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ゼロから始める伊賀の米づくり64:父から継いで6年目。2025年度の稲刈りの全工程を見える化し、振り返る

2025年の上半期〜8月にかけて気温の高い日が続いた影響が大きく、今年は8月中に稲刈りを行うこととなりました。

このことは、毎年5月連休に田植えを行い、9月初旬に稲刈りを行うという例年のパターンとは異なります。

また、今年の稲刈りは私が先代から家業の米作りを継いで6回目となりますが、8月に稲刈りを行うのは事業承継以降、初めてのことです。

そして、なんと8月中に今年の稲刈りの作業を終えてしまうこともできました。

9月に入ってから撮影した稲刈り後の田んぼ

私は父から家業の米作りを継ぐこととなった2020年1月以降、米作りに関わる業務全般の見える化や共有を行うため、そして、自分が継いで初めて直面するさまざまな困難や葛藤、発見や気づきを残すため、「ゼロから始める伊賀の米づくり」と題して63回にわたって記事として記録を書き留めてきました。

そして64回目となる今回の記事は、今年2025年の稲刈りに関わる全工程を一記事にまとめてみようと思います。

今回の稲刈りの業務全体の振り返りのため、そして来年以降も見直すことができる資料とするため、できる限り簡潔かつ要点も押さえながら以下にまとめていければと思います。


稲刈り当日までの準備

当日までの準備としてここ数年頭を悩ませているのが、田んぼに侵入してくる草花の除草作業です。

稲が育つための養分を吸い上げ、また、収穫作業の際はコンバインが詰まる原因になるほか、草花が種を落とすと翌年以降もその場所に自生を始めてしまうなど、なかなか厄介な問題です。

一体、どのような草花が田んぼに生えてくるのか?については以下の記事にまとめました。

では、今年の田んぼはどのような様子だったのでしょうか?

例えば、ある田んぼでは以下のような様子になっていました。

稲が黄金色に色づいてきている一方で、それ以外の草花は青々と茂って目立っています。

画面手前に太く一列となって自生している様子が窺える

角度を変えてみるとどうでしょうか?

田んぼの左端から奥にかけて、ポツポツと緑色の草が生えているのが見えます。

田んぼの真ん中あたりにも草が生えている

この草花をまず、田んぼに入って手で抜き取っていきます。

夏の炎天下の中、無理はできませんが時間をかければ終わりが見えてくるものです。

数時間後、同じ田んぼを同じ角度で撮ってみると、このような具合になりました。

太い緑の一列が除かれ、ごっそりとスペースができているのがわかります。

だいぶスッキリして見えるようになりました

別の角度から確認してみても、稲以外の気になる緑の草が除かれ、スッキリした様子に見えます。

ここまでやりきると気持ちもスッキリします

稲刈りが始まる前から既に暑さとの戦いになっていますが、夕方になって日が傾いてくると動きやすくなりますし、何より達成感があります。

これら除草した草を台車で運ぼうとすると、このような具合になります。

全長1メートル以上はある草の群れが台車に載っています

1つの田んぼに平均してこの台車3つ〜4つ分の草が生えてしまうわけですが、せっせと運びます。

実はこの除草後の運ぶ作業がなかなか曲者で、足の重さや腕の重さを一番感じる作業でもあります。

運び終えたら、稲刈り前の除草作業は終了です。

台車に積んだ草が落ちないよう慎重に移動することが必要です

続いては、稲刈り前の設備類のメンテナンスに移ります。

まず1つは、籾摺り後の籾殻を受けるテントの準備です。

コンバインで収穫した稲は藁と籾に分別され、藁は田んぼに裁断して残され、籾は乾燥機に運んで適正水分まで乾燥させます(14.5%程度)。

そして、籾摺り機で籾と玄米をさらに分別し、籾は作業場の外へ吹き飛ばされ、玄米は袋詰めされます。

その、籾殻を作業場の外で受け止めるのがこのテントです。

風は通すが、籾殻は通さない設計

稲刈り〜籾摺りの作業が終わった際、このテントには大量の籾殻が残っていることとなります。

テントを張りつつ、作業場内部の機械類も点検が必要です。

作業場には乾燥機、籾摺り機、計量器の3つを準備してあります。(いずれも祖父が遺してくれた設備です)

左から計量器、籾摺り機、乾燥機

基本的には通電の確認と、機械類内部に詰まりがないか?の確認となります。

昨年は籾摺り機と計量器が詰まり、まったく籾摺りが進まないという酷い状況になりました。

今年はその教訓を踏まえ、機械類のチェックできる箇所をつぶさに確認し、籾やゴミ類などの詰まりを除いていきます。

ただ、最後は実際に大量の籾が乾燥機、籾摺り機、計量器などに投入され、それらを順に処理していかないと機械類全体の流れのどこに異常が出るかはわかりません。

やれることをやり、続いては軽トラの準備を行います。

軽トラには以下のように、コンバインから排出される籾を受けるネットを積みます。

コンバインで収穫、コンバインのタンク内に溜め込んだ籾を軽トラで受ける、その後、軽トラは乾燥機に籾を入れるという工程を辿ります。

荷台にネットを積んだら軽トラの準備は完了です

続いては、コンバインの点検です。

コンバインは収穫作業の要ですが、正直なところ私自身、その詳細な設計は理解できていません。

ただ、前方の刃で裁断された稲がコンベアで後方に送られ、籾と藁とに選別するという機能は把握しています。

エンジンがかかるかの確認(バッテリー異常か否か)、タンクに溜め込まれた籾を排出するノズル(アンローダと呼ぶ)が動作するかの確認の他、コンベアの詰まりの除去、機械の回転部に油を差すなどのメンテナンスを行います。

また、1年に1回のタイミングでの運転となるため、運転感覚も取り戻す必要があります。

10年以上活躍している我が家のコンバイン

以上、ここまでの作業を稲刈りの前日までに終えておきます。

若干の曖昧さはありつつも、この時点ではよく準備できていたんじゃないか?と感じていました。

初日には何を行うか?

稲刈り初日には、まず田んぼのコンディションをチェックします。

田んぼが水を多く含んでいると収穫機械であるコンバインが足を取られてしまったりします。

また、稲自体の水分チェックも重要です。

稲が水分量を多く含んでいたり、前日までに雨に晒されていたりするとコンバイン内で詰まりが生じたり、後々の作業である乾燥に余分な時間がかかってしまったりと、作業全体の遅延につながります。

もし前日までに雨がなかったとしても、稲が朝露に濡れていると同様に時間の遅延につながるため、できれば日が照ってきて朝露も蒸発した頃合いで借り始めるのが理想的です。

ちなみに、稲刈り初日の朝にチェックしてみると、このような状態でした。

収穫間近の稲穂が頭を垂れています

この稲の水分チェックにもつながる、もう1つの作業があります。

それは、田んぼの四隅の手刈りです。

田んぼの四隅の一角を手で刈っている様子

いざ田んぼにコンバインが入り、収穫作業を始めるとしても、田んぼの隅は大きな機械では刈りづらい箇所です。

四隅をあらかじめ人の手で刈っておくことで、コンバインがその箇所に移動しやすくなり、結果、スムーズに収穫作業を進めることが可能です。

手刈りした稲は畦道に寄せておき、後ほどコンバインで回収します。

畦道に手刈りした稲を集めている様子

ここから、いよいよコンバインによる収穫作業の開始です。

途中、顔馴染みのクボタのスタッフさんが寄り道してくれ、「今年は量が多いそうで、コンバインも詰まりやすいそうです。ゆっくり走ってみてください」と伝えていただきました。

実際に田んぼに出てコンバインで刈ってみると、すぐにエラーが出そうになるほど籾の量が多く、処理に負荷がかかっているアラームが鳴りました。

昨年は不作だったため、これは嬉しい誤算です。

コンバインに乗って収穫に取り組んでいる様子

意気揚々とコンバインに乗っていたのですが、不意にアラームが鳴り、コンベアが止まり、焦げ臭い匂いが立ち込め始め……と、とんでもない状況に放り込まれました。

一度エンジンを停止し、気になる詰まり箇所を確認し、再度コンベアを回そうとするも、何やら負荷がかかっているようで、しかもギリギリと鈍い音を立てつつ動かない。

これは困ったと、クボタにヘルプの電話を掛けることとなりました。

電話に出てくれた担当者さんは別件があるとのことで、初めての担当者さんが来てくれました。

気になる箇所のチェックをするクボタのスタッフさん

1つひとつ詰まりそうな箇所を確認していくのですが、これまで私が一度も確認したことがなかった後方奥の部位に詰まりが見つかったと伝えてくれ、数十分の作業後、無事にコンベアは動いてくれるようになりました。

私自身はこれまで父の友人やご近所のおっちゃんたちにバラバラに指導されながら点検を身につけてきましたが、「そんな場所にそんなに藁が詰まるの!?」と衝撃を受けました。

「この時期はよく『詰まった』と連絡をいただくんですよね。もっとひどいパターンもあります。」

「詰まる時は、詰まるんですよね」

そんな風に話しながら作業されている様子を見つつ、来年以降のために目に焼き付けておこうと気持ちを新たにしました。

コンバイン後方に手を突っ込み、詰まりを見ている様子

コンバインのメンテナンスが終了し、再び田んぼに繰り出します。

収穫作業の途中、畦道に寄せておいた稲も回収し、コンベアに載せていきます。

コンバインは一時停車させ、稲の束を持ってコンベアへ

籾がコンバインのタンクに一杯になるとアラームが鳴り、軽トラ後方に積んだネットに籾を移します。

そして、軽トラに移した籾はさらに乾燥機へ送ります。

乾燥機へ籾を送り込んでいる様子

乾燥機は無限に籾を収容できるわけではなく、この乾燥機いっぱいになったら一旦、収穫作業は中断となります。

乾燥機に籾がいっぱいになったら乾燥をスタートさせます。この時点の水分量は20%を超えていますが、目標水分は14.5%程度。

乾燥時間は最低でも12時間以上かかり、真夜中の間、乾燥機は稼働し続けます。

翌日以降は籾摺り及び玄米の袋詰めとなりますが、JA出荷用の袋には以下のようにスタンプで刻印しておきます。今年はパートナーがこのハンコ押印を担当してくれました。

ブランド米「伊賀米」として出荷予定。品種は「コシヒカリ」

ここまでが初日の作業となります。

2日目以降の動きはどうなるのか?

前日から始めた乾燥作業は例年、明け方から早朝に終わることが多く、今回も朝9時過ぎに終了しました。

ここから、2日目の作業の開始です。

乾燥機によって出荷に向けた適正水分となった籾を籾摺り機にかけ、籾殻と玄米に分ける籾摺りを行い、計量器に通して袋詰めを行います。

籾摺り機及び計量器を間近で眺めると以下のような具合になります。

計量器←→籾摺り機

今回、籾摺り機を動かしてみると玄米がまったく排出されてこないではないですか!!

早々に詰まりの箇所を突き止め、機械を停止させ、詰まりを除去します。無事に流れ始めたら、今度は別の場所から異音がします。

早々に異音のする箇所を突き止め、機械を停止させると、詰まりの原因となっていた乾燥した草の破片が見つかりました。

籾摺り機をチェックしている時の様子

このようなトラブルを乗り越えつつ、計量器に送られてきた玄米を袋詰めしていきます。

玄米の袋詰めは30.5kg程度で行う予定でしたが、ここでもまたもう1つハプニングがありました。

計量器の電源は点くものの、計量してくれません。意味のなさないエラー表示だけが点灯されます。

仕方なく初めのうちは30.5kgの重りを利用したアナログ計量器を併用するアイデアを取り入れ、作業を続行することとなりました。

すぐ近くにはデジタル体重計も準備し、アナログの精度もチェックしました

無事に乾燥機に入っていた籾をすべて籾摺りし、玄米の袋詰めまでを終えられたら、コンバインによる収穫作業の再開です。

「収穫をする」→「乾燥機いっぱいまで籾を入れる」→「いっぱいになったら一旦、乾燥から籾摺りを行う」という工程の中で、乾燥機の容量という制約があるため、ある田んぼでは途中まで刈り込んだ状態で作業が中断されることがあります。

作業を中断している田んぼ

それでも、徐々に収穫を終え、綺麗に刈り終えた田んぼも現れ始めます。

収穫作業が終了した田んぼ

今年の2日目の収穫が終わった後にはご近所さんがヘルプで駆けつけてくれ、計量器の修理を行ってくれました。

私が父の跡を継いだ直後から指導いただいている方のお一人で、今回は計量器の配線をやり直すという形で計量器を復活させてくれました。

計量器の修理作業の様子

これで3日目以降、計量器を用いてよりスムーズに籾摺り及び袋詰めを行うことができるようになりました。

3日目以降のありがたい協力申し出

稲刈りも3日目以降となってくると、籾摺り及び袋詰めも進み、以下のように出荷用の米が積み上がってくるようになります。

パレットの上に積まれている出荷用の米

今年の3日目以降は親戚ご夫婦が駆けつけてくれ、例年よりも多くの方々と一連の作業プロセスを共有できることとなりました。

お二人には未だ手が及んでいなかった田んぼの草刈りのヘルプもお願いしつつ、自分もまたコンバインに乗って収穫作業を進めます。

青々と繁る草にチャレンジしてくれている親戚ご夫婦

私が父から田んぼを継いだことや、残された母のことなども遠方から気にかけてくださっていたお二人ですが、実際に稲刈りの作業に参加していただくのは今回が初めてです。

お二人自身も市民農園を借りながら畑などに慣れ親しんでいるというお話しでしたが、今回の稲刈りはとても興味深い体験だったとのことです。

実は今年の稲刈りは母が怪我によって作業に参加できないという状況であり、しかもそれが発覚したのがお盆という直前だったため、さて、今年の稲刈りはどうしたものか?とパートナーとも頭を悩ませていました。

普段の私は米作りだけではなく、複数の草鞋を履きながら仕事に取り組んでいるほか、パートナーもまた7月以降、仕事面での大きな変化もあったため、これまでとは違った体制で以て稲刈りに取り組む必要がありました。

結果として、家業ではあるものの家族だけで完結するのではなく、縁のある方々や頼れる方に力を貸していただきながら、チームで乗り越えるという方向性を見出して取り組むこととなったのでした。

結果、母の不在によるその存在感や貢献の大きさを痛感したほか、自分達だけでやれる領域の拡大、その上で力を貸してくださる皆さんへの感謝の気持ちが溢れてくるなど、さまざまな気づきや発見があったように思います。

そのような諸々を考え、感じつつ、3日目は終わっていきました。

最終日の作業には何があるか?

基本的に、一度田んぼに入って稲刈りを始めたら、収穫→乾燥→籾摺り→袋詰め→再び収穫へというサイクルを回していくこととなります。

最終日にもなると籾摺りからの袋詰めにも余裕が出てきます

では、すべての田んぼでの稲刈りを終え、籾摺り及び袋詰めまでを終えたら、その後の作業にはどういったものがあるのでしょうか?

まず、田んぼはすっかり刈り取りが終了し、秋の訪れを感じさせる風情のある景色となっています。

地域の鎮守の森に見守られている、我が家の稲刈り後の田んぼ

そして、今年の役目を終えた様々な機械類が残されています。

乾燥機、籾摺り機、計量器などは準備段階と同様に詰まりのもととなるような稲藁などの詰まりを掃除します。

コンバインに関しては、今回、新たに掃除する箇所を学んだため、より一層丁寧にメンテナンスを行いました。

後方下部の掃除に取り組んでいる様子

そして、作業場外には籾殻が山のように積み重なっており、それらを掻き集めて掃除します。

袋詰めした籾殻は田んぼに再び戻しにいくか、畑などに撒いて肥料や土壌改良材のように活用することも可能です。

今回は一部を畑用に残しておくことにしました。

既に何十袋分も田んぼに運んでいった後の様子

この籾殻の処分と最後に作業場全体の掃除を終えれば、稲刈りの作業が一段落となります。

籾殻を田んぼへ運んでいる様子

最終日の掃除、メンテナンスは思いのほか時間がかかり、日が沈む直前にようやく終えることができました。

ここまで来たら、ようやく緊張も取れてきます。

例年、稲刈りは複数の工程を挟むため、どこでトラブルが発生するか読めません。

昨年の場合は、台風による予定の遅延、機械トラブルの連続、結果として不作という三重苦となり、我ながら結構ショックを受けました。

今回は、昨年のようにはなるまいと心づもりもしていたつもりですが、予想を超えるトラブルや不慣れな体制ということで、作業全体は比較的スムーズに進んだものの、精神的には緊張していたように思います。

今年2025年の稲刈りの振り返り記録も、ここまでこれて「あぁ、ようやくだ」とほっとした気持ちも浮かんできました。

今年の稲刈り全体を振り返って

先述したように、今年の稲刈りは母の怪我による不参加のため、例年とは異なる体制で臨むこととなりました。

また、これまでにない体制で臨む必要が生じていた一方、父から米作りを継いだ当初に考えていたことも改めて思い出されました。

私自身が生まれた当初、我が家は4世代が同居していました。

曽祖父母、祖父母、両親、そして私という4世代です。私が生まれてから一年と数ヶ月後、弟も生まれました。

そして、曽祖父、祖父、父と自分が把握できるだけでも4世代の間続いてきた家業が、今、自分が担う立場となったわけです。

また、我が家の田んぼの1つは地域の神社の前に位置しており、先祖たちはこの鎮守の森に見守られながら米作りを行ってきたこととなります。

神社の参道に待機している軽トラと、収穫作業中の私

そうした巡り合わせに思いを馳せてみると、以下のような気持ちが湧いてきます。

せっかくこの境遇に生まれたのであれば、それを全うしよう

「先代までとは違ったやり方になるかもしれないが、自分なりに今の時代や価値観に合わせたやり方を模索し、続けてみよう」

「願わくば、より良い形でこの景色や家族の物語を次世代に伝え、未来を生きるこの地域の人々の心や生活に根を張れるような、そんな取り組みに育てていこう」

事業承継ラボというメディアでのインタビューで語ったことでもありますが、2020年に父の跡を継ぐと決断した時には明確な将来像は見えていたわけではなく、ただ自分の内側から突き動かすような衝動に従って動き始め、結果的に「事業承継」をし、結果的に「二拠点生活」を成立させながら現在まで続けてくることができたのでした。

そして、いよいよ母が不参加となった時、自分が当代の代表として明確に立ち、周囲の人々もそのような認識で関わるような、そんな意識の変化も起こったように思います。

とはいえ、当代の代表がそんなに立派で偉いのかといえばそんなことはなく、多くの方に助けられる形でどうにか終えられた、というのが正直なところです。

地域の皆さん、親戚ご夫婦、遠方からも駆けつけてくれる家族など、そのありがたさを心底痛感する数日間だったように思います。

今回の稲刈りに何らかの形で関わってくれた、一人ひとりの貢献に感謝です。

もうひとつ、「家業」とは家族のあり方と生業が一体となっている営みであり、「家業」の「事業承継」とはそれを一部継ぎ、一部を新たに再編すること……そのように私は考えています。

そして今回、新たな体制による稲刈りの実施と達成は、翻って、親戚や類縁も含んだ家族のあり方や働き方などに何か(そして、おそらく大きな)変化がさまざまな領域で発生したのではなかろうか?とも感じています。

その全容は私自身把握できていませんが、その変化は前向きなものであるという確信はあります。

今後、それがどのような形で意識されたり、現れてくるのかは未知数ですが、とても楽しみですね。

また、こうした内容をこの1週間ほど、パートナーとは毎日のようにじっくり語り合ったり、共に讃えあうことができました。

ここ数ヶ月間はパートナーシップの変容も劇的なものがありましたが、今回の稲刈りでの過ごし方や役割分担、支え合いのあり方もまた、大きなステップアップだったように思います。2人揃っての振り返りはこれからになりますが、それぞれの貢献に感謝を伝え合いつつ、より良い未来をつくる一歩としていければと思います。

さて。ここからは少しずつ、米作り以外の領域の出来事や仕事に心身をなじませつつ、ご縁のあった方々へのお米の発送や田んぼのメンテナンスに取り組んでいければと思います。

最後になりますが、ここまで読み進めてくださった皆様にも感謝を。

予想以上に長くなり、気づけば8000字以上となった今回の記事ですが、最後までご覧いただきありがとうございました。

もし、今回の記事をご覧いただいた中で疑問や質問、感想などがありましたら、ぜひこちらからや、こちらに記載している連絡先などからお気軽にメッセージいただけると幸いです。

新たなご縁が広がっていくことを楽しみにしております。

快晴の空と稲刈り後の我が家の田んぼ、その様子を見守る集落の神社


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大森 雄貴 / Yuki Omori サポート、コメント、リアクションその他様々な形の応援は、次の世代に豊かな生態系とコミュニティを遺す種々の活動に役立てていきたいと思います🌱

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