【鉄道旅】鉄道で北海道(ほぼ)一周してみた⑥~札幌で学ぶ開拓の歴史編
北海道鉄道旅3日目の午後は札幌で開拓の歴史に触れていきます。北海道最大の都市・札幌は人口約200万人、日本でも有数の大都市です。そして、豪雪地帯にもかかわらずこれほどの人が住んでいる都市は世界的に見ても札幌だけだそうです。そんな札幌も150年ほど前までは未開の地。今回は北海道がどのように発展したのか、その歴史をたどってみたいと思います。
北海道開拓の村
地下鉄とバスを乗り継いでやってきたのは、北海道開拓の村。明治から昭和初期にかけて建てられた北海道各地の建物を移築・再現した博物館です。まず見えてくるのは「旧札幌停車場」、いわゆる3代目札幌駅舎です。開拓の村では訪問者を迎えるゲートになっており、受付やショップ、休憩スペースもあります。白い下見板と桃色の屋根がカントリー調で可愛らしい雰囲気ですが、かなり大きくて北海道の中心駅としての威容も感じられました。
「旧札幌停車場」をくぐると、左手にはドーム型の屋根が印象的な「旧開拓使札幌本庁舎」が見えてきます。明治初期、原野だった札幌に開拓のシンボルとして建てられました。中には北海道開拓に関する資料が展示されています。移住者の出身は東北が多かったようですが、石川県出身者もたくさんいたそうです。北海道と石川県は方言が似ていると常々思っていましたが、これが理由なのかもしれません。

開拓の村で一番楽しみにしていたのが馬車鉄道。北海道では札幌以外にも函館や旭川などにつくられ、路面電車や地下鉄の起源にもなっています。客車の雰囲気や乗り心地は路面電車そのもので、ポイントの上を通過するとガタガタと揺れました。窓にはガラスがないので、地面に撒かれた砂が風とともに入ってきます。正直歩く方が速いのですが、そこそこの距離を移動したり、荷物がたくさんあったりする場合は馬車鉄道の方が便利だろうなと感じました。

馬車鉄道の終点は「旧ソーケシュオマベツ駅逓所」です。駅逓所は宿泊や物流、郵便の役割を担った施設で、中には事務作業をする人や談笑する人の人形が置かれていました。道路整備が遅れていた北海道では、この駅逓所が人や物の移動に重要な役割を果たしていましたが、多くの人々が集まる憩いの場にもなっていたようです。ご近所同士で助け合って暮らす様子が目に浮かびました。
「旧開拓使工業局庁舎」は北海道のインフラ整備や産業振興に携わった開拓の要。「旧開拓使札幌本庁舎」と同様、白と緑を基調とした外装に黄色のドアがアクセントとなっています。中は資料室になっておりビール樽も展示されていました。ビール会社の覇権争いに関する資料はビール党でなくても楽しく読めました。
札幌街歩き
札幌市内へ戻った後は繁華街すすきのへ。「すみれ」で味噌ラーメンを堪能し、ニッカウヰスキーの看板やテレビ塔、北海道庁を見学しながら札幌駅に戻ってきました。さすが200万人都市、とにかく人が多かったです。そして、道路に消雪パイプがない!ロードヒーティングで雪をとかすことは前情報として知っていましたが、実際に道路を見て感動してしまいました。このアスファルトの下にヒーターが埋まっている… 一応雪国に住んでいる身として、北海道の雪対策に震えが止まりません。そんなにも雪が降って寒い場所に大都会が広がっているなんて、札幌はとんでもない所だなと思い知らされました。

おわりに
災害で元の家に住めなくなった人、新天地での成功を夢見た人など移住のきっかけはさまざま。移住生活は今とは比べ物にならないほど危険や苦労も多かったでしょう。しかし、そんな先人たちの苦労のうえに今の北海道、そして日本があると思うと感服せざるを得ません。現在、北海道では新幹線の延伸工事が進んでいます。これを機に北海道がますます発展するのがとても楽しみです。
