「オケバトル!」 82. ハイリゲンシュタットの蝶
82.ハイリゲンシュタットの蝶
「気をつけて下さいね、怜美さん?」
デュオ・リサイタル後の交流サイン会を終え、急いで着替えて楽屋の撤退。裏方スタッフや共演ピアニストさんに挨拶をして、立ち去りかけた私を呼び止めるように、彼は言った。
「ハイリゲンシュタットは呪われた地で、気を吸われるところらしいから」
彼はかなり年下の、アイドル系ピアニスト。共演の際は私までもがロビー挨拶に駆り出され、大勢の女性ファンに囲まれる。オケ人の「演奏終えたら猛ダッシュ」の法則は、リサイタルでは適応しない。
「人を憂鬱にさせる土地ハイリゲンシュタットで、ベートーヴェンは2人の弟宛に一通の遺書を書きました。悪化する難聴と孤独に絶望してのこと。ですが教会の十字架に啓示を受けて自殺は思いとどまり、再起を願って作曲を続けて行ったのでした」
この話を彼がコンサートの度に、ピアノ・ソロでベートーヴェンを弾く度に熱く語るものだから、ウィーンに寄るならハイリゲンシュタットに足を延ばさねばという使命がインプットされてしまう。
ハイリゲンシュタットは人が自殺したくなるような呪われた地だと彼は言うが、私は信じない。現地を訪れた経験もない人の言う言葉。教会の十字架の話も、きっと幼い頃にでも見た子ども向けの絵本か何かの記憶ではないかとも疑っている。
何しろ〈田園〉を初めとする数々の最高傑作が生み出された、ベートーヴェンには大切な場所のはず。それを見極める為にも実際に訪れないと。
翌週に控えた、純粋に観光目的で従妹に誘われてのヨーロッパ・ツアーでは、最終地のウィーンで単独離脱し、滞在を延長して現地の音楽世界に触れて来ることにしたのだった。
夕暮れのハイリゲンシュタットの小径で、1人道に迷う私。やがて迫り来る闇夜の訪れ。聞こえてくる獣の遠吠え......。そんな危険なオーラを、彼は読み取ったのだろうか。
何しろこの紺埜怜美、言葉も分からぬ見知らぬ土地であろうと夜道であろうと、正々堂々と勘違いして明後日の方向に突き進んでゆく習性があるんだもの。どころか、行き先の違うバスや電車にも当てずっぽうで乗ってしまう。根拠のない勘を頼りに。パスポートの紛失や、飛行機の乗り違え未遂すらもやらかすけれど、その都度、親切な街の方々に助けられ、事なきを得てきたのは強運としか言いようがない。
「大丈夫!」私は明るく応えた。
「今夜あなたと共演して生まれた音楽から、無限のエネルギーたっぷりもらったから」
※ ※ ※
ウィーンで延泊の3日間は、綿密な計画は特に立てず、のんびり過ごすことにしていた。午前中はそろそろ春めいてきた公園を散策し、カフェで優雅なひととき。午後は美術館や音楽家にまつわる博物館などをめぐり。夜はコンサートやオペラ観賞。
今宵の楽友協会小ホールでの、シューマン《詩人の恋》がメインのバリトン・リサイタルのチケットは、既にネットで入手済み。
だけど同じくシューマンのオラトリオ 《楽園とペリ》は、地元ヨーロッパでも滅多に演奏される機会のない貴重な演目で、是非とも聴きたいのに、何故かチケット販売の情報が見当たらず。閉店間際だったが、現地の日本人向けトラベルデスクに駆け込むことに。
カウンターには日本人らしき男性が1人。さりげない笑顔が安心感を与える、眼鏡、細面の中年紳士。いかにも現地の暮らしに溶け込んでいるといった、飾り気はなくとも、どこかお洒落で紳士的な雰囲気。日本語が通じるのはありがたい。
チケットが探せなかったのは、どうやら会場の情報が間違っていたようで、彼はあちこちに電話で確認してくれて、チケットは何とか手に入りそうとのこと。アーノンクール指揮のウィーンフィル、楽友協会の黄金のホール。
「もうここは閉店で発券できないので、チケット売場に同行して手配します。手数料を50%頂くことになりますが」
会場が違ってたなんて、私1人では分からなかったでしょうし、50%プラスで貴重なチケットが手に入るなら、背に腹は変えられない。ぜひともお願いしましょう。
「音楽家でいらっしゃるんですか?」
国立歌劇場裏手のチケット売場まで数分の道すがら、私達はさりげない会話を交わした。
「フルートを」
「僕はピアニストなんですよ。旅行社ではお手伝いをしてまして。まあ、バイトなんですが」
ウィーン在住のピアニスト。いいなあ、音楽を理由にこの街に住めるなんて。
「本当は手数料なんか頂きたくないんですけど」
申し訳なさそうに、彼が言った。
「個人的にいくらでも手配して差し上げるのに」
そしてふと思いついたように彼は続けた。
「いかがですか? 良かったら観光案内などしますよ」
「ああ、でも私、節約旅行なので個人ガイドなんて無理です。お礼が払えない」
「実は僕、この仕事始めたばかりでガイドの勉強したいんで、お礼なんかいらないんです」
——— 気をつけて下さいね ———。
あの忠告がよみがえる。ハイリゲンシュタットはキケンな場所? そうだ。誰かと一緒なら安全かも。
「実は明日辺り、ハイリゲンシュタットに行こうかな、と思ってたんです」
彼は護衛役として現れたのだろうか?
「ちょうど空いてるから、ご案内しますよ」
「いいんですか?」
「車もありますし」
自分の性格からはありえない設定なのに、なぜかすんなり事が決まってしまった。それは、彼が音楽家であり、音楽にたずさわる者は共通の種族と思っているから? 出会ったのが旅行社という安全な場所だったから?
いえ......、すべては警告のせい?
いずれにせよ、こんな具合で私達は行動を供にする成りゆきとなった。
「何だか楽しくなってきたなあ!」
彼が嬉しそうに言った時、私はただ、「?」と思っただけだった。
その後の展開など、知る由もなかったのだから。
立ち話をしているうちに、そろそろリートの演奏会に向かうべく時刻となる。
親切な彼は、結構な距離を歩いて楽友協会まで送ってくれたばかりか、ネットで予約したチケットを交換するところまで案内してくれる。ちょっと時間が危うかった模様。彼がいなかったら、交換の仕方や、交換場所すら分からなかったかも。感謝。
別れ際に見上げた夜空の、何と蒼かったこと! 美しく蒼きドナウならぬ、蒼き空。こんな色の空を見たのは、初めて。一生忘れられない、不思議な色の空。
昨夜の惨劇が胸にグサリとよみがえり、涙がでそうになる。
だから尚更、同じ日本人の、音楽家の彼の親切が身に沁みる。
「心配だから終演の頃、迎えに来ましょうか」
と、彼が申し出てくれるが、初対面で夜遅くまで、というのは軽率と判断し、丁重にお断わりする。
「小さな宝石箱」と称される、ブラームスの名が冠された小ホールで、ドイツ・リートの世界に浸ってゆく。なんて美しく響くんでしょう! この場にいる客席の人たちみんなが、シューマンの音楽を心から愛してる。そんな空気が感じられる、幸せな世界。幸せなひととき。幸せな夜......。
翌朝は、いきなり春が訪れたかのような素晴らしいお天気に恵まれ、彼は渋いグリーンの車で迎えに来てくれた。
ウィーン在住の親切なピアニスト。それ以外、確かな情報もないというのに、既に私は彼を信頼しており、何の抵抗もなく、促されるまま助手席に乗り込んだ。スカートでなく、あえてパンツスタイルを選んだのは、気を許してはいない、というポーズではあったが。
車は一路、ハイリゲンシュタットに向けて北上。それは私にとってごく自然な行動の流れで、冒険気分や危険な空気といったものは一切なかった。
道すがら、ウィーンで生活するとしたら、街中のアパートと、郊外の一軒家のどちらがいいのか、といった話をする。どうやらこの街で一軒家派は、裕福な層らしい。
アパートだって、どこも天井が高く、塔や出窓があったりと、充分豪華なものですよと。普通の家にシャンデリアが煌めいていたり。ピアノの音も良く響くし、日本の生活とは耳が違ってくるのだと。
そうこう話しているうちに、どうやら目的地に到着。20分もかからなかった。
「遺書の家」は、中庭をぐるりと囲む白い壁面のアパートの内側にあり、 「ベートーヴェンの家」と表示された小さなプレートと、オーストリアの旗に気づかなければ、通り過ぎてしまいそうな目立たない外観だった。
地図すら用意していなかった私。1人だったら間違いなく通り過ぎてしまったろう。どころか、この通りに行きつけたかどうかさえ怪しいものだ。
いったい私はどうやって、ここに来るつもりだったのか.....。思いがけず案内役がいてくれたことに、深く感謝する。
カメラを構えると、逆光による朝の陽光がレンズの中でまぶしく煌めいた。風もなく、暖かく、穏やかで素晴らしい空気。気を吸われるどころか、辺りの空間全体が良質のエネルギーに満ちあふれているよう。
正面の短い階段を登った中二階、白い壁、木の床の、関散とした内部にはベートーヴェンの胸像、本人や家族の肖像画、写真、楽譜、当時の演奏会のポスター、手紙や遺品などが静かに展示されている。
特に興味が引かれたのは、木製の枠の小振りの窓からの庭の眺め。ベートーヴェンは日々楽譜に向き合いながら、この光景に親しんでいたのであろう。緑あふれる中に、一本の菩提樹が優しい木険を作っている。小さな井戸。下方に教会の塔が望める。決して気が滅入るような景観ではなく、室内へも朝の光がたっぷり流れ込んでいる。
窓から見えた庭をひとめぐりして、向かいの棟の二階に上がる。そこは現地のベートーヴェン協会が管理する記念館となっていて、茶色のグランドピアノが中央に一台。他には〈田園〉の自筆の楽譜など、やはり様々な資料が展示されていた。
ベートーヴェン本人の気迫や深い想い、当時の演奏会の様子、彼を取り巻く環境といった世界が間近に迫ってくる。
ここでの収種は「ハイリゲンシュタットにおけるベートーヴェン」という貴重な資料の日本語版。
通りへ抜ける通路の壁面、ガラス枠の中には 《フィデリオ>》の初演ポスターが貼られていた。
「この家は確かに 『遺書の家』なんて言われてるけど、ベートーヴェンは己を奮い立たせる為に再起を願って、弟たち宛てという名目で、自分の為に言葉を残したんですよ」
雲ひとつない青空のもと、静かに佇むアパートを振り返りながら彼は語った。
「やがては迫り来る死を覚悟をしたうえで、芸術に対する使命感が自分を作曲家としての危機から救ってくれたのだと、感謝の思いを込めて」
「人生に絶望して、ではなく?」
「そう。再び生き抜き、作曲を続ける決意を固める為に書いたんです。そうやって自身への信頼を取り戻したんです」
彼の言葉はしっかりと心に刻み込まれた。いい話を聞いた。自殺する為の遺書ではなかったのか。日本のピアニストくんに伝えなさゃ。現地の音楽家による、確かな言葉のお土産として。
「少し歩いてみましょうか。ベートーヴェンの小路に行ってみます?」
という彼の提案にのり、暖かいお天気のハイリゲンシュタットをしばし散策する。
片側が住宅、反対側は水があるかないかの、ささやかな小川沿いの小路は、まだ緑は多くはないものの、明るく気持ちの良い散策コース。
すぐ脇をふわりと白い蝶が通り過ぎていった。
「あっチョウチョ! 白い蝶!」
——— と、だしぬけにふたりは、春のさいしょの蝶を目にしたのです。
だれでも知っているとおり、その年、はじめて見た蝶が黄色なら、その夏はすばらしい夏になるし、はじめて見たのが白い蝶なら、その年の夏はおだやかなんです。黒い蝶だの、茶色の葉だのは、問題になりません。そんなはかなしすざます ———。
「たのしいムーミン一家」より
トーベ・ヤンソン作 山室静 訳
「今年最初の蝶!」
日本でもまだ見てなかったのに、もっと寒いはずのウィーンで早くもお目にかかれるとは。私はひらりと去りゆく蝶を指差し、喜んでムーミンの物語を彼に語った。
この占い、少なくとも自分の場合は実際に当るのだ。いつも、必ず。
大抵は白か黄色の蝶に出会い、平和で幸せな夏。茶色い縁取りにエンジ色、黒い斑点の蝶を見た年は、夏に私が主催した子供会のイベント会場の、罠を仕掛けたキーポイントに大蛇が登場するという、トンデモない事態が起きた。
鮮やかなミントグリーンに黒い縁取りの蝶を見た年の夏は、演奏関連ドタバタの泣き笑い劇場。
黒の大アゲハの夏は、恋の泥沼化。
黒い蝶がもたらす悲しい夏。
ふしぎな色の蝶は、波乱の夏が訪れる。
白い蝶を見れば安心するし、
黄色い蝶なら、ときめきの夏の予感。
ほどなくしてベートーヴェンの記念碑のある小さな広場に出た。私たちは木のベンチに腰を掛け、ひと息ついた。風は木漏れ日をきらめかせる程度に穏やかにそよぎ、歩みを止めても寒くはなかった。
「そんな端っこに座ってないで、もっとこっちにいらっしゃいよ」
心の中の警戒信号が発令する。
「結構です」
「ぼくたち相性がとっても合うと思いません?」
彼が切り出し、私は凍りついた。
「出会ったばかりだけど、今、こうして一緒にいるわけですし、恋仲になったっていいじゃないですか」
「何てことを」さっぱりとはねつける。
「人妻ですし、そんな軽い女じゃありません」
異郷の地での一人旅。人通りもまばらな森の中。相手を怒らせずに、この先どうやって切り抜けたらいいか。
ロマン派の世界なんぞでは、人妻であることは言い訳にならない。障害は、むしろ情熱に拍車をかけるもの。まあ、この人の場合は誰でも口説きたいだけなんでしょうよ。しかも話しやすい同胞どうしで。
そのとき、黄色い蝶がベンチのわたしたちの前をひらひらと舞い、通り過ぎていった。
「あっ、黄色い蝶!」
1羽だけでない。ゆったりと、どこから現れるのか、少しずつ間隔をおいて、2羽、3羽.と、何羽も続いてゆく。
「この夏は素敵な夏になるのね」
「でも、最初に白い蝶を見ちゃったでしょう?」
「すぐ後で黄色をたくさん見たんだからいいんです。最初は穏やかでも、それから素晴らしい夏になるの。さっと」
私たちはもと来た道を戻った。その間も彼は静かに、忍耐強く口説き続け、私は冷静に抵抗する。穏やかに納得して欲しかったから、ありとあらゆる言い訳を考えた。
「第一、一児の母親として、娘に対していつだって誇れる正しい生き方をしたいんです」
これは2日前の晩と同じ言い訳。
小川沿いの小路から、「エロイカ通り」と称される、住宅街の立ち並ぶ路に右折し、緩い坂道を下ってゆくと、やがてグリーンの彼の車が見えてきた。
「私、電車で帰ります」
彼の沈黙による不機嫌を察し、私は言った。
「そうしますか? まあ、駅に送るとしても、とにかく乗りましょうよ」
それでも助手席のドアは開け、スマートにエスコートしてくれる。日本の男性、少なくとも自分がつき合ってきた男性陣は、わざわざ反対側に回ってドアを開けるような仕種はしない。やはり彼は日本人の姿をしたヨーロッパの人なのだ。
「駅でいいんですか? どうせ通り道だからホテルまで戻っても、どうってことないんですけどね」
事務的な、感情のない冷たい口調で、彼は言った。
「駅でいいです。ハイリゲンシュタットの」
これ以上は居たたまれない。助手席に身を置き、情けない気持ちでいっぱいになった。またあの晩の二の舞か。
「あなたを誤解させたのだとしたら…....」
声がつまる。
「案内を頼んだ時点で、そのつもりだったと?」
涙ぐんで続けた。
「一昨日、恐い目にあったばかりなのに」
また、同じことが?
※ ※ ※
まったく安全なツアーのはずだった。
ドイツはフランクフルトから入り、ライン河下り、古都ハイデルベルクやローテンブルク、ロマンティック街道を専用のバスで縦走し、夢見るルートヴィヒII 世の3つのお城を見学できるという魅力的な内容。従妹とは常に行動を共にしていたし、若い添乗員の女性はよく気がつき親切で有能、オーストリア人の運転手さんはとても紳士的で、女性ばかりのツアー客の憧れの的のよう。
少女時代からずっと夢見ていた世界、心の故郷。私は水を得た魚のように生き生きと、内側から輝けるほどに幸せだった。
旅はオーストリアに入り、モーツァルトの生地ザルツブルクや、世界一美しい湖岸の街とされるハルシュタットなどを訪れた。
「添乗員さんからいいこと聞いちゃった」
自由時間、青く澄みきった湖畔を歩きながら従妹が言った。
「運転手さんがあなたのこと、気に入ってるんだって」
だとしたら、それは私がドイツ語で彼に挨拶したからだ。ドイツでも、オーストリアでも、挨拶や、ちょっとしたお礼のひとことをドイツ語で言うだけで、レストランや売店の人たちの態度が、急にフレンドリーになるのだもの。たかが学生時代に少々かじった程度の片言ではあったが、ドイツ語がまったくわからない従妹はその度、「あたしの時と態度が違う」と、少々むくれていた。
ツアーは最終目的地ウィーンに到着。翌日午前中の観光を終えたら、私だけ残して一行は帰国する。
皇帝の迎賓館でもあったパークホテル・シェーンブルン。ロビーには皇帝フランツ・ヨーゼフと美しい皇妃エリーザベトの肖像画。
夕食後、かっての舞踏会場でふざけて優雅なポーズを取り、従妹に写真を撮ってもらっていたら、運転手さんがさっと脇に現れ、私の手をとってダンスをするようにカメラに収まった。それから彼は二階のバーへ向かい、階段を登りきったところでひざまずき、私たちを誘う仕種をしたが、私はクールに投げキッスだけ送って「バイバイ」と部屋に戻った。
ほどなくして添乗員さんが困った様子で我々の部屋を訪れた。
「来てくれるまでひと晩中、バーで待ってるって言ってるんですけど」
そして、自分も行くからお願いしますよ、と誘われた。
添乗員さんが一緒なら安心だし、通訳もしてくれるでしょう。運転手さんとは今夜限りでお別れなのだし、彼に憧れていた従妹の為にも、ちょっとだけ。
聞けば彼は私より少し年下で ——— もっとも彼はこちらを年下と思っていただろうが ———、インスブルック在住。離婚した奥さんとの間に3人の息子、1人はここウィーンにいるが、もう何年も会ってない、とのこと。
「だからぼくはフリーなんだ」
少し寂しそうに、彼は言った。
赤ワインを飲みながらの、そうした雑談の後、従妹が聞いてはいけない質問をやらかした。彼女としては、なぜ片方だけが気に入られたのか、気になっていたのだろうが。
「どうしてこの人が好みなんですか?」
「ヨーロッパ的だから」彼は答えた。
「物腰、姿勢、服装のセンス、それに美しい」
5つ下の従妹は、ストレートパーマにパンツスタイル、モノトーンのクールビューティ派。私はといえば、縦ロールにフレアスカート、パステルカラーが主体の、頑固なまでに古風なエレガント派。ツアーの仲間からは、いつもぽ〜っとのんびりムードの私より、しっかり者の従妹ほうが年上と思われていた。
「だからぼくは彼女を愛してる」
そして、従妹と添乗員さんを追い払う仕種。
「だからきみたちは、帰った帰った」
なんて失礼な! 彼女たちのプライドを思いやるも、2人は慌てて立ち上がり、私も後に続こうとした。ところが折しも、彼が私の為に頼んだお代わりのワインが運ばれて来てしまう。仕方ない。自分だけその場に残り、あまり飲めないお酒と大急ぎで格闘を始めた。
「スロウリィ! スロウリィ!」
大袈裟な仕種で彼は言い、引き留めようと。彼は私の名を訪ね、私は音楽や家族の話をしつつ、とにかくワインを早く空けようと頑張った。
その間、わざと娘の話もした。夫との関係は覚めていて、実は夫に良い人が現れやしないかと内心期待していて、実はいつかは独り暮らしを目指しているなんて、もちろん言わない。
「従妹が心配してるから、そろそろ」
ご馳走様でしたと席を立つと、
「部屋までエスコートしますよ」
断れる雰囲気ではなかった。
真紅のカーペットが敷かれた、長く入り組んだ狭い廊下に人の気配はなかった。並んで歩いていた彼は、当然のように私の腰に腕を回してきた。固まり、血の気が引いたが、どうしてか払いのけることができなかった。この場の雰囲気を壊してはいけない。あからさまな不快感を示さず、さりげなくやり過ごさねば。彼とはもう会わないですむのだから。今だけガマンすればと自分に言い聞かせた。
その後、何度も、どんなに考え直してみても、後悔の余地は見つからなかった。何かが間違っていたとしたら、いったい何が?
いえ。仮にタイムスリップしたとしても、同じことが繰り返されるだけだろう。
彼は私と従妹の部屋を、ちゃんと把握していた。確かにチェックインの際、部屋のドアの前の廊下にいきなり彼が現れ、挨拶を交わしてはいたのだが。
部屋の前でお礼を言って「お休みなさい」を告げる。その瞬間、何が起きたのか。いきなり彼に抱き締められ、キスされていた。悲鳴にならない悲鳴。金縛りにあったように、身動きがとれない。1分、2分? 延々と続く恐布と混乱。私の躰を縛り付けていた彼の腕は、やがて腰に、そして胸に回された。声にならない声で激しく拒絶し、身をよじって逃れようとした。
「レミ、レミ......。愛してる」
彼はさらに腕の力を強め、耳や首筋にキスしながらつぶやいた。「ぼくの部屋に行こう」
「ダメ!」ドイツ語で抗議した。
「そんなこと、できません!」
それから目茶苦茶な英語で言い訳した。
「娘が.....。わたしには娘いるから。彼女にとって、いつでも正しい母親でありたいから」
「あなたなんて嫌い!」
「あんたなんて愛してない!」と、どうして言えなかったのか。
相手を逆上させたくなかったから? 恐かったから? とにかく、どうすることもできなかった。大声を出すこともでさなかった。
ドアの内側には従妹が。助けて! 誰か廊下に出てきて!
「僕の部屋に行こう。早く」
思いつく限りのあらゆる否定の言葉を並べ立てる。
「じゃあ、せめてもう一度キスを」
護身術など知っていても、何の役にも立たなかったろう。いっさいの抵抗ができないのだ。力の問題ではなく、心が問題だった。女性のひ弱さを、我が身の無力さを、嫌というほど思い知らされた。
彼の手が動いて力が一瞬緩んだ隙に、ようやく身をひるがえし、部屋のドアを叩くことができた。すぐに従妹が顔を出した。
「今、迎えに行くとこだったの」
「部屋まで送ってもらった」
それだけ言って、私は部屋の奥に消えた。
「入ってもいい?」という彼を従妹は断わり、「お元気で、さようなら」
ドアが閉まり、「彼にキスされた」と言って、私はわっと泣き崩れた。
「へえー」従妹は他人ごとのように言い放った。
「まあ、モテたんだから、いいじゃん」
状況を把握できていない彼女にとっては、せめてもの慰めのつもりだったのだろう。
翌日はウィーンの市内観光。そもそも立ち直れないほど辛い思いをしながらも、何事もなかったようにツアーに同行していた私。広大優美なシェーンブルン宮殿でも、荘厳なシュテファン大聖堂でも、自分でない、何か抜け殻のようだった。
ハプスブルク家の霊廟で、皇太子ルドルフの心中事件のエピソードが観光ガイドによって具体的に語られた際は、息ができなくなった。涙も止まらない。后妃である母エリーザベトの衝撃が直に伝わって来たよう。そこいらにエリーザペトの魂が漂っているはずもないし、私、霊感なんてないのに。
せめてもの幸いは、運転手は1人インスブルックに戻り、顔を合わせる機会がなかったこと。
※ ※ ※
ハイリゲンシュタットの地で、日本人ピアニスト氏の車の助手席で、私は泣いていた。
たくさんの黄色い蝶々も見て、ベートーヴェンが愛したこの地が、呪われるどころか良い気にあふれて、本当に素晴らしかったのに、台無しになってしまった。
※ ※ ※
「怜美さん?」
昼下がりのカフェテラスで、紺埜怜美が、窓辺を眺めてぼんやりしているところに、パーカッションの谷内みかが、そっと声をかけた。
はっと顔を上げた怜美が涙ぐんでいたので、みかもはっとする。そして「やはり」と察するのだった。
〈田園〉の第4楽章、嵐の場面で、ピッコロの代用楽器についてのアドバイスを求めたかったものの、尋常ならない雰囲気に、とっさに言葉が出てしまう。
「あたし、怜美さんに謝らないと!」
みかは、ナレーションの役目を自分が思い切り断ったせいで、怜美に役割が回ってしまったものの、ハイリゲンシュタットのキーワードに震え上がって拒絶した怜美の様子を案じていたことを、そっと告げる。泣いていたであろう彼女に、
「何かあったんですね? もし、私で良ければ代わりますよ? ナレーション。まあ、がさつですけど」
「ありがとう」
怜美は大丈夫と言う。
「多分、引き受けることで乗り越えられるんじゃないかと。でも、思い出して声が震えたゃったりしたら台無しになるかな?」
「あたし、カウンセラーとかじゃないけど、今、吐き出して少しでもスッキリしちゃえば、きっと本番でよみがえることもないんじゃないかと」
ここではカメラも回っていない。午後の本場まで、後攻のBチームには時間がたっぷり残されていた。
「もう昔のことだけど......、被害にあって、HIV の検査まで受ける羽目に」
命に関わる深刻な話が、あまりにすらっと彼女口から漏れたので、谷内みかはうろたえた。これは話してスッキリのレベルなんかじゃない!
「ごめんなさいっ。あたし、そんなに深刻とは」
「いいの。今、話せただけでもスカッとしたかも」
※ ※ ※
帰国してからも毎晩のように見る恐い夢。それは人だったり、昆虫だったり、動物だったり、得体の知れない何かが迫り来る、恐怖の夢。窓から、ベランダから、ドアから侵入してくる。森の中で怪物に追いかけられたり、迷宮に入り込んだり。
リサイクルショップで哀しげに売られていたぬいぐるみの白鳥と一緒に眠るようになり、そして長い歳月が、何より音楽が、いつしか悪夢を追い払い、少しずつ、私を元気にしてくれた。
犯罪に巻き込まれた女性のカウンセリングをする為に、私はあんな目に合ったのだろうか。あの事件が自分の人生にとって、どんな意味を為すのか知りたかった。
※ ※ ※
「それで、HIVの検査を受けたの」
「ディープキスくらいじゃ感染しないのでは?」
過去の話とはいえ、先輩を安心させるように、みかは言った。
「口内炎があったので」
※ ※ ※
出会ったばかりの女性を簡単に抱こうとした運転手。誰でもかれでも相手にしていた超プレイボーイだったとしたら、病気を持っている可能性も高いはず。看護師の友人に相談すると、傷口からの感染の心配は、なくもないとのことで、検査を勧められた。
潜伏期間の三ヵ月を待って、保険センターに問い合せをした。電話口では自分があまりにみじめになり、取り乱し、泣いてしまった。
「匿名で受けられますから」
という担当女性の慰めの言葉に、
「自分が悪いことをした訳じゃないから。自分の名前に対して、後ろめたい気持ちはないので、匿名なんて」
そもそも投書でも何でも、匿名という行為は主義に反するのだ。いつだって自分の名に対して、誇りをもって生きていたいから。
検査当日、血液を採取された後、希望者はカウンセリングが受けられた。
「あなたですね?」
私を担当した女性は、親しげに言った。
「先日、電話でお話した者です」
なぜ分かったの?
「HIVの検査を実名で受ける方は、誰もいないんですよ」
2週間後、結果が出た。センターの勧めで同時に受けた梅毒の判定は、陰性と告げられた。
HIVのほうは、一通の封筒が差し出される。梅毒の結果は口頭なのに、こちらはあえて封筒。ということは、つまり.....?
最悪の結果を覚悟した。
※ ※ ※
「結果はシロだったの」
ただ単に、HIVの場合は封筒で書類が渡される形式にすぎなかっただけ。
「それにしても許せないっ。ツアーの運転手からひどい目にあった矢先に、今度はツアーデスクの日本人に口説かれて怖い目に合うなんて」
みかは憤って確認した。
「その時、ハイリゲンシュタットからは無事にホテルに戻れたんですね?」
「やっぱり言葉の意思疎通って大事よね。ピアニストの彼とはその場で和解して、今でもいい音友に」
「ええっ? そんなのアリですか?」
「私たちが話してたら、また黄色い蝶々たちが車の周りに現れて、まるで話を聞いているのか、間違った方向に行かないよう導こうとしてくれてるのか。それで、なんかお互い神聖な気持ちになって、口説いたり口説かれたりが、バカバカしくなって」
怜美は少し明るい調子を取り戻して続けた。
「ハイリゲンシュタットって、聖人の街っていう名のとおり、呪われた地どころか、〈田園〉が生み出された素晴らしい場所なのに、有出さんのキーワードで、連想ゲームみたいに嫌なこと思い出して、つい取り乱しちゃったの。でも、もう大丈夫。今、みかさんに話聞いてもらえたし。ああ、なんかいい演奏、できそう」
その時、青空と緑が鮮やかな木立が広がる窓の外を、可愛らしいモンキチョウがひらりと飛んでゆき、2人は目を見開いて顔を見合わせた。
そして我らが Bチームの勝利を確信した。
83.「辺りはしいんと静まりかえり」に続く...
🎀 年末 Special Present 🎀
安斎 航 Beethoven ピアノ協奏曲 Nr.3 in郡山
よろしかったら、本文補足のコメント欄をお読みになりながらお聴き頂けますと幸いです♪♪
