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紫がたり 令和源氏物語 第百八十三話 朝顔(一)

 朝顔(一)
 
天変は収まり、世は平穏を取り戻したものの、諒闇(帝が喪に服していること)ということで今年は大きな催事なども控えられ、貴族達も遊山などを謹んでおります。
それに倣うかのごとく朝顔の姫宮はひっそりと自邸・桃園宮へと戻られました。
この姫宮は源氏の従姉妹で君が少年の頃から想いを寄せていた姫です。
朝顔の花と歌を贈ったことからそうお呼びしているのですが、長年源氏の想いを拒み続け、朱雀院の御代に賀茂の斎院として神に仕える身となられました。
このたび父宮薨去にあたり、斎院の任を解かれたのです。
戻ってきた古くからの恋に源氏の胸は躍りました。
桃園宮邸には桐壺院の妹姫、女五の宮が身を寄せられておられます。
叔母上へのご機嫌伺いを装って朝顔の姫宮を訪ねようと源氏は出掛けることにしました。
何度お手紙を差し上げても、朝顔の姫宮はけして源氏に靡こうとはしませんでした。
その姫を尋ねることは懐かしい少年の頃の恋を辿る迷路のようで、君の顔も少年のように若々しく甦るのです。
 
桃園宮邸は宮薨去からあまり経ってはいないものの、すでに荒れはじめ、心細くあった女五の宮は源氏の訪れを心から喜ばれました。
「思わぬ罪で須磨をさまよったと聞きましたが、こうして戻ってこられてほんによろしいことでした。生きてあなたに再び会えたのですから長生きも悪くないものですね」
源氏は政務にかまけてこの老女を訪れなかったのを後悔しました。
亡き桐壺院は御弟妹を大切に思われていた方でした。
いろいろとお話を聞いてあげるだけでも老人の心は安らぐというもので、それを打ち捨てておいたのはなんとも薄情のように思われるのです。
女五の宮は懐かしそうに源氏の幼い時の話などを繰り返し話されます。
「あなたが生まれた時は、それはもう“光る君”と呼ばれる通りのご様子でねぇ。立派に成人されたものですよ。世の人々は冷泉帝がよく似た御美貌であるなどと褒めそやしておりますが、わたくしはやはり御身ほどではないと思うのですよ」
「叔母上、上の御美貌と比べられては私が恥ずかしくなります。ですがここだけのお話、叔母上の御贔屓と言うことで聞き流しておきましょう」
そんな源氏の打ち解けた物言いに五の宮はまた親しみを覚えられたようです。
「私はお姉さま(女三の宮=葵の上の母)が羨ましかったのですよ。あなたのような素晴らしい殿御を婿としたのですからねぇ。亡き兄上も(式部卿宮)御身を婿と出来ればこれほどのことはないと思し召しでしたが、姫(朝顔)が結婚を承諾されなかったのが残念でなりません」
この老女の呟きに、女五の宮自身はいまだ源氏と姫宮の結婚を密かに望んでいることがそれとなく察せられるのでした。
叔母上は源氏の恋の味方ということになりましょうか。
 
源氏はふと庭の前栽に目を落としました。
秋の寒気が下草を凍らせて眠りにつくように漂う静謐をあの姫宮ならばどう見ているのであろうか。
年齢を重ねられた分、きっとものの哀れも噛みしめる御方になられたであろう。
ご容貌はどのようになられたであろうか。
少女の頃に御簾越しに垣間見た御顔は瑞々しくも理知的で、年のわりには落ち着いて心ざまの深いご様子であった。
今はそれにしっとりとした美しさが添うておられるに違いあるまい。
 
「それでは噂の姫宮にご挨拶に参りましょう。叔母上をお見舞いしておいてあちらにゆかぬでは失礼にあたりますからね」
神に仕える身から解放された姫宮との恋はもはやなんの障害もないように思われて、源氏の胸は高鳴り、自然と足取りも軽くなるのでした。

次のお話はこちら・・・


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