売られるトヨタ株、アナリストが見落とす「三河武士」のポテンシャル③〜哲人と語らう〜

第九章 「市場はいつも未来を誤解する」

夜が更けていた。

弟子は温くなったコーヒーを口に運びながら、ふと疑問を口にした。

「先生。」

「市場はそんなに簡単に間違えるものなんですか?」

哲人は微笑んだ。

「むしろ市場が正しい時間の方が短い。」

「人間は未来を予測できない。」

「だから未来を想像する。」

「想像が熱狂になる。」

「熱狂が物語になる。」

「そして物語が株価になる。」

「しかし現実は、もっとゆっくり進む。」

哲人は本棚から一冊の古い本を取り出した。

『マニア・パニック・クラッシュ』

チャールズ・マッケイ。

1841年。

「チューリップバブル。」

「南海泡沫事件。」

「ミシシッピ会社。」

「人間の本質は200年経っても変わらない。」

「AIバブルも本質的には同じだ。」

「熱狂している?」

「いや。」

「熱狂そのものは悪くない。」

「問題は、熱狂が『価値』と『価格』を混同させることだ。」

「先生、AIに価値はあるでしょう?」

「もちろんある。」

「蒸気機関も価値があった。」

「鉄道も価値があった。」

「インターネットも価値があった。」

「しかし鉄道会社の多くは倒産した。」

「ドットコム企業の9割は消えた。」

「技術革命と投資リターンは別なんだ。」

哲人は静かに続けた。

「2000年。」

「世界を変えたのはインターネットだった。」

「しかし株価で勝ったのは誰だった?」

弟子は考えた。

「Amazon?」

「もちろん。」

「だがもう一人いる。」

「誰です?」

「Appleだ。」

「Apple?」

「インターネット企業ですらありません。」

「そう。」

「Appleは身体を持っていた。」

「ハードウェア。」

「サプライチェーン。」

「製造。」

「ブランド。」

「店舗。」

「ソフトウェア。」

「すべてを統合した。」

「だから莫大な利益を生んだ。」

「つまり、技術革命で儲かるのは技術そのものではなく、技術を身体に宿した者だ。」



第十章 「なぜAppleは車を作れなかったのか」

「先生。」

「Appleは結局、自動車を諦めました。」

「Project Titanですね。」

「そう。」

「10年以上。」

「数千億円。」

「数千人のエンジニア。」

「それでも撤退した。」

「なぜだと思う?」

「技術が難しかった?」

「もっと単純だ。」

「車を作るのは異常に難しい。」

哲人は指を折った。

「3万点の部品。」

「1000社以上のサプライヤー。」

「100万km耐久。」

「衝突安全。」

「品質保証。」

「世界各国の規制。」

「リコール対応。」

「部品供給。」

「修理網。」

「中古車市場。」

「これら全てを作らなければならない。」

「iPhoneは2億台。」

「トヨタは累計3億台以上。」

「そして車はスマホと違い、人が死ぬ。」

「99%では駄目なんだ。」

「99.9999%が要求される。」

「Appleですら諦めた。」

「Dysonも撤退した。」

「GoogleもWaymoを作ったが、自社では車を作らない。」

「SonyですらHondaと組んだ。」

「なぜか?」

「身体を持っていないからだ。」

哲人は笑った。

「市場はよく『自動車会社はソフトウェア企業になれない』と言う。」

「だが逆に聞こう。」

「ソフトウェア企業は自動車会社になれるのか?」

弟子は黙った。



第十一章 「トヨタとは何か」

「先生。」

「トヨタって結局何なんでしょう。」

「自動車会社ではない。」

「え?」

「トヨタを自動車会社だと思うから本質が見えない。」

哲人は窓の外を指差した。

「トヨタとは巨大なオペレーティングシステムだ。」

「OS?」

「そう。」

「デンソー。」

「アイシン。」

「豊田自動織機。」

「豊田通商。」

「ジェイテクト。」

「愛知製鋼。」

「トヨタ紡織。」

「豊田合成。」

「そして数万社のサプライヤー。」

「世界170か国以上。」

「370万人以上の従業員。」

「3億台の稼働車両。」

「年間1100万台。」

「これは単なる会社ではない。」

「文明だ。」

弟子は息を呑んだ。

「文明……」

「そう。」

「ローマ帝国が道路を支配したように。」

「英国が海を支配したように。」

「アメリカがドルを支配したように。」

「トヨタは物理世界の移動を支配してきた。」

「だから本当の競争相手はGMでもBYDでもない。」

「誰なんです?」

「時間だ。」

「時間?」

「そう。」

「車とは時間を買う装置だ。」

「馬車より速い。」

「鉄道より自由。」

「飛行機より安い。」

「自動運転になれば、さらに時間を生み出す。」

「車の本質とは時間なのだ。」



第十二章 「中国は本当にトヨタを倒すのか」

「BYDは怖くないんですか?」

弟子は尋ねた。

哲人は頷いた。

「もちろん強敵だ。」

「王伝福は偉大な経営者だ。」

「CATLも素晴らしい。」

「中国の製造力は脅威だ。」

「しかし一つ誤解がある。」

「なんでしょう。」

「技術で勝つことと、文明を作ることは違う。」

「文明?」

「トヨタは70年かけて生態系を作った。」

「中古車。」

「整備士。」

「部品商。」

「解体業。」

「保険。」

「リース。」

「金融。」

「販売店。」

「修理工場。」

「教育。」

「物流。」

「これら全部で一つの文明なんだ。」

「BYDは素晴らしい。」

「しかし時間だけは買えない。」

「トヨタが70年かけて作ったものを10年で作ることはできない。」

「だから競争は100m走ではない。」

「マラソンだ。」

「しかも100年単位の。」



第十三章 「AIの正体」

夜明けが近づいていた。

弟子が尋ねた。

「先生。」

「結局AIって何なんでしょう。」

哲人はしばらく沈黙した。

そして静かに答えた。

「電気だ。」

「え?」

「AIとは電気だ。」

「19世紀、人々は電気会社を買った。」

「20世紀、人々は電気を利用する企業が栄えた。」

「冷蔵庫。」

「洗濯機。」

「テレビ。」

「半導体。」

「コンピューター。」

「インターネット。」

「電気そのものより、電気を使って利益を生む企業が巨大になった。」

「AIも同じだ。」

「今はNVIDIAの時代だ。」

「しかし100年後に歴史家はこう書くだろう。」

『AIは21世紀の電気だった』

「そして最も繁栄した企業は、AIを身体に宿した企業だった。」

「ロボット。」

「工場。」

「物流。」

「医療。」

「エネルギー。」

「自動車。」

「つまり。」

弟子が呟いた。

「AIが価値を生むのではない。」

「AIを使って現実を動かす者が価値を生む。」

哲人は微笑んだ。

「そう。」

「人類の歴史とは、知能と身体の歴史なんだ。」

「知能だけでは生きられない。」

「身体だけでも生きられない。」

「文明とは、その両方を結びつけることで発展してきた。」

「だから私はこう思う。」

「AI時代の勝者とは。」

「最も賢い会社ではない。」

「最も大きな身体を持つ会社でもない。」

「知能と身体を統合できる会社だ。」

「そして。」

哲人は静かに湯飲みを置いた。

「トヨタは、その候補の一つだ。」

「市場はまだ、それに気づいていない。」

「いつか気づくでしょうか。」

哲人は笑った。

「それは分からない。」

「市場とは、真実を発見する場所ではない。」

「真実を、遅れて認識する場所だからな。」

(続く)




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