見出し画像

『学校行き渋り』背中を押すべき?最適解は?

みなさま、こんにちは。

本州から少し遅れて、北海道も夏休みに入りました。

我が家の小5の長男といえば、これまで週3日登校・週2日ホームスクーリングの二刀流学習(ハイブリッド学習)を進めてきましたが、ある出来事を境に、夏休みの2週間前からは完全なホームスクーラーとなっていました。

※その出来事の記事はこちら

簡潔に言ってしまえば、四六時中叱られている息子を含むクラスメイト達。

先生は自負されているようですが(自己紹介で自らそうおっしゃっていたので)、とてもせっかちで、生徒が先生のペースについて来れないと先生がイライラし、そして叱られる。
気分の浮き沈みが激しく、機嫌の悪い日が大半。授業もつまらない。

『僕はどうしてこんなに緊張感を持たないといけないのだろう?そして、管理されているんだろう?』

『僕は耐えるばかりで、学校で何を学んでいるんだろう?』

そうした思いが積み重なり、『学校は監獄だ!!』と爆発したという一件でした。
(詳しくは本当に記事を読んでほしい)

泣きながら悲痛の叫びで訴える息子の姿を見て、これ以上ハイブリッド学習を続ける必要もないな・・
息子がホームスクーリングを強く望んだこともあり、週5のホームスクーラーとなっていました。

前置きが長くなりましたが、こうして一度はホームスクーラーとなった息子ですが、夏休みに入る直前にまた登校を始めました。

今回は、その間起こっていたことを中心に、
学校には行かせるべき?行かなくていいよでいいのか?
こうした視点から現時点で私が考える最適解を書かせていただこうと思います。

今回も是非、最後までお付き合いいただけると幸いです。


完全なホームスクーラーになると

これまでは週に2-3日だったホームスクーリングも、毎日となると状況が大きく違ってきます。

これまでは、週に2~3日は学校で授業を受けていましたが、それをすべて息子と私で進めないといけなくなりました。

子供にも色んなタイプの子がいますが、
息子は(必要かどうかは関係なく)やりたくないものはやりたくない。
そして、計画を立てて地道にコツコツと物事を積み重ねることが苦手なタイプ。
良くも悪くも、今を生きるタイプです。

要は、彼に学習全般を任せていると、嫌い&苦手な算数の基礎力はきっと身につかないだろう・・ということです。

『好きを伸ばす』、『やりたいを応援する』

これは、我が家の学習方針。
これまでも面白い!と思える教材たちや学習方法を必死で模索し、良い形で実践してきました。

しかし、これはあくまでも学校で基礎的なことはやってくれていたから。
これからは私が触れない限り、彼は永遠と算数をスルーして生きていくことになるのです。

それでも良いじゃないか。
興味が持った時点で学び始めたら良いではないか。

そうした考えは私の中にもないわけではありません。
しかし、彼の興味を持つことは、『生き物・生態系・科学・古代文明』など、どれも学術的なことばかり。

将来のことを考えると、大学で研究したいという展開は十分予測できます。

基本的に今しか見ない性格の彼。
数学の必要性に気づき焦るのはきっと高校生の後半あたりになるのではないか・・・そうなると、さすがに巻き返しは無理であろう・・・

すべて私の予測や妄想ですが、こうした思考が私の脳内を支配していました。


ホームスクーラーの毎日の過ごし方

これまでのホームスクーリングの日と変わらず、気に入った教材を使い学習を進めていました。
(私も少し休憩が必要かなと思い、完全に息子に学習を任せていました)

学校のストレスから解放されて、伸び伸びと学習を進める息子。

人はストレスから解放されると、こんなにも意欲的に学ぶものなのだな~と、今までハイブリッド学習にこだわる必要なんてなかったのかも。そう感じていました。

そのペースで数日過ごし彼がかなり元気になっていたこともあり、私のどうしても授業を入れることに。

彼の好きなアメリカの算数(Balance math)だけでなく、学校の授業で習うような図形の内角の和や面積の話や苦手な小数の計算や文章題。

彼の心を躍らせることは難しいと最初からわかってはいましたが、これからは私が触れないと彼は触れることはないということを考えると、やっておいた方がいいという思いでした。

ということで、ワクワク学習9割・基礎1割という割合で学習を進めていました。


『毎日が家』の弊害

最初は好きではない算数の基礎にも(そこまで乗り気ではないけれど)取り組んでいた息子。

しかし、次第に学習はするけれども、何となくダラダラしている・意欲が湧いていないのでは?と息子の姿を見て感じるようになりました。

もちろん毎日意欲的に学ぶ必要はありません。
マイペースで良いと思います。ただ、彼の場合、毎日ダラけるのが癖になっているような気がしてなりませんでした。

私が『一緒にこれをやろう!』と言っても渋々やるか・・・という感じ。
ハイブリッド学習をしている時は、あんなに生き生きとやっていたのに・・

彼が率先してやる学習も、好きなものというよりも、楽なほうを選んでいる感が否めませんでした。

ストレスはなさそうだけど、メリハリがない。
楽を覚えてしまった。端的にいうとそんな感じでした。

そんな彼をみて、ついに父が動いた

私も次第にイライラが積もります。

彼の意欲を出すために、どうして私ばかり努力をしないといけないのだろう?仕事との両立に苦戦しながらも思います、『何かおかしい、この構造・・』

本来学習とは、自分自身のためにするもの。

それなのに、その時の私と息子の状況は、

私が頑張って息子の意欲を上げて、学習してもらっている。

という、とても望ましくない状態になっていました。

そんな様子を見ていて、ついに主人が動きます。

父 『夏休みまでの数日間、学校へ行った方がいいと思うな。』

息子 『え~家で勉強したい。』

父 『もう十分自分の時間を過ごして、リフレッシュできただろう。
学校で色々感じることはあったと思うし、辛い理不尽な思いもしたのかもしれない。
だけど、俺にはわかるんだよ、心の奥底では楽したいことが。
家はストレスに晒されないし、楽ではあるからね。』

息子 『家の勉強楽しいよ!』

父 『子供が学校へ行かなくなって家で自分で学習してると言って、真っ向から否定してくる人はまずいないよ。誰もが、がんばってるねと言ってくれる。
そして〇〇(息子)はこれからも狭い世界で周りの大人たちに肯定され続けて大きくなっていく。

でもね、実際の社会はそうじゃないよ。
理不尽なことは多いし、誰もが自分を肯定してくれるわけじゃない。
ストレスを避けて生きるなんて無理。そうした耐性を身につけずに成長して、将来どうやって働いて生きていくの?

俺ら(両親)が生きていたら助けてあげられるかもしれないけど、急に交通事故で両親2人とも死んだらその時点で今のままだとお前は終わりだよ。
極端な話だけど路上で生活するしかなくなるかも。
悲しい事に、データでも教育を受けた水準と生活水準は比例しているのが現実なんだよ。』

息子 『・・・・・・・・。』

父 『これは俺の考えだけど、今人生のめちゃくちゃ大事な分岐点にいるよ。どんな学習をするかより、集団にいること自体が学びなんだよ。
色んなタイプの人と交流することで、生きる術を身につけていける。
合わない人ともどうやったらうまく付き合えるのか、集団の中でもどうやってストレスを回避して過ごしていくか。どれも生きていく上で大切なことばかりだ。

学校へ行って勉強で何かを学ばなくてもいい、座ってるだけでいい。
お前にとってはそれでも生きる上で必要なことを学んでいることになる。
明日から夏休みに入るまで、学校に行けるな?』

息子 『・・・・・・・・・・・・・・うん。』

主人の渾身の説得で、翌日から2日間、息子は登校したのでした。


久しぶりに登校してみたら


正直私の気持ちは半々でした。

彼に合う学校があれば、そこに通うのがベスト。
彼の自分への甘さやダラけてしまう性格を考えると、ホームスクーラーよりも合っているのはオルタナティブスクールなのだと思います。
(もしくは、オルタナティブとホームスクーリングのハイブリッド)

ホームスクーラーは、学習の方針にもよりますが、ある程度自分で学習を進められる意欲型orコツコツ型であったり、「学びたい意欲」が強いストイックタイプでないと、長期的には難しいのかなという印象。

しかし、通える場所には公立の学校しかない。

これまでも、『必ず学校へは行くもの』という概念もありませんでしたし、子供が自分に合ったスタイルで学べるのが一番だと、学び方の多様性を訴えてきたほどでした。

合わない場所に無理して通い続ける必要はない

しかし、楽な方へ行っているとしか思えない息子を見て、このままではよくないという気持ちは当然ありました。

父との約束を果たすため、相当嫌々学校へ行った息子。
久しぶりの登校は彼にとって相当高いハードルだったようですが、私はあえてカラっと送り出しました。

重い足取りで登校した彼ですが、帰ってきてすぐに仕事中の私にメールをくれました。

息子 『友達と一緒に遊びに行ってきまーす!!!』

文面から、何だかとても生き生きとした楽しそうな様子が伝わってきて、ひと安心。

仕事から帰った私に息子が意気揚々と話します。

息子 『しばらく休んでたから、今日テスト10枚もやる羽目になっちゃったよ~~

内心、先生には少々腫れもの扱いされるかな?と心配していましたが、その心配は不要だったようです。笑
息子のためにも特別扱いはしないでほしいなと思っていましたが、先生もなかなかです。
(私は先生に対し好感度アップ。元々担任の先生に対し苦手意識など全くありませんでしたが、軸があり良いと思いました。)

10枚も大嫌いなテストをこなしたにも関わらず、とても上機嫌な息子。
なんだか最近なくなっていた覇気というか、メリハリが戻ってきた様子。

次の日は、前日とは打って変わり、軽い足取りで登校していきました。

彼の心の中は?

正直、わかりません。笑

私と息子は性格が正反対なので、彼の考えていることを予測することは私にとっては困難です。

ただ、今回は息子と性格のそっくりな主人が言ったことが、全てではなくても大体は当たっていたのかなと思います。

元気に学校の話をする息子を見て、主人が私にコソっと言います。

〇〇(息子)には、ハイブリッド学習がちょうど良さそうだね!
毎日行っても辛くなりそうだし、毎日家にいてプラスになるタイプでもないんだわ。

私も本当にそう思いました。
息子も同じように感じたようで、2学期からはまたハイブリッド学習に戻るのではないかと思います。

結論

息子の場合はハイブリッド学習が結果的に合っていたのですが、それは子供の数だけ解はあると思います。

私が一番訴えたいのは、まず親が
『学校へは必ず行かなければならない』という固定観念を捨てること。

社会でなく、子供本人を見た時に初めて最善の道は見えてくるものだと思うからです。

精神的病を患ってまで、学校にしがみつく必要は全くありません。

実際に学校の一斉授業のスタイルが合わない子はたくさんいます。

しかし、学校は多くの地域で1種類しかないのが現状です。

そこが最大の問題点です。

私の住む地域には公教育以外の選択肢がないため、学校or家?の手探り状態です。

今回の件でいえば、『私のどうしてもクラス』が彼の意欲を奪ってしまった可能性だってゼロではありません。

しかし、そうだとしてもそれは私だけが悪かったのでしょうか?

それも違うと思うのです。

息子も息子で、成長しなければならない面があったはず。

自分がやりたくないことを全く触れずに生きていくなど不可能に近いのですから。

今回、息子の場合は学校へ行くよう背中を押したことが結果的に正解でしたが、
『学校へ行かせるか?行かせないか?』という問題はさじ加減が非常に難しいです。

学校へ背中を押すのか
オルタナティブスクールやホームスクールに背中を押すのか
少しの間リフレッシュするように背中を押すのか

社会でなく、その子自身を見つめていると、必ずいつか答えは見えてくるもの。
永遠と続くトンネルではないので、あまり悩みすぎず、視野が狭くなった時は思い切り家族で遊びに行くなど、悩みを引きずりすぎないことがポイントです。

カードゲームなど家族皆んなで楽しめるものを毎日の日課にするのも、円満を保つ秘訣かと思います。

最後に先生方へのお願い

上にリンクを貼った記事にある通り、学校の子供を管理する体制に関して問題に感じる時があります。

こうしないといけない、ああしないといけない

こうして日々を過ごすうちに、先生の顔色ばかり窺って行動するようになり、結果的に自分で考え行動するということがどんどんなくなっていきます。

また、先生の気分の浮き沈みが激しいと、毎日を一緒に過ごす子ども達はとても辛くなります。
先生ももちろん人間なので、体調や気持ちに日々変化があることは重々承知の上です。

しかし、同じことが起こっても、気分の良い時にはニコニコ。機嫌の悪い時は普段怒る、というのは違うと思うのです。

子供を叱る時(起こるでなく叱る、です)、考えてみて下さい。

それは、本当に子供のためを思ってのことですか?

ルールを守るためや自分のためになっていませんか?

子供のためであれば、お説教がどんなに厳しくても、それは子供に伝わります。

そうでないと、先生怖い、理不尽、機嫌悪かったなーで終わってしまいます。

私の小学生時代の担任の先生で、それはそれはお説教が怖い先生がいました。
叱られた子供達は凍りつき、その場に立ち尽くし、全く言葉すら出ないあの威圧感・・・(泣く子も多かったです)

しかし、クラスメイトみんなに慕われていました。

その先生は、叱り方は恐ろしくても、私たちの事を真剣に思って言ってくれている。愛のあるお説教だったからです。

学校でも家庭でも、教育の現場には、ルールや伝統や大人中心の社会でなく、いつも子供達がいてほしいものだなと思います。


今大人が子供にできること。
それは、子供達に自分らしい車輪を作るお手伝いをすること。
その車輪は自分らしいだけでなく、どんな悪天候や状態の悪いレールの上でも走れる強く逞しい車輪でないと、目的地まで辿り着けないかもしれません。

しかし、目的地へ辿り着きたいという強い気持ちも、自分の車輪で走り切る大きな手助けになるでしょう。

そのために、本人が心を躍らせる理想の目的地が見つかるよう、たくさんの世界を大人が見せてあげる必要があります。

目的地はひとつじゃなくていいんです。
何個あってもいいんです。
途中で変わったっていいんです。
何個かある目的地からある傾向が見えてきたら、親がそれとなくそこまでの行き方を調べ、親自身が知っておくと良いと思います。
子供本人にはあえてそれを言わないことがポイントです。

私自身も、上述した事を心に留めて、これからも息子達と毎日を歩んでいきたいと思います。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。




いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集