前髪のゆくえ
毎日何か書きたいと思いながら今日は何だかな、とか言ってみたくなる日が出てくるのも贅沢というやつだ。まだまだ満ち足りるまでには成したいことばかりで気が遠くなるが、乾いたり涸れたりといったことはない。無味乾燥な毎日だった頃と比べればずいぶんマシ、ただ充実しているかと問われれば首を傾げるのも事実、悲しい出来事は呼んでもないのに見舞ってくるわりに、喜びばしい出来事は素知らぬ顔でたまに来るくらい、というのは偏りすぎた話じゃないか。ツンデレか。今までそれなりに耐え忍んだぶんドーンと派手にやってきてほしいものだ。チャンスの女神も他の有力者に前髪掴まれすぎてオールハゲになっちゃいないかと心配になってくる。
もしそんな女神がいたとして、マァこうしてぼやいてみたところで近づくどころかサバより足早に去っていくだけというのは想像に難くない。つまるところやるべきことを今日もやっていくしかない、ということで冒頭から長々と書いている。ところでこういう物言いをするとき、「女神」がやけに多くあらわれるのは何故だろう。別に男神でもご利益は変わらない気がする。想像してみよう。仮に男神だったとして、チャンスの男神に前髪しかなくても後ろハゲは一緒、イメージ的には芋洗坂係長のような……。
……そう考えると好みは分かれるところだろうか。女神ならなんとなく尼僧のような想像ができなくもないし、それがチャンスや幸運を示すものだったとして「どちらを掴みたいか」と問うてみたらそれは女神と答える人のほうが多いような気はする。由来をたどるとそもそもは女神ではなかった様子だが、言葉が伝播しながら独り歩きし、チャンス――要は運とか縁とかいった目に見えないあやふやなものに想像しやすく理想的な姿を添付しようとした結果、人々に「女神」が再選択されたわけだ。そんならせめて前髪しかないとか言わずに多少後ろ髪も残しておいてあげればいいのに。ショートヘアでもいいから。それとも積極的にヘアドネーションを行っているとかだろうか。
さて私の前に現れる何らかの「女神」はどんな姿をしているものか。外見の特徴だけに留まらず、どこぞの勝利の女神のように横っ面を引っぱたくのかもしれない。それでも何も現れないよりはいい……いや、でも、現れたのが結局後ろハゲの男神だったなら、誰かにそっとパスする、かも。

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