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シューマン 幻の歌劇 《黄金の壺》 第4幕 楽曲紹介


「ツヴィッカウ同盟」の凸凹トリオが19世紀半ばにタイムトリップ。破棄される運命から救い出された、シューマンの幻の歌劇《黄金の壺》。

 第1幕で大学生アンゼルムスは、エルベ川のほとりで歌う、金色の小蛇ゼンペンティーナに恋をしました。
 第2幕では、彼女の父親である火の精霊リントホルストの不思議な館で筆写の仕事が始まり、アンゼルムスとゼルペンティーナの想いも深まります。
 そして第3幕。2人の恋路に影を落とす企みにより、アンゼルムスの心に迷いが生じ、あげくのとんだ騒動に...。

 いよいよクライマックスとなる第4幕では、アンゼルムスと2人のヒロイン、各々の想いがドラマティックな三重唱で歌いあげられた後、リントホルストの宿敵、りんご売りの老婆によるアンゼルムスへの不気味な予言が実現されてしまいます。
 クリスタル瓶の中で能天気な学生歌が歌われ、ついには火の精とりんご売りの最後の闘いが......。

 19世紀初頭のドレスデンの街の現実世界と、遥かなアトランティスの幻想世界。現実と幻想の狭間で揺れ動く恋愛模様、霊界から続く、長きに渡る闘いの決着は如何なる結末を迎えるのか?


ロベルト・シューマン 作

E.T.A.ホフマン 原作 「黄金の壺」

歌劇 《黄金の壺》 Der Goldne Topf

第4幕


第1場 リントホルスト家の図書室


 第3幕から引き続かれる穏やかな ♪ 〈間奏曲〉 が終わり、幕の前で立派なガウンをまとったリントホルストが、壮大なレチタティーヴォ(叙述的独唱歌)を威厳を込めて歌う。
 ここでは F.リストの名曲〈オーベルマンの谷〉が効果的に引用されている。
 冒頭の深刻なテーマは、重くのしかかる宿命、太古からの自然と人間との関わりを描き、そして遥かな憧れに満ちた大変美しい愛のテーマが、青年アンゼルムスへの期待と希望を表わしゆく。
 ロマンティックな原曲のピアノ・ソロ版を尊重すべく、伴奏はピアノに弦楽器がさり気なく添えられる程度と、控えめで美しい。

♪ かつては四大元素と共に (リントホルスト)

 かつては人も皆、
 理解していた。
 自然界の言葉を肌で
 感じていたのだ。

 炎、水、風に大地。
 四大元素の言葉を。

 霊界の王の戒めの言葉として、「純粋で詩人の魂を抱くが故に、人間社会に溶け込めず、詩人の魂を持つ者こそらが3人娘の伴侶となり、アトランティスに身を置ける永遠の資格を得られるのだ」と語られたところで幕が上がり、しゅろの木に囲まれた図書室が現れ、中央の大理石の仕事机に向かうアンゼルムスの姿が現れる。

 かつては人間も皆、
 自然の言葉を理解していた。
 四大元素の語らいを。


 アンゼルムスよ。
 詩人の魂、抱く者よ。
 そなたこそが、選ばれし者。
 祝福されし者。

 我が娘らの歌を聞き
 言葉を交わせる、
 僅かに残る者だけが、
 詩人の魂を持つ者だけが、
 我が娘らと言葉を交わせ
 愛を得られる。


 歌い終えたリントホルストが威厳に満ちた態度で歩み寄り、自分も昨日、ポンチ酒のポットに潜んでパーティーに参加していたものの、乱痴気騒ぎのせいで危うく大怪我だったと言い、昨日休んだ分も報酬はお支払いしますよ、あなたは良い仕事をされますからねと告げて出て行く。
 アンゼルムスは筆写に取り組もうとするが、「文字が全然分からなくなってしまった」と、途方に暮れるばかり。

 そこにゼルペンティーナの声による、♪ 〈愛の炎が灯されるなら〉が下手から聞こえて来る。

「妙な鏡を見せられて愛の炎が揺らいだから、言葉も分からなくなってしまったのか」
 と、絶望するアンゼルムスに、ゼルペンティーナの声が、自分たちを信じるよう語りかける。
「文字が分かって来た!」と、喜ぶアンゼルムスに、今度は上手からヴェロニカが語りかけてくる。
「アンゼルムスさん? こちらよ。鏡を見て」
 部屋の隅の大鏡に、貴婦人の装いのヴェロニカの姿が写っており、♪〈宮中顧問館アンゼルムス夫人〉の一節を歌い出す。

「ヴェロニカ?」
 立ち上がったアンゼルムスは、鏡に引き寄せられていく。
「アンゼルムス夫妻? 夫婦なのか? 僕たちは」
 言いながら、♪〈もしかして、彼女なのか?〉と、半信半疑で口ずさむ。

 反対側の下手からは、影のような雰囲気を保ったゼルペンティーナがそっと現れ、♪〈私がお手伝い致します〉を歌いゆく。

「ゼルペンティーナ! ヴェロニカ!」
 アンゼルムスは混乱して叫び、自分の想いを整理するかの如く、序曲冒頭にも現れていた「憧れ」の主題による歌を切々と歌い出す。

♪ 愛と憧れ、それだけを (アンゼルムス)



 愛と憧れ、それだけを
 大切にしていたいのに。
 ただひたすら純粋に。
 かけ引きなんて考えず。

 どんなにヘマをやらかそうと、
 誠実こそが取り柄というのに。
 一体どうしてこんなことに。
 誠実こそが誇りというのに。

 命をかけて愛してたいのに、
 異なる女性に好かれるなんて。
 愛と命を捧げたいのに、
 異なる女性に魅かれるなんて。

 愛するひとを傷つけるなら、
 いっそのこと、忘れてしまおう。
 愛するひとが哀しむならば、
 いっそ自分が消え去ろう!

 繰り返されるアンゼルムスの歌に、ゼルペンティーナが別な歌で声をそろえ、美しいハーモニーが生み出される。

♪ 愛の炎が灯されるなら (ゼルペンティーナ)

 愛の炎が灯されるなら、
 香りは言葉になるのです。
 愛の炎が灯されるなら、
 ささやき声は言葉になるの。

 愛の炎が灯されるなら、
 輝く言葉になるのです。
 愛の炎が灯されるなら、
 言葉が通じ合えるのです!

 更に鏡から幻影のように出てきたヴェロニカによる異なる歌も、美しく、そして激しく重なり、ドラマティックな三つ巴の歌が展開する。

♪ 夢見心地は誰にでも (ヴェロニカ)

 そもそも夢見るひとだから
 そうしたことなら良くあるの。
 きっとそれも夢なのですわ。
 不思議な夢を見たのでしょう。

 夢見心地は誰にでも
 それは思い違いなの。
 夢見ているのに起きてると、
 思い違いをされてるの!

弦楽トリオ版の譜面


※  PC音源による 弦楽トリオ版です




「ヴェロニカ! ゼルペンティーナ!」と叫んだアンゼルムスが、もう何も考えられない。今は仕事に専念する! と、きっぱり言い切ると、ゼルペンティーナもヴェロニカも静かに後退りしてゆき、鏡の中からヘールブラントがヴェロニカ嬢への呼び声が聞こえてくる。



♪ 現実を見つめて (ヘールブラント)

 どうして皆さん
 夢ばかりで?
 心こにあらず
 なのでしょう?

 現実を
 しっかり見ないと。

 さあ手を出して
 お戻りなさい。
 鏡の世界
 ではなくて。

 現実を共に
 歩みましょう。

 ヴェロニカは目が覚めたかの如く、鏡にすうっと引き込まれてゆき、同時に下手のゼルペンティーナの姿も消え、アンゼルムスは仕事に戻るも集中し切れず、原本にインクの染みを落としてしまう。
「大事な原本に染みが!」
 鋭い音と共に原稿から閃光が放たれ周辺から煙が立ち上がり、轟音が炸裂する。
「愚か者めが! 何たる罪を!」
 リントホルストの声が聞こえるや、舞台の照明が完全に落とされる。
 オーケストラによる ♪ 〈インクの染みにはご用心〉のメロディーが深刻調で流れる中、徐々に舞台は明るくなり、正面奥の本棚から甲高い早口の裏声になったアンゼルムスの声が聞こえてくる。
「身体が動かない! ここはどこなんだ!?」
 本棚に大きめのガラス瓶が並び、各々の中に人が入っているように見える。
「クリスタルに、お前は閉じ込められようぞ!」
 りんご売りの老婆ラウエリンの呪いの声が響き渡り、アンゼルムスは高い裏声の早口で悲痛な叫び声をあげる。
「ついにクリスタルに閉じ込められたか。もうおしまいだ!」

 舞台は再び闇に包まれながら、いったん閉じた幕が再び開くと、背景のない二重幕となっており、七色の照明が、ガラス瓶の中である様子を表している。
 等身大ガラス瓶の各々閉じ込められているイメージの青年が、アンゼルムスを含めて6人。異なるポーズでじっとしている。その両端には巨大な豪華本が立てられており、彼らが本のサイズに縮小されていることを示している。

第2場

クリスタル瓶の中(二重幕の手前)


♪ 息するのさえ(アンゼルムス)

 第1幕冒頭のアンゼルムスの嘆きの歌♪ 〈人並みの楽しみさえ〉と同じメロディーで、息苦しそうに歌われる。


 ああ苦しい。
 息も絶え絶え。
 身体は全く動かせず。
 自分の声がガンガン響く。
 ああどうしたことだろう。

 こうなったのも
 自業自得。
 僕が彼女を裏切ったから。
 ゼルペンティーナ、
 可愛いきみを
 どうして忘れてしまったか。

 パウルマンの令嬢と
 どうして結婚なぞ
 考えたのか。
 失われしは、すべての愛。
 失われしは、すべての幸せ。

 ゼルペンティーナよ、今一度、
 きみの声が聞けたなら。
 煌めく鈴の歌声で、
 きみが歌ってくれたなら!


「大学生のお兄さん? 何をそんなに嘆いてらっしゃるんです?」
 気楽な調子で声がかかり、アンゼルムスはようやく脇の彼らに気づく。瓶の中という設定なので、この場面では声は甲高くも早口にもならず、普通に会話がなされゆく。
「ああ! 君たちも同じ目に?」
 青年2人は、自分たちは実習生の身分で、あとの3人はギムナジウムの学生だと紹介し、全員で身動きはしないまま、学生歌風の能天気な合唱を始めゆく。

♪ お気楽で愉快な生活 (青年らの合唱)

 オーケストラは金管楽器や打楽器の頭打ちのリズムが強調され、楽隊の行進曲風。威勢の良い四分音符が ♩♩♩♩♩♩♩! と、7拍鳴らされ、8拍目で歌が始まる。

 ♩♩♩♩♩♩♩!

 こんなに愉快で快適な
 暮らしは、決してなかったさ。
 謎の筆写をこなすだけで、
 銀貨が頂けるんだから。

 ♩♩♩♩♩♩♩!

 ここでこうしているだけで、
 外国の歌の暗唱だとか、
 厄介な学校の勉強なんか、
 きれいさっぱりおさらばさ。

 ♩♩♩♩♩♩♩!

 楽しく街へ繰り出せば、
 どっかの酒場でビールにありつき、
 素敵な娘さん方を
 うっとり眺めてられるのさ。

 ♩♩♩♩♩♩♩!

 銀貨を1枚頂いて、
 大学生の気分になりきり、
 学生歌でも歌っていれば、
 大そう愉快な気分じゃないか。

 ♩♩♩♩♩♩♩!

 さあ、皆んなで出かけよう。
 ぶどう畑にエルベの流れ。
 さあ、皆んなで歌おうぜ。
 さあ、皆んなで楽しもう!


「大学生のお兄さん、対岸に行ってみましょうよ」
 一同に誘われるも、アンゼルムスは、
「僕らは皆、ガラス瓶に閉じ込められて身動きすら取れないってのに、どうして空想だけで、そんなにお気楽調になれるんだか」と、訝しがる。
「可笑しなこと、言いますね」
 学生らは一斉に笑い出す。
「ガラス瓶!?」
「僕らは今まさに、エルベ橋のたもとで、流れゆく川を眺めてるんじゃないですか!」
「可笑しなこと、言うんですね」
「さあ行こう、行こうぜ!」
 固まっていた5人は急に動き出して、♪ 〈お気楽で愉快な生活〉を再び歌いながら上手に去って行く。
「ああ、彼らには愛の苦しみなんて分からないんだ。お気楽な幻想しか感じられないんだ」
 アンゼルムスは深いため息をつきながらも、
「僕はゼルペンティーナにだけ想いを馳せよう。永遠に!」と、決意を固めゆく。

「アンゼルムス!」
 どこか遠く高いところからゼルペンティーナの声が響いてくる。
「ゼルペンティーナ?」
「信じて、愛して、そして希望を抱くの!」
「おっと、それは無駄なこったね」
 不気味な老婆の声が聞こえたところで、二重幕が開かれ、再びリントホルストの図書室が現れる。


第3場 リントホルスト家の図書室

 中央の本棚にはアンゼルムスらの入った6つのクリスタルの瓶が置かれたままで、舞台手前の下手に佇む実物のアンゼルムス役と、二重の視覚設定る。
 下手側のしゅろの木の枝に、3匹の金色の小蛇が絡みつきながら三重唱で、♪ 〈愛の炎が灯されるなら〉の一節を歌うも、上手側の別な本棚に置かれた珈琲ポットがゆらゆら揺れて、人形使いによる中の老婆ラウエリンが己のテーマ ♪ 〈逃げるがいいさ〉の一節をしわがれ声で歌い始め、小蛇の儚げな歌を圧倒する。
 老婆の歌声は次第に大きくなり、本棚の陰からりんご売りの老婆の風貌で実物のラウエリンが高笑いと共に姿を現す。

♪ 言ったとおりさ! (ラウエリン)
♪ 勝手にほざけ!  (アンゼルムス)

(ラウエリン)
 あたしの言ったとおりさね?
 大学生の兄さんよ。
 予言のとおり、クリスタルに
 閉じ込められたわけだから。

(アンゼルムス)
 勝手にほざけ、呪われた
 卑しい砂糖大根め!
 これは火の精と僕の問題。
 お前なんぞにゃ関係ない。

(ラウエリン)
 それが関係あるんでな。
 あんたは可愛い息子らを
 りんごの坊やを踏みつけた。
 あたしの顔に劇薬かけて、
 酷い火傷を負わせたり、
 宿敵じじいとグルになる。
 とんだ極悪くわせ者。

 しかしながらね、兄さんよ。
 あたしのヴェロニカ嬢ちゃんが
 あんたに偉く惚れ込んで、
 力が欲しいと頼まれたわけ。
 なら、仕方あるまいと、
 手助してるわけなのさ。

 あんたはあの子と結婚する。
 逃れられない運命なのさ!

(アンゼルムス)
 僕には愛するひとがいる。
 まやかし愛など、いるものか。
 鏡の魔法を使おうと、
 まじないなんて、効くものか。

(ラウエリン)
 したらば蛇の嬢ちゃんを
 退治するのが先かねえ。

 そう言ってラウエリンは奇声を上げて、にわとこの木に向かって行く。

(ラウエリン)
 蛇さん方よ、覚悟しな。
 ほれ娘さん、落ちといで。
 あたしがこの手で受け止めて、
 捻り潰してあげようぞ!

 ラウエリンが木を激しく揺さぶり、3姉妹の小蛇が悲鳴をあげる。
「ゼルペンティーナ!」
 アンゼルムスは全身でガラス瓶の内側に身体を打ちつけようと試みる。最初は全く動けずも、何度も続けるうちに打楽器による鈍い衝撃音が徐々に鋭く高まりゆき、ついに本棚からガラス瓶が飛び出し、ラウエリンの頭に激しく打ち当たる(人形使いによる特殊効果)。
 舞台の隅の等身大のアンゼルムスは、同時に舞台袖に飛ばされるように姿が見えなくなる。

 ラウエリンは悲鳴をあげて倒れ、小蛇の3姉妹が木の上から、
「助かった! 助かったわ!」
 と、鈴の声で歓声を上げる。

「ふん! 蛇の小娘なんぞに構うものか」
 ラウエリンは捨て台詞と共に図書室から出て行く。すぐさま、
「助けてくれ! 盗っ人がー!」
 その方向から灰色オウムの悲鳴が聞こえるや、ラウエリンが黄金の壺を抱えて高笑いしながら図書室に戻ってくる。
「ついに手に入れた! 黄金の壺だ!」
 そこへ火の精リントホルストが現れ、威厳を持って「そうはいかぬ」と言い放つ。
 ラウエリンは壺の中から土の塊を取り出しては、リントホルストに投げつけていく。

♪ 黄金の壺を持つべき者は (リントホルスト、ラウエリン)

(リントホルスト)
 きさまの手には余ろうぞ。
 高貴なる その壺は。
 黄金の壺を持つべき者は、
 高貴であらねば ならぬのだ。

(ラウエリン)
 いやいやいや。あたしこそが
 相応しいのさ。持ち主に。
 あたしの狙いは この土で、
 無限の畑を耕すことさ。

 りんご畑で生み出されしは、
 商売道具の息子らで。
 砂糖大根畑では、
 最強軍隊 育つのさ。

(リントホルスト)
 愚かな老婆め、見るが良い。
 お前にとっては、ただの土でも
 わしに触れれば、百合となる。
 高貴な百合が、お前を焼くのだ。

 ラウエリンとリントホルストの死闘に、黒ネコと灰色オウムも加勢。オウムが黒ネコの首に鋭いくちばしで喰らいつき、ネコは悲鳴と共に絶命し、オウムは勝利の雄叫びを上げる。
「でかした、我々の勝利だ! これを受けよー!」
 リントホルストがまとっていたガウンをラウエリンに投げつけると、彼女は断末魔の叫びを残しながら消滅する。
「火の精の勝利だ!」
 ガウンの下からはみすぼらしい砂糖大根が1本、干からびて横たわっていた。

 リントホルストは床に転がっているクリスタルの小瓶を大理石の机上に置きながら、中に居る青年に静かに歌いかける。

♪ 命をかけた若者よ (リントホルスト)

 すべては魔女の
 まじないのせい。
 そなたにとっては、
 試練だったな。

 我が宿敵の魔の手から、
 我が娘らを救うべく、
 そなたは瓶の中というのに、
 命をかけて、身を投げ出した。

 そなたの勇気と無限の愛に、
 心からの 感謝を贈ろう。
 我が王国、詩人の国で、
 守りたまえ。黄金の壺を。

 ゼルペンティーナと幸せに。
 彼女と永遠に、幸せに!


クリスタルの三和音

 クリスタルの三和音が高らかに鳴り響くや、机上の小瓶が砕け散り、♪〈憧れ〉の主題を弦楽器が静かに奏でる中、いったん落とされた照明が灯されると、アンゼルムスとゼルペンティーナが、夢見心地で肩を寄せ合っている姿が浮かび上がり、そのまま幕が閉じられる。


第4場 パウルマン家のサロン


 貴婦人の装いのヴェロニカの元に、正装のヘールブラントが花束を抱えて来訪し、自分は宮中顧問官として出世したので、是非ヴェロニカ嬢に結婚を申し込みたいと、パウルマン教頭に告げる。
 何もかもお見通しであるかのようにヴェロニカは静かな歌で応えてゆく。

♪ こうなると、分かってたのです (ヴェロニカ、ヘールブラント、デュエット)

 第1場の劇的な三重唱の直後、ヘールブラントが鏡の反対側から呼びかけて、ヴェロニカを現実世界に引き戻した ♪〈現実を見つめよう〉と同じメロディーの、優しい愛情に満ちた歌。

1.
(ヴェロニカ)
 あなたは私を
 お呼びになった。
 鏡のこちらの世界から。
 穏やかな優しい声で。

(ヘールブラント)
 あなたは危うく、
 あのばあさんに、
 操られる、
 とこでしたから。

(ヴェロニカ)
 思い違いを
 してたのですわ。
 あなたがそばに、
 いらしたのに。

2.
(ヘールブラント)
 彼は良い人
 でしたから。
 彼は良い友
 でしたから。

 恋敵なんて
 思いもせずに、
 同じ女性を愛する仲間と
 好意を抱いてましたので。

(ヴェロニカ)
 だから彼にも親切を?
 神さまから、
 ごほうびですね!

3.
(ヘールブラント)
 どうか僕と生涯を
 共に過ごして頂けますか?
 現実をしっかり見据えて。

(ヴェロニカ)
 ええ、心から喜んで、
 あなたの妻に、なりますわ。

(デュエット)
 こうなることは、
 分かってたのです。
 いずれは一緒に、
 なれるでしょうと。

 ヘールブラントはモーニングのポケットから小箱を出し、ヴェロニカにプレゼントする。彼女が包みを開けている間、パウルマンが彼の出世と、娘との婚約を祝う言葉を述べている。
「ああ、これよ! このイヤリング、とっても気に入ってたの!」
「これは仕入れて来たばかりの特注品なんですがね」
 ヘールブラントが訝しがるも、ヴェロニカは幸せそうに歌い出す。

♪ 何て素敵なイヤリング (ヴェロニカ)

 キラキラ揺れる、ダイヤの輝き。
 まばゆいばかりに美しい。
 私にとっても似合うでしょ?
 何て素敵なイヤリング。

 2人を称える楽しげな合唱が聞こえてくる。これは第3幕の冒頭で、ヴェロニカの空想により歌われた ♪〈宮中顧問官アンゼルムス夫人〉の替え歌である。

♪ 宮中顧問官ヘールブラント夫人 (合唱)

 本当に美しく、気品のある方ですね。
 宮中顧問官ヘールブラント夫人は。

 殿方の憧れの的ですわね。
 若い女性も憧れでしょう。

 なんて似合いのお2人ですわね。
 宮中顧問官ヘールブラント夫妻は!

 恋人たちが幸せなワルツを踊り、パウルマンとフランチスカもちょっとふざけて楽しげに便乗する中、フランチスカがふと動きを止めて、そっと父親に尋ねてみる。
「アンゼルムスさんは、どうなったの?」
 ヴェロニカが気づきダンスをやめて、代わりに答える。優しく、遠くを眺めるように、夢見る口調で。
「彼は遠い世界に、私たちの知らない、遥かな憧れの世界に行かれたの」
 ヴェロニカの言葉と共に、ワルツのリズムが静かに退き、夢のようなピアノの調べが降りてくる。

 シューマン最高傑作の、ハイネの詩による歌曲収録《詩人の恋》Op.48-12 〈明るい夏の朝〉の後奏部分。

 譜面の3小節目からはっきり聞こえ出し、6小節目からハープと弦楽器が加わり、よりいっそうの幻想性を際立たせながら遥かな世界へ誘いゆく。

〈明るい夏の朝〉後奏部分

 シューマンにしか作れない、シューマン独自の魅力を数小節で伝えるとしたら、この部分ほど彼の神レベルの天才性が証明される音楽は、他に類をみないであろう。
 それは物語の中では、あえて触れられることのない、アンゼルムスがそれまで生きてきた現実世界での生活、親しい面々との、永遠の別離を静かに物語っているよう。

 幕がいったん閉じられると、上手にアンゼルムスの姿が現れる。
 ドレープのゆったりとられた白いシャツを身にまとった、自然でありながらも優美な装いで、上方を見つめて佇んでいる。憧れの想いを胸に秘めて。
 ヴェロニカの落ち着いたアルトの声が、歌うように重なりゆく。
「そこは元々、彼の居た、彼の居るべき詩人の世界。自然と人間が言葉を交わせる太古からの、祝福された世界......」
 アンゼルムスが歩み始めると幕が少しずつ開き、輝きに満ちた広大な幻想世界が広がりゆく。


エピローグ 遥かなアトランティス


 明らかに現実ではない、不思議で幻想的な自然の光景。全ての植物は意思を持っているように、♪〈憧れ〉のテーマをハミングしている。

憧れの主題

 木々は風にそよぎ、花々も可愛らしくに揺れながら。
 足元の植物がアンゼルムスの歩みに従い、どうぞどうぞと、お辞儀しながら道をすうっと開けてゆき、四大原素の精霊たちが、新参の若者に敬意を払う歌を歌い始める。

♪ 愛の炎が灯されるなら (四大原素による合唱)

 燃ゆる炎が揺らめくと、
 あなたに言葉が伝わります。
 愛の炎が灯されるなら、
 輝く言葉になるのです。

 清流がそっと触れるだけで、
 あなたは言葉を分かって下さる。
 愛の炎が灯されるなら、
 流れは言葉になるのです。

 風が想いを運んで来ると、
 あなたに言葉が伝わります。
 愛の炎が灯されるなら、
 ささやく言葉になるのです。

 大地の香りが漂うと、
 あなたは言葉を分かって下さる。
 愛の炎が灯されるなら、
 香りは言葉になるのです。

 詩人の心を抱けし者よ。
 ああ最初から気づいてましたよ。
 愛の炎が灯る前から、
 あなたは言葉を知っていた。

 あなたは言葉を
 分かってくれてた。
 私たちの言葉を
 知ってらした!


 ♪♪♪ クリスタルの3和音が、いっそう高らかに輝かしく鳴り渡る。
 舞台隅の寺院風の柱の陰から、黄金の壺を抱いた、眩いばかりに美しいゼルペンティーナが現れ、心からの愛を込めてアンゼルムスを迎えゆく。壺からは一輪の見事な百合の花が、堂々と咲き出ている。

♪ 黄金の壺より咲き出でるは (合唱、ゼルペンティーナ、アンゼルムス)

 永遠の愛を誓う時、
 黄金の壺より咲き出でる

(合唱)
 炎、水、風に大地。
 四大元素の自然の言葉を
 素直に理解できる者、
 詩人の心を持つ者だけが、

 火の精の娘と恋をして、
 永遠の愛を誓う時、
 黄金の壺より咲き出でるは、
 永遠に咲く百合の花。

(ゼルペンティーナ、アンゼルムス)
 炎、水、風に大地。
 四大元素の自然の言葉を
 素直に理解できる者、
 詩人の心を持つ者だけが、

 火の精の娘と恋をして、
 永遠の愛を誓う時、
 黄金の壺より咲き出でるは、
 永遠に咲く百合の花。

(合唱)
 炎、水、風に大地。
 四大元素の自然の言葉を
 素直に理解できる者、
 詩人の心を持つ者だけが、

 火の精の娘と恋をして、
 永遠の愛を誓う時、
 黄金の壺より咲き出でるは、
 永遠に咲く百合の花。


 厳かな合唱の続く中、アンゼルムスとゼルペンティーナは、輝く黄金の壺を互いの腕でしっかり支えて見つめ合い、世界はこの上ない幸せに包まれながら崇高な雰囲気で全幕を閉じる。





歌劇《黄金の壺》 Der Goldne Topf 全4幕

E.T.A.ホフマン 原作「黄金の壺」
ロベルト・シューマン 台本、作曲(?)
森川 由紀子(Precious Planner) 日本語 翻案
仕掛人 秘密結社「ツヴィッカウ同盟」
    泉 鈴香、加瀬 怜子、山城 一



以上を持ちまして、幻の歌劇《黄金の壺》は終幕となります。ご来場、誠にありがとうございました。長らくのお付き合いに心から感謝致します。

オペラ化にあたり、ホフマンの原作の最終章(第12の夜話)における、書き手とリントホルストの大変愛情深い素敵なやり取りを省かざるを得ない選択となりましたが、作者ホフマンと、愛すべき原作に敬意を払うべく、次週 8/30(土)は、E.T.A.ホフマンについて簡単に紹介しつつ、原作“ Der Goldne Topf ”の最終章の日本語訳(7000字程度)をお届けします。

ホフマンの愛情あふれる美しき幻想の世界を、どうぞお楽しみ頂けますように...⭐︎


Precious Planner 森川 由紀子


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