四月八日の記憶

 花見から一夜明けて日が変わると、空には薄い雲が広がって昨日までの蒼天は少しばかり翳っていた。汗ばむほどの陽気が泡沫の夢だったかのように、やけに冷たい風が肌から熱を連れ去っていく。桜の花も多くは散ってしまい、遠目からでも枝葉の色が目立つ。それが季節の巡り、流れゆく時の定めと知りつつもやはりうら寂しさが拭えないのは、単に風景の彩りが乏しくなったからだけではない。
「終わりが切ないのは……それだけ始まりを楽しみにしていたからかな」
 亜琉斗が浮かない顔をして、窓の向こうをぼんやりと眺めている。調子が悪いでもなく、ただただ元気がないのはめずらしい。
「そうだね。でも、ずっとそのままだと飽きちゃうかもしれないし――」
 悠も同じ窓から同じ景色を眺めているが、亜琉斗ほど気落ちはしていない。花の命の儚さに憐憫の情など抱きつつも、気持ちは未来の方を向いている。だから。
「――別れがあるから、次の再会が楽しみなんだよ」
 花は毎年咲くしね、と付け加えておく。
「そうだなあ」
 ひとつ大きく息を吐いて、亜琉斗も気持ちを切り替えたようだ。らしくない、とまで言わないけれど、やっぱり明るい表情の方が似合うというもの。
「咲くも散るも花の宿命なら、人がどうこう言うものでもないか」
「そ。わたしたちの都合で考えても、仕方ないことだよ。それに――」
「それに?」
「――本当に大切なひとときは、ちゃんと残してあるから」
「残して……ああ、もしかして、オレの日記」
「うん。それと、これも」
 悠は一冊のノートを取り出して、頁を開いて見せた。中身は悠自身の日記、日々の記録だ。亜琉斗が書いているのを隣で見ているうち、自分も書いてみたくなって付け始めたものだ。実のところ二人ともまだ始めたばかり、とはいえ両方を合わせればそれなりの量になる。
「文章だから日記だけど、わたしとしては『思い出のアルバム』ってことにしたいな」
「お気に入りの一瞬をコレクション、悪くないな」
「季節が過ぎても、時代が変わっても、思い出は色褪せないもの」
 大切にしたいものが増えていく、と想像するだけで、毎日は少し楽しい。今まで興味を持っていなかったことも、つい見過ごしていた小さな変化も、きっとどこかで見つけられるのを待っている。


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