラ族は緊張の目線を交わし合っていた。
 ソリストは誰に?
「オーディションするってのは?」
 管楽器群からの呑気な提案に、
「そんな悠長なことしてられんでしょ」
 という弦からの反対派もいれば、
「さわりだけ弾いてもらって、投票すればいい」
「それは立候補した人が?」
「せっかくだから全員。どうしても自信がない人は、わざとショボく弾けばいい」
 なんて勝手な意見も。
 自信ないとしたら、わざとじゃなくて頑張って弾いてもショボいんじゃないの? なんて突っ込みは控え、オーディションが強引に開始される。
 ヴァイオリンとヴィオラ、同時に演奏は難しそうなので、まずはヴァイオリンから。1人ずつ譜面台の前に出て、好きなフレーズを初見で奏でてみせる。既にコンサートマスターや指揮を幾度も経験しているベテランの浅田雅史や稲垣龍弥は自信たっぷりでさらっと弾いて、
「あ〜、止めないで!」
「もっと聴かせて下さいよ!」
 てな具合に聴き手を魅了する。
 逆に、いい感じに乗ってくるまで長々引き続ける者もいれば、瞬間芸で終わらせてしまう者も。
 そんな中で浜野亨だけは、奏者自身が上手くて音色も素晴らしくて際立つ云々だけでなく、一同から、
「この曲、何て素敵なんでしょう」とか、
「モーツァルト、いいですねえ!」
 といった感動を皆に与えゆく。奏者自身の魅力を超えて、楽曲そのものや作曲家の素晴らしさが自然に伝わる演奏こそが、理想と言えよう。
 候補者を1名ないし3名まであげよ、という投票が、ヴァイオリン陣を除いた 37名によって即、行われ、上位3名が、浜野亨、稲垣龍弥、浅田雅史の順で挙げられた。仮に3つの楽章を3人で分担するとすれば、指揮とコンサートマスターの候補者がいなくなるのは少々不安ではあるものの、この3人で決まりとなろうか?
 続いてヴィオラ審査も行われるが、圧倒的に名前が多く書かれたのは、実はスパイの鈴華みどりであった。
 彼女が番組側に雇われたスパイで、本格的に音楽を学んだ経験もないアマチュア音楽愛好家であると知っているのは、他にも紛れているヴィオラとホルンの女スパイ2人と、幹部意識の高い、ヴァイオリンの浜野、浅田、稲垣に、チェロの白城貴明とフルートの紺埜怜美だけ。
 アマチュアの音楽愛好家が、一応のプロ奏者や音大生を差し置いて候補にあがってしまったかと危惧するも、仕方がない。
「ヴィオラは鈴華さんだけが断トツで、他はドングリの背比べなら......」
「そしたらバランス考えると、ヴァイオリンも1名で通すことになりますかな?」
 という流れになり、
「そしたら浅田さんと稲垣さんは、指揮とコンマスに回れるじゃないですか!」
 浜野亨と鈴華みどり。本人らの了承を得るまでもなく、めでたしめでたしと、話が勝手に決められてしまう。ヴィオラの人選に、亨はかなり不安に陥るも、プロ顔負けのアマチュアも実際にいるのだからと、鈴華嬢に信頼の頷きを送るのだった。




 敗者チームのモーツァルト組として、若い会津夕子と内山秀幸のペアに加えて、ヤバおばトリオの2人、ヴァイオリンの安部真里亜とヴィオラの沢口江利奈も、普段から良く合わせているよしみでソリストのペア候補に挙げられたところで、
「楽しく合奏してた仲間だけでも、形にならないことも、ないけれど」
「新鮮な変化つける為にも、強者に加わってもらうべき」
 といった理由から、ソロの3組目として、ヴァイオリン別所正道と、有出絃人がヴィオラで加わることになる。

 さて、どの楽章をどのペアが分担する?
「夕子ちゃんと秀幸さん、とりわけ第2楽章がすっごくいい雰囲気なのよね」
「そう! まさに2人の世界。ただの共演じゃ、中々出せない独特の」
 本人らも照れながら、それでいいですと素直に受け、ヤバおばペアは、
「あたしたち、第3楽章であっさりいきたいです」
「要の第1楽章は、別所さん有出さんでバッチリ決めて下さい」
 と、あっさりな逃げに回るも、皆が別所と有出による最強ペアを思い描き、これは凄いことになりそうだと期待する。
「いいですけど、まず皆さんがどんな感じで演奏してたのか、先に緩徐楽章から聴いてみたいな」
 有出絃人の要求で、第2楽章を通すことに。

 夕子と秀幸は音量も音色も呼吸もぴったりで、目配せや微笑みを始終交わしながら、たっぷり歌って聴かせていく。指揮のミッキー氏こと山寺充希は冷静ながらも、結構大きな動きでタクトを進め、バックのアンサンブルも、2人が紡ぎ出す甘い世界にうっとり引き込まれていくよう。
 まずは室内楽的アンサンブルの響きをホールで充分に確認どうぞと、トランペット協奏曲の連中が舞台を先に譲ってくれたので、本格的な音響にも酔いしれてしまいそう。
 しかし客席で聴く別所と有出は、深刻な表情である。

 これは、いったい?
 いったい、これは?
 遊びで合わせ、きちんと仕上げもしないで楽しんでいると、こうしたことが起こってしまうのか。

 楽章が終わったところで一旦釘を刺したかったが、とりあえずソリスト交代で第3楽章へ。
 安部真里亜と沢口江利奈は、さすがにベテランらしく大人の雰囲気ながら、軽快かつ鮮やかに、カッコ良くまとめていた。全体にきつめのアクセントがついているのは、指揮者より、コンミス山岸よしえの影響が大きそうだ。
「ここで僕たちが全然違うアプローチで第1楽章を弾いたら、彼ら、合わせてくれるかな」
 有出が別所にこそっと持ちかける。
「ミッキーは分かってくれそうだけど、具体的に言葉で注意すべきでしょう」
「あんなに嬉しそうに弾いてるのに、この期に及んでガラガラポンじゃ気の毒だけど」
「新鮮な変化を求めて我々を加える気になったわけだし、受け入れますよ」
「仕方ない。拒絶男が出しゃばりますか」

 まず第2楽章。嘆きや哀しみに包まれた深刻な冒頭から、次第に穏やかで甘美な語らいや、儚げな憧れが顔を出すって曲だと思うんです。なのにソリストの2人があまりに幸せそうで。確かに幸せなんでしょうけど、もっと音楽を心で感じて。嬉しそうに微笑んで弾かないで(=ニヤニヤデレデレするんじゃない! しっかりやれい!)。
 それから会津さん、穏やかな緩徐楽章なんだし、要所要所で無意味なアタックつけないよう。癖なんだろうけど、もっと慎重に、一音一音、丁寧に扱って。コンミスさんも、その点よろしく。
 第3楽章。最初の小節からトリルが揃ってない。上からのトリルの人は音6つなのに、下からの人は音5つと、まちまちですよ。この曲では上からが正しいとはいえ、今の速さじゃ粗くなるし、も少しテンポ落として、トリル6つで統一しては如何です? このままだと勢いで乱雑にまとめた印象は拭えないので。

 客席から偉そうに指示を出す有出絃人に対し、あー、もう。全然方向性、違うのね。だったら全楽章、別所と有出、2人でやってよね。指揮もどっちかが弾きながら振ればいい。
 と、舞台の一同は喉まででかかるし、会津夕子は泣き出さんばかりであったが、
「ソリスト・ペアの息が合ってるのは、2組とも神レベルに素晴らしいんですから、あとはとにかく、自分たちのお気楽合奏じゃなくて、モーツァルトそのものの世界へ誘うイメージで取り組んで欲しいんです」
 一応、少しはほめているらしいし、それではお偉いお2人さんのお手なみ拝見といこうじゃないですか。
 と、意地悪い心持ちで新参の2人を舞台に促す一同。他のソリスト4人は客席前方にかじりついて、一生懸命見学する姿勢を見せる。

 まず、2人が舞台の譜面台の前に立っただけで空気が変わった。指揮者やコンミスの気合いやオーケストラの息づかいまでも。
「えっ? 最初からトゥッティで?」

 モーツァルトの原曲では、冒頭からソロの2人もオーケストラの1stヴァイオリンと1stヴィオラと、同じ動きをすることになっているが、近年ではこの部分をソリストは奏さないスタイルが主流となっている。

「じゃあ僕たちもやらないとね」
「彼らと相談しましょ」
 鮮やかで洗練された全く隙のないお手本的な演奏ながら、微妙な色香も感じさせるのは、持って生まれた当人らの容姿や圧倒的なオーラ、存在感、確実に積み上げてきた自信や確かな技術力、音楽に対する絶妙なセンスや揺るぎない信念の賜物か。

 このソリスト、今しがた決めたばかりですよね?
 別所さんも有出さんも、この場では初見ですよね?
 まあ、当然の如く、アンサンブルとして、あるいはソリストとして幾度も弾かれてきた曲なんでしょうけどね。それにしても、完璧にモーツァルトの世界が完成されてるとは。
 それでいて、男どうし絵になる2人。何とも魅力的に舞台栄えしてるんですから。
 指揮者もコンミスも、バックのアンサンブルも、あたしたちの時と全然音が違うって、何なんですか?
 気合いが違う?
 音楽の捉え方が?

「ヴァイオリンからヴィオラへ、メロディーが渡される時 ———」
 内山秀幸が会津夕子にこそっと話しかける。
「まるで1人の奏者が弾いてるみたいに聴こえるでしょ?」
 ヴィオラから受け継ぐヴァイオリンも同様に、音域は違えど、音色や流れ、音楽の捉え方を互いにしっかり合わせている。
「競い合ってるんじゃなくて、溶け込むように」
「対等に語り合うのがスタイルかと......」
 感心しながらも中々理解できない夕子に、真里亜と江利奈も口をそろえる。
「あたしたちのは、ピーチクパーチクただの内輪の楽しいお喋り」
「彼らのは、モーツァルトの心の言葉なんだわね」

 自信を失いつつも、目指すべき方向性が示されて、彼らの奏でる舞台に近づけるよう気持ちを入れ替え、気合を入れるソリスト陣であった。






「ソリストなんて器じゃないんですし、何とか阻止して下さい」

 内輪の相談や悪口、足の引っ張り合いなど、カメラの入りきれない場面でのバトラーの動向を報告すべく、番組側から雇われていた裏切り者のスパイは、当初のAチームとBチーム各々に3名ずつ潜入していた。既に〈ボレロ〉で正体を明かして去ったトロンボーンの2人に、親子ゲンカ騒動のホルンの父と娘、そしてヴィオラ女性2人。
 うち1人はモーツァルトのヴィオラ・ソリストとして、投票で選ばれてしまった鈴華みどりである。まずは皆と合わせる前に、浜野亨と個人で譜読みすることに。

「まさか〈ボレロ〉のトロンボーンの時みたく、『落ちろ』とか、『下手に奏せよ』とか、指令受けてたりします?」
 一応は確かめようとする共演の浜野亨の言葉に、ヴィオラ嬢は飛び上がる。
「まさか! あたしたち素人は音大出身の皆さんみたいに瞬時に楽譜なんて読み取れないから、落ちたくなくても、むしろひとたび落ちたらおしまいなんです。どこ弾いてるのかさっぱり分からなくなっちゃう。それに下手に弾きたくなくても、元々下手だから、上手になんて弾けないんです」
「でもセンスあるし、魅力的だし、上手でしたよ。存在感もあるし」
「存在感!? スパイは陰に隠れて溶け込まなきゃな らないのに? そう、表舞台に立っちゃいけないんですよ」
「そうした指令、番組側から受けてるの?」
 首を横に振るスパイ嬢。
「だったらスパイらしく、堂々と任務こなしてよ。あの話し合いに居た僕たち5人以外は、君たちの正体も知らないんだから」
 それから享は首を傾げ、
「そもそもどうやってスカウトされたの?」
「あたしたち、メルクのアマオケに入ってるんです。メンバーは主に先生が主体で......」
「先生って、どんな?」
「お医者さんなんかも多いけど、大体は音楽学校の先生とか、個人で音楽教室を開いてる方とか」
「それって皆さん音大出ってことじゃないの?」
「でも、オケとしてはプロとして活動してませんし、皆んな道楽で合わせて楽しんでるだけなんです」
「限りなくプロに近いレベルでしょ。第一、ウィーン界隈のアマチュアって、実際にプロ顔負けの達人だらけなんだし。日常に音楽が溶け込んでるから」
 そこで享ははっとして、
「まさかそんな中でヴィオラの首席、務めてたりして?」
 返事をしないのは肯定を意味していた。
「なるほどね。シューマン大会でも、絃人さんたちとピアノクインテット、しっかり弾きこなしてたし、上手いわけだ。普段からプロレベルの人たちと演奏してるんだから」
「番組としては、スパイはアマチュア限定で探してたんです」

 スパイの正体が暴露された暁には、愛好家なら笑って済ませられようとも、プロなら音楽仲間から干されかねないし、わざとミスることをプロや音楽学生に強いることは出来ない為、スパイは限りなくプロに近いレベルのアマチュアをスカウトする。これが鉄則であった。

「もう1人のヴィオラの彼女が知人からスカウトされた際、自分より上手い人が居るとか嘘ついて、私も巻き込まれてしまったわけで」
「それ、嘘じゃないでしょ。だったら堂々とスパイのミッション、こなしましょ」
 早速、全楽章を軽く通してみる。オーケストラパートも、ソリストとしても、お互い仲間と遊びや本番で何度も奏してきた経験から、曲自体は呼吸のように感じられ、ウィーン風の空気にも慣れ親しんでいる2人ならではの、特別な雰囲気が創り上げられていくようだ。
 多分、きっと、大丈夫。
 あとは指揮者とオケ次第か。

 そこへ敵方からの挑戦曲の知らせが飛び込んでくる。

アレクサンドル・アルチュニアン
トランペット協奏曲

 トランペットの協奏曲ときたか!
「すみません、浅田さんが『未知の曲なのに振らなきゃならないってことで、アルチュニアンに集中しますから、浜野マエストロに弾き振り、お願します』ってことで、よろしくお願いします」






セシル・シャミナード
フルートと管弦楽の為のコンチェルティーノ

 敗者の館では、合同チームが妖艶美女のフルートで挑戦状を叩きつけてきたか! と、騒然となるも、
「あの妖艶さんだって、我らが有出絃人の魔法で女神の才能が開花されたんだから、うちらの美少年も有出マジックで、さらに天才性を引き上げてもらいましょうよ」
 もう1人のフルート、芳村三咲を完全に無視の意見で、そうだそうだ、有出マジックと淳くんの天才性に期待できますね! 間抜けな合同チーム、選曲に失敗ですね! と、勝手に盛り上がる。
 当の芳村三咲も、チーム全体の命運がかかった挑戦曲のソロを吹ける自信は皆無なので、悔しいが「淳くん、よろしくね! あなた向きの曲だしね。安心してオケパートはあたしに任せてね」と、明るく少年を励ますのだった。
 ロビーではモーツァルトに出番のない面々でトランペット協奏曲の合わせをしていたが、とりあえずの指揮でまとめ役の多岐川勉から「抜けていいよ」と言われるも、フルート少年は、「大丈夫です」と、全く落ち着いた様子でその場に残る。
「フルート・コンチェルティーノ、トランペットのパートはないのね」
 とは、課題のモーツァルトにも出番のない、トランペッター春日拭子。
「良かったじゃないの。トランペットはフルート協奏曲も休んで、アルチュニアンに専念できるんですから」
 と、仲間に慰められる。
 大先輩の上之忠司がソロに回ってしまったので、トランペットの2パートを何とか1人でこなさねばならない分、今回は1曲だけに専念できるのは助かるのだ。
 敗者チームはすごい人材にあふれている。できない者が無理して指揮をさせられることもない。
 要の有出絃人が今はモーツァルト組に居るので、アルチュニアンという作曲家を知っていたトムくんがリハーサルを仕切っていたが、本番の指揮者候補は絃人さんを筆頭に、いくらでもいるだろうと、誰も心配せず。

 モーツァルト組が合わせを終えてホールの舞台が空いたら、アルチュニアン、シャミナードと順に本腰を入れて合わせ、その後は各自、本館で遅めのランチや自室で個人練習、またはパートごとや、ソリストどうし、ソリストと指揮者とか、互いに調整しながら自由に合わせ、夕方には敗者館の舞台でゲネプロ仕上げ。
 番組側からのお達しで、先攻は敗者Cチーム。
 19時から最終決戦としてのチームバトル開始となる。


「ソリストなんだから、いつもより華やかな装いにしないと」
 会津夕子の部屋で、あーだこーだと世話をやくのは、ヤバおばトリオ。
「でも、モーツァルト終えたらすぐ、次の曲に乗るんですよね? 私たちも」
 お洒落に無頓着な夕子。
「衣装は黒のフォーマルとしても、私たちソロ陣は、地味なスーツより、半袖やノースリーブのロングドレスね。遥かにエレガントだから」
 安部真里亜がドレスを選びながら説明し、沢口江利奈はヘアスタイルを担当する。
「乱れない程度のカールがかった後れ毛で色気のあるアップにして、キラっと輝く大ぶりバレッタでまとめましょう」
 真里亜はアクセサリーもチェックする。
「弾く時に邪魔にならない位置に大判コサージュとかで、ソリスト然としたゴージャスな雰囲気は出していかないと」
 山岸よしえによる手慣れたフォーマルなメイクで変身させられる会津夕子。
「あ〜、アイラインもマスカラもダメです。あたし涙もろいんで、すぐパンダ目に」
「大丈夫。ウォータープルーフだから。泣けてきちゃっても、ゴシゴシこすらない限り、パンダ目にはならないんで」
 ラメ入り濃いめのアイメイクを施され、少女からすっかり魅惑的な大人の女性になるも、
「そもそも本番で泣いたりしちゃダメよ。たとえ感激の涙としてもね」
 と、よしえに念を押される。
「舞台では秀幸くんが付いててくれるから安心ね」
「彼、おとなしそうに見えるのに、意外とタフで頼りになる感じ」
「ホント、好青年! 夕子ちゃんとお似合いだわよね」
 そこで夕子が気にかかっていたことを口に出す。
「あたし、どうしてもあの第2楽章から嘆きとか哀しさ、感じられないんです」
 そう? と、首を傾げるおばさん3人。
「それはあなたの心持ちのせい?」
「憧れのヴィオラの君とデュエットできるから?」
 確かにロマンティックな甘さもあるけどね、若いから分からない? しかしこの期に及んで解釈を巡って議論する余地はない。
「それにしても拒絶男ったら、『やたら目配せするな』なんて、酷よね」
「あたしたち、そんなにあからさまでした?」
「そりゃ夕子ちゃん、熱々目線だし、健気に助けてる彼も、まんざらでもないって感じだけど?」
「内山さんに迷惑かけちゃう......」
 そこでよしえがニヤけて夕子をつつく。
「まだ告白してないの?」
「まさか! 玉砕したくないし。ずっと一緒に過ごせて、しかも舞台で共演できるだけで夢みたいなんだし、台無しにしたくない。充分幸せなんですう」
 赤くなって照れながら、脈ありそうなら告白しちゃおうかな? と気持ちが揺れ動く夕子であった。
 本番が終わったら......。

「さ、あたしたちも準備して、早めに本館に移動しときましょ」
「いちいち集合かけたりしないから、夕子ちゃん、全部の曲の楽譜とヴァイオリン、ちゃんと持って、移動カートに乗せてもらって自分で行くのよ」

 大きめの楽器持参でも6人はゆとりで乗れる、運転手付きのカートは、敗者の館と本館を自由に行き来でき、常時待機しており時刻表もないから安心だ。万が一、たまたま切れていても、徒歩で10分は、散歩の許容範囲。遅刻して本番に間に合わない、なんて危険もない。
 準備万端の夕子がエントランスから出ると、ちょうど一台が発車するところだった。
「夕子ちゃーん? 乗れるよ、どーぞー」
 と双子に声をかけられるも、背後から内山秀幸の明るい声がしたので、「あっ、ちょっと忘れ物したかも」と、双子らに先に行くようジェスチャーで見送り、木陰で肩から下げたポーチを探るフリをする。

「それで? さっき受けてた電話では、内山さん、かなり甘いネコ撫で声でしたよね?」
「いやあ、彼女が全然言うこと聞いてくれなくて。まさしくネコ撫で声。宥めるのにもう必死で」

 彼女という言葉にハッとして、夕子は身を隠したままヴィオラ族のお喋りを立ち聞きしてしまう羽目になる。

「ミナちゃんっていうの?」
 ええ。と燕尾服の胸ポケットから小さなクリアケースに入った彼女の写真を出して見せる。
 わあ、可愛い! 瞳が澄んでて、すごくきれい! 何て愛くるしいの! と、女性陣はうっとりで、秀幸もメロメロ、まんざらでもない様子。
「スマホは没収と聞いた母がお守りにって、ケース用意してくれて」
「家族との電話はコンシェルジュの特権なの? いいわね」
「いや、スマホいったん返してもらった日に、敗者の館ではフロントで連絡係になったって伝えただけなのに、何故か狙い定めて外線にかかってきちゃうんです。さっきも、そう。母曰く、声が聞けないと、今に忘れられちゃうわよって」
「じきにテレビ放映が始まったら、姿見て安心するでしょうね」
「僕なんか、哀しきトゥッティ族の1人に過ぎないんだし、活躍もしてないし映らないんでないかな」
「それはあたしたちも同じ」
「ああでも、本日は主役ですからね! 秀幸さん」
「いやあ、ソロの1人に過ぎないし、長年の習性的に基本、目立ちたくないんですよね」
「ヴィオラは中間音で、陰の存在ですもんね」
「でも、夕子さんとはいい感じだし、有出さんにも見抜かれてたけど、意味深な目配せ、テレビで2人がアップにされたら、留守番の彼女、嫉妬しちゃうかも」
 そこで女性の1人が気になる突っ込みを入れる。
「ここだけの話。実のところ、夕子ちゃんとは?」
「まさか」
 飛び上がる秀幸。
「一緒に弾くだけで、いちいち共演者に色気なんて感じてたら身が持たない。皆さんだって、そうでしょ?」
 それから不満げに付け加えた。
「第一、彼女、子どもじゃないですか。恋愛対象圏外ですよ」
 きつく拒否してから、一応つけ足しておく。
「もちろん半端でない才能はありますけど。キラッと光るものとか。僕なんかより遥かに」
「まあ、まだ10代の学生さんですしね。恋の何たるかも分からずに、恋に恋しちゃうタイプかも」
「まあ、せめて今宵くらいは甘い夢、見させてあげましょうよ」
「無理ですね。それより僕、真里亜さんとか、江利奈さんとか、優しい歳上の、洗練された大人の女性が好みかなあ」
 秀幸〜、あなたねー。調子に乗るんじゃないわよと、女性陣からの冷たい目線に、冗談ですよ〜と照れるヴィオラの君。ワイワイ賑やかに次のカートに乗り込むヴィオラ族。
 木陰で背を向けて、肩を振るわせて涙をこぼす夕子の存在には誰も気づかなかった。








次回 7.「愛の競奏協奏曲」( 6 / 27 土曜日 深夜0時公開)に続く.....






♪ ♪ ♪ 参考演奏 ♪ ♪ ♪

Mozart
Sinfonia Concertante for Violin and Viola
Vladimir Spivakov, Violin
Yuri Bashmet, Viola
Yehudi Menuhin and the Moscow Virtuosi




※ コメント欄に、本文との関連話がチラリと書かれています

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