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紫がたり 令和源氏物語 第二百四十九話 篝火

 篝火 
 
“内大臣の今姫君”の噂は瞬く間に京中に広がりました。
それはもちろん良い噂といえないのは察せられるでしょう。
玉鬘姫の耳にもその噂は届いておりました。
「今姫君という御方はたいそう物怖じすることもなく突飛なことをなさるので、内大臣さまもほとほと手を焼いているということですよ。かといって今さら突き返すわけにも参りませんものねぇ」
玉鬘の女房、三条の君は噂好きなのでこれみよがしに姫におかしく語って聞かせます。
その傍らには玉鬘の乳姉妹の兵部の君が控えております。
玉鬘の為に夫を捨てて姫大事と母と兄と共に上洛したあの君です。
兵部の君は今さらながらおのが姫の強運に感嘆します。
「姫、もしも内大臣さまに引き取られておりましたならば、身分賤しいからと大変な目に遭っていたかもしれませんわね。源氏の君と巡り合ったのは幸運だったのですわ」
近江の君自身を知らぬ一同ですが、内大臣の近江の君に対する冷淡な態度を世間ではあげつらっているので、もしかしたら我が姫も同じような境遇に貶められたかもしれぬと背筋が冷たくなるのです。今のように豪奢な暮らしに恵まれ、たくさんの高貴な求婚者に頭を悩ませるという生活はありえなかったでしょう。
兵部の君が言わんとすることは玉鬘にも理解できます。
源氏の懸想という厄介ごとさえなければ源氏を拝んで謝辞を述べたいほどだと思われるのでした。
 
 
季節はもう秋になろうとしておりました。
遠く近くに虫の声が聞こえる風情のある宵に源氏は気持ちを抑えられずに玉鬘の元へと渡りました。
和琴を手ほどきしながら源氏はふと手を止めました。
「いつか話しましたね。月の無い夜に虫の声を愛でながら弾く和琴が格別だと。あれは間違いでした。月の無い夜はあなたと虫の声を聞きながら寄り添うている方が趣がある」
源氏はそう言うと、姫を引き寄せて腕に抱くと和琴を枕に臥しました。
それはあきらかに実の娘にする振る舞いではありません。
玉鬘は源氏が強引なことをしないのでおとなしく身を任せておりますが、その素直な仕草が源氏の心をじりじりと焦がすのです。
「私たちはこんなに近く触れ合っているのに、ただの添い臥しだけとは。私も我慢強くなったものですよ」
源氏はやるせなくなって起き上がりました。
例え玉鬘との間に何事かなくとも、さすがにここで夜を明かすわけにはいかないでしょう。
「筑紫の大夫、篝火をもっと焚かせよ」
漆黒に染まる己の心の闇に捕らわれないよう、源氏はせめて辺りを明るく照らそうとします。
 
源氏:篝火にたちそふ恋の煙こそ
     世には絶えせぬほのほなりけれ
(あの篝火をご覧なさい。まるで私の恋心が消せないのを知っているかのごとくあかあかと燃えている)
 
玉鬘:ゆくへなき空に消ちてよ篝火の
      たよりにたぐふ煙とならば
(篝火はいつか消えるものですわ。それならばいっそ恋心も果てなき空へと消してくださいな)
 
源氏はなんともできぬ物狂おしさを胸の奥に押し込めて西の対を後にしたのでした。

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