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Proof of Myself

やあ。至上のエンターテイナーだよ。

 いやまさか、年に三度も自分でこんな大見得を切るとは思いもよらなかった。なぜ私は書くのか、という問いに対して諸々書き連ねたのが5月の終わりのことだから、結局何故だかうまいこと1シーズンに一度ペースだ。ま、それ自体は冗談でもなんでもなく正直な気持ちであるから、何かしらあれば引っぱり出して使うことにしよう。

 てなわけで、察しのいい人なら勘付いたかもしれない。そうだよ。何かしら起きた(という感覚になった)から引っ張り出してきたわけだ。書く理由ってやつを、今一度ね。
 読み手である貴方の好き間へとラヴをこめて、少しでも楽しく面白いものを。もちろん気持ちの上でブレたりしているつもりは全然ない。研鑽を重ねてきた自負もそれなりにある。ただそうそうショートショートばかり書くわけでもなく、自分が好きなアレやコレをつまみ食い……いやウソはよそう、がっつり嗜んでいるだけで――そのせいで少々フラついて見えるかもしれないだけで。

 で、引っ張り出してきたからにはもう少しばかり話させてほしい。上の記事で書き連ねたことは嘘でも冗談でもないが、実は全てではない。アレはコンテスト用ということもあって、見栄えのいい部分だけを取り揃えたものだ。もうちょっと実務的というか、野望なり打算なりといったものだって書く動機の中にバッチリ含まれている。『作品』を書くだけでなく、noteでその他の発信を始めたそもそもの目的、と言い換えてもいい。
 活動再開は2024年でもnoteにやってきたのは結構前の話で、年が明けたらすぐに丸五年となり六年目がスタートする。丸五年、と聞いてピンとくる方はかなりの『わたしマニア』だろう。そう、『不可思議短編集』が発刊された月の、4か月ほど後の話だ。自費出版でも無事に本は出たものの、思ったほど宣伝はされない。その辺りは自分でどうにかしなければならない、ということで、何かしら発信して少しでも世に認知されようと選んだのが当時からそれなりに話題に上っていたここ、noteだった。

 ビジネス書や自己啓発書などの実用書を宣伝するのであればいわゆるインプット→アウトプットの流れでお役立ち記事を制作していけばいいのかもしれないが、文芸書、特にフィクションが読者に提供するのはひとときの感動や没入感といった『感情のゆらぎ』だ。そこから得られる知恵・知識も無いではないが、それはあくまで世界を創るベースの部分である。物語を読んでもらう、とは結局のところ作者の持つ世界観そのものに触れ、共感してもらうことであろう。それは単に知識を提供するだけよりも難しいことではないかと思っている。もし作者に興味が無いのなら、その作者の作品すべてに興味が無いのと同じだからだ。
 まずは人物に興味を持ってもらうところから――日記の類や趣味の話を書き連ねる目的はそれだ。文章テクニックなんてものは私より優れた人がごまんといるし、その上で既に鬼籍に入られた文豪たちとだって競わなければならない。本屋に行けば初版発行が百年前、五十年前の本だって新たなカバーで売られていることだろう。技術や作法はそちらを参考にしてもらった方がより確実とさえ言える。それでもなお、私について知ろうと思ってくれた人たちが『不可思議短編集』を、手に取ってくれたのだろう。

心には、嘘をつき続けられない。

 前置き自分の話が長くなった。何で急にこんな話をしたかといえば、この記事が目に留まった――つまり、コトが起きたからだ。

 日頃、文章に表された部分だけを見ていてもね。なっかなか心の内までは読み取れない。見えているところを見ている分には、いつもエネルギッシュでスピーディにタスクをこなしていく――それこそ『ヌル禁女王』の姿があるばかりだ。私のようなのんびり屋とは違うなあ、とか思っていたんだよ。人を惹きつける魅力と実行力は私にはなかなか出せないものだし。
 けれど、多くを経験して多くの目標を達成しようとすれば、相応の悩みも出てくるもののようだね。質やレベルの違いはあれど、一度抱えるべき悩みがある、という点では誰もが等しいのかもしれない。上の記事に触発される形で多くの人が色々な思いを綴っているところを見ても、やはり。

 コメントや記事などで寄せられる、その人なりの気付きや学び。発せられるやさしい言葉。それらは全て正解でもありながら、基本的にはその人だけの解決法でもある。参考にしたいくつかが、偶々たまたま自分のスタイルに合うこともある、というだけの話さ。壁の乗り越え方や書く動機について語られる中で、私まで似たようなアドバイスをすることもないだろう。であるから、ちょっと変わった角度から、私が唯一気になった部分だけを言葉にさせてもらいたい。

 このペーパーバック、ありがたく拝読したのは前に書いた通りだ。
 共同マガジンに参加している人の紹介記事を書き続けるうちに自身の存在感が希薄になりつつある、と感じている最近の状況と、立ち上げた会社が分裂する直前の状況、というのが非常によく似ているように思う。環境は異なるけど、心境の部分で。杞憂ならそれで構わない……けれど、似たような状況で同じような轍を踏む、というのはできれば避けてほしいところなんだ。学ぶべき何かがまだ残っているとき、人生は以前と微妙に異なる形で繰り返す。ま、私も人生語れるほど歳食ってもいないし、ただの経験談だがね。そういう振り返り方もあるという話さ。

 わずか1年ばかりの間に、なかなか色々なことがあった。普段は明朗快活で人当たりがよく、理想の未来に邁進していく『ナオさん』だけれど、時おり落ち込んだりしたときには少し弱気の『ナオちゃん』がフッと顔を出す。表裏一体というか、心にふたり分が同居しているというか、そんな感じ。
 が心、と書いて悟り――ムカシの人も結構シャレが利いてるもんだね。本当にやりたい事には素直でいた方が、いいよ。いったん保留にすることはままあるけど、あまり先延ばしや、やらない理由付けが続くと身体を痛めてしまう。ヒトって生き物はそういう風にできているから。
 なるべくいつも明るくいてほしいなあ……なんてのは、再度進みだす力をもらった側の、私の我儘だ。とはいえ心身ともに疲弊するようなトラブルなんてそんなに起きない方がいいし、ハッピーな気分になれるコトがより多い人生の方がいい。お互いにね。他に多くの仲間がいる中で一助となるかどうかも分からないけれど、何かしらの参考になれば……ま、ハッピーさね。

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神月裕 読んでいただきありがとうございました。よろしければサポートお願いいたします。よりよい作品づくりと情報発信にむけてがんばります。