アメリカン・ドリームは、ボタンダウン・シャツを着ることからはじまる?——ファッションは、あなたの全てを語る!——
はじめに
「第一印象は永遠に残り続ける("The First Impression lasts")」
「自分を紹介する必要がなくなるまで働け≒自分で自分を語るな。実力と実績に自分を語らせろ "Work Until You No Longer Have to Introduce Yourself." 」
このふたつの言葉は、アメリカの大人気ドラマシリーズ 『スーツ "Suits"』 で、ニューヨークのエリート弁護士ハーヴィー・スペークター(Harvey Specter)が残した名台詞だ。ここに、彼がもつ美学があらわれている。
そして、この「第一印象」を決定づけ、自分が自分を語る代わりに、自分を語ってくれるものとは一体何だろうか?それがファッションだ。そう言い切っていいだろう。どうやら人間は、初めて出会った人の印象や雰囲気の総体・イメージを、出会ったコンマ数秒でほぼ全て判定する能力をもっているようで、この「印象・自己イメージ」にもっともかかわるのがファッションだ。今日はファッションについて少し考えてみよう。

ファッションは言葉になるまえの「コミュニケーション」?
わたしたちは日々、無数の視覚情報を脳みそで処理している。そこから言語化されるのはほんの一部の情報だけ。そのなかでファッションは、その無数の視覚情報として、言語コミュニケーションになるまえの「コミュニケーション」を果たしている、稀有なメディア(媒体)だ。どういうことだろうか。
アフリカ系アメリカ人の作家、ラルフ・エリソン(Ralph Elison)の1952年の『透明人間(The Invisible Man)』というベストセラー小説にこんな一節がある。舞台は第二次世界大戦後のニューヨーク。社会から「透明人間」として扱われていた主人公はニューヨークの街角で偶然同じズート・スーツを着た「同士(Brotherhood)」を発見する。ズート・スーツとは、肩パッドを四角に拡張させ、かなりダボっとした、ゆったりとした大きなシルエットのスーツ上下のスタイルのことだ。これが第二次大戦中にアフリカ系とメキシコ系の若者の間でとても流行する。
主人公は、同じズート・スーツを着た仲間を見つけた途端に「やあ兄貴!」「ようブラザー」とコミュニケーションをとる。ここのシーンは極めて明快にファッションがもつ言葉になる前のコミュニケーション性を描いている。すなわち、ファションが発信するシグナルは、「言葉」よりも先に相手に届いて、実際に言葉を交わすためのコミュニケーションのきっかけを作っているということだ。わたしたちは日々、無数にお互いのファッションや身につけているもの、顔・仕草・全体の雰囲気を瞬時にジャッジし合っている。世界では、すでにそうした「その人のイメージ」をつうじた無意識領域のコミュニケーションがなされている。みなさんも、街ゆく人のファッションやバッグ、財布をみて、その人についての視覚情報を一瞬で処理しているだろう。それは単に口に出されることがほとんどないというだけで。

ファッションは「わたし/あなた」の全てを語る??
皆さんはファッションにどれだけ「自分自身」が立ち現れてしまうかを考えたことはあるだろうか。ほとんど考えたことがない人も多いのではないだろうか。
簡単に宣言しよう。ファッションとは、あなた自身の心情・深層心理・文化的センス(趣味趣向)・人種・階級・民族性・ジェンダー規範・セクシュアリティをたった一目で暴いてしまう、最強(最恐)のメディアである。これから逃れられる術はいないといっていい。
ファッションと比較して、仕草・行動、身体性(顔や身長、身体の特徴)はそもそも生得的なものと、環境によってかなりハードに構築されている面も強い。だから、ほとんど改変のしようがない。もちろん、ある部分を整形したりはできる。そして、マナー・仕草を長い時間をかけて体得することもできるけれど、かなりの時間を要する。
逆に、ファッションだけは、もっとも簡単にコントロールできる領域だと言ってもいい。わたしにまつわるイメージ操作をすることができるのは、ファッションしかないし、誰も「着たくもない服」を着る人はいないのではないだろうか?(もちろん、制服やリクルート・スーツを着なければならない場面などは明らかに別。)休日やお出かけの時、大学生の時に、着たくない服を着る人は世界に存在しないはずだ。ある意味、自分がなりたい理想像を投影して、そのイメージでファッションを選ぶか、まあ少なく見積もっても、ある程度自己イメージとして許容できる(耐えうる)ものを選んでいるだろう。
そして、その自己イメージは「他者から言われる自分についての言葉」をつうじて認識され、形成される。たとえば、そのサングラスオシャレだね、西海岸っぽいね、なんか暗い服多いね、とか。シャツの色いつも明るいね、とか。自分の顔は自分では見えないのと一緒だ。他者に「イケメンだね」「男前だね」と言われて初めて自分の顔にたいしての自己イメージを持つ。ファッションも最初から他者の評価に開かれていて、つねに他者から(言われても言われなくても)判定されるという残酷さをもっている。
その意味では「わたしはファッションに気を使ってないから関係ない」ということ自体もあなた自身を説明してしまっている。そう考えたことはあるだろうか。つまり、そのひとは「ファッションに気を使わない/そこの自己イメージをコントロールしない心理・文化的センスを持った人間」ということになる。わたしはいつもファスト・ファッションを着て、何も考えないでみんなが買うものを買う。そう主張したとしても、それは実はあなたの無意識が選んだセンスだ。ファッションを選ばないということを選んでいる、という図式になる。繰り返すと、一見「ファッションから降りる/ファッションにたいしてわたしはケアレスです」という姿勢すらも、ものすごくあなた自身を説明してしまっている。そういった残酷さが人間の文化コードの世界には絶えず付きまとう。
他者に開かれていないファッションは存在しない?
「わたしはわたしが着たいものを着る。それでいい」
これはファッションに、まつわることで昨今よく囁かれることだ。一聞するとすごく理想的なことを言っているような気がするが、それは果たして成立するのだろうか。いや、厳密には成立しない。
わたしたちの世界は、目に見えない文化コードや社会規範の制約によって作られている。葬式の時の喪服、結婚式に参列する時のファション、そして、街にでかける時のファッション・・・。他者の視線から、社会に蔓延するコードから、どうしても逃れることはできない。たとえ、その場で「服を着ない」という選択をしても、だ。それすら強力な意味を帯びてしまう。それは自分がそうしたいからそうする、だけではない。ファッションは、必ずひとに眼差されることで成立する。ファッションの意味づけは必ず他者によっておこなわれる。
例えば、1960年代のアメリカではヒッピー・ムーヴメントというものが起こった。これは大量消費社会や既存の社会通念にたいして、意図的に「カウンター」を仕掛けたものだった。そんなかれらが選んだのは、だれにも見られないような田舎にコミューンという共同生活地をつくって、裸も同然の格好で過ごすことだった。しかし、それですらも社会規範のなかで「裸というファッション」で生活するものたちとして意味を帯び、全米の注目を浴びた。「消費社会から降りる/抵抗するための裸同然のファッション」として、意味づけがなされた。そして、かれらもやがてある意味の「ファッション」として消費されていった。これは「記号の無限の再意味づけ(re-signification)」という、ある種の皮肉だ。

また、あなたがある服を欲しいと思う時、そこにはすでに「あなたが理想としている他者(それは鏡としての理想的な自己でもある)」がすでにそこに介在していると考えたことはあるだろうか。広告、インスタグラム、ファッション雑誌、セレブリティ、インフルエンサー。そうした無数の他者から提供される世界観とイメージをつうじて、わたしたちは、かっこいい/かわいいと思うものを絶えず受容している。それを着て、そして「その価値がわかる人だけ」にそっと服のメッセージを忍ばせる。その意味で、ファッションとは、絶えず他者からくるイメージを拝借して(デコード)、自分の理想的イメージに落とし込んで、そして「わかる人だけにわかる」意味を込めて発信(エンコード)する行為だ。どんなに「わたしはわたしが着たい服を着る」といっても、「わたしが着たい」という欲望は、すでにあなた以外の誰かから来ている。そして、それを着た時に「他者の目にどのように映るのか、評価されるのか」は、もはや逃れようがない。本当は、わたしのファッションのセンスをわかってほしいのだ。わかる人にだけ承認して欲しいのだ。だからそれを着る。人間とはそういうものだ。
「ブランドを買うことは、その物語(歴史)を買うこと」
これはわたしの亡くなった恩師がかつて残した言葉でもあり、わたしの父親からも叩き込まれたモノへのセンスでもあり、わたしの中心にある価値観だ。ひとにはそれぞれ身の回りのモノへのこだわりがあるが、わたしには人一倍強いファッション哲学へのこだわりがある。それは、かつて恩師がこんなことを言っていたからだ。「プロとアマチュアを分つ唯一の違いは、なぜそれを自分が選んだか、自分の言葉で語れるかどうか」だと。かれはカメラマンをよく引き合いに出していた。カメラマンのアマチュアとプロは、写真を撮ることが上手いかどうかがその分水嶺ではない。そうではなくて、「なぜその構図で、そのスケールで、それを対象として、そこでシャッターを切らなければならなかったのか」を言語化できるのがプロのカメラマンである。それができないのがアマチュアだと。これをファッションにおきかえると、なぜその服でなければならないのか、なぜそのブランドでなければならないのか、それを自分の言葉で説明しなければならない。本当にプロフェッショナルになりたいのであれば。それ以来、自分の身の回りにあるモノのこだわりに厳しくなってしまった。先生のせいだよ、ほんとに。笑
ブランドを買うことは、たんにその記号性(グッチ、ルイヴィトン、シャネル、イヴ・サンローラン、アニエスベー)を買うことにとどまらない。「ブランドを買うことは、その物語(歴史)を買うこと」であり、その世界観を買うことだ。その意味でわたしは、アメリカに原点を持ち、アメリカの文化・歴史上極めて重要なブランドとしてタイムレスに評価されている「ホンモノ」しか身につけない、というマイルールを自分で勝手につくって、それを忠実に守っている。具体的には、ブルックス・ブラザーズ、J Press, ハミルトン、オールデン、アメリカン・オプティカル、モスコット、クロスなどが挙げられる。これらはすべて、東海岸のWASPが何世代にもわたって継承しているブランドばかりで、アメリカの歴史とともに歩んできたブランドだ。もちろん、そういえば聞こえはかっこいいが、まあ、単純に「変なやつ」なのは認めよう。以下では、すこし各ブランドの歴史とその文化的価値を紹介したい。
・ブルックス・ブラザーズ(Brooks Brothers)
1818年にニューヨークのマンハッタンにて創業されたブルックス・ブラザーズ(Brooks Brothers)は、現存するアメリカ最古の紳士服メーカーである。実に歴代アメリカ大統領47人中45人がそのスーツやコートを着用しており、200年以上にわたり、アメリカの上流階級、政財界、文化人に愛されてきた。とりわけ東海岸のWASP(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)層を中心に着られる、アメリカのエリートの代名詞としてのブランドである。伝説的な「No.1サックス・スーツ」や、1898年に世界で初めて発明された「ボタンダウン・シャツ」をつくったことでも知られる。1950年代には東部の名門大学生たちを中心に「アイビー・リーグ・ルック」として大流行し、それは1960年代の日本にも飛び火した。銀座や渋谷に「みゆき族」「アイビー族」と呼ばれる若者が登場することになった。なお、ラルフ・ローレン(Ralph Lauren)は、もともとブルックス・ブラザーズの店員だったラルフ・リフシッツ(Ralph Lifshitz)が1967年に独立したブランド。ブルックスが大元なら、ラルフローレンは子どものような位置付け。ラルフローレンは大衆化されているため、わたしは個人的には着ていない。


・ハミルトン(Hamilton)
Hamilton Watch Company(ハミルトン・ウォッチ・カンパニー)は、1892年にペンシルベニア州ランカスターで創業した。設立当初から「鉄道のための正確な時計」を掲げて、鉄道員向けの高精度な懐中時計を製造することで頭角を現した。ハミルトンの時計の信頼が決定的となった背景には、1869年に完成したアメリカ大陸横断鉄道の存在がある。この壮大な国家プロジェクトは単に東西を結ぶにとどまらず、「国家としての統一時間」の確立をも必要とした。なぜなら、その当時の各都市では、太陽の南中時刻(Local Mean Time)を基準にバラバラの時間を採用しており、そのズレは鉄道運行において致命的な事故、特に正面衝突を引き起こす重大な問題となっていた。これに対処するため、鉄道業界は1883年に「鉄道標準時(Railroad Standard Time)」を導入し、アメリカ全土を5つのタイムゾーンに分けて運行表と駅の時計を全国で統一した。これが現在の標準時制度の原型である。この時間革命のなかで、ハミルトンは精密かつ頑丈な鉄道用懐中時計を開発し、その圧倒的な品質と信頼性により、鉄道員の間で瞬く間に普及していく。やがてその時計は「The Watch of Railroad Accuracy(鉄道の正確さの時計)」と称され、アメリカの広大な鉄道網の時を支える象徴的存在となった。

・クロス(Cross)
Cross (クロス)は、1846年にアロンゾ・タウンゼント・クロス(Alonzo Townsend Cross)によって創業されたアメリカ最古の筆記具メーカー。現在に至るまで米国大統領が大統領令の署名に用いるペンとして公式採用されていることでも知られる。創業の地は米国ロードアイランド州プロビデンスで、当初は金や銀の装飾を施した精密な筆記具やシャープペンシルの製造からスタート。1946年に発表された「Century(センチュリー)」シリーズは、流麗なシルエットと圧倒的な軽さ、バランスの取れた書き味によって、瞬く間にアメリカの政財界・法曹界・教育界に浸透した。1960年代以降は、歴代の米大統領が法案署名や外交儀礼の場でクロスを使用する伝統が根付き、とくにリチャード・ニクソン大統領以降はほぼすべての大統領がCROSSの筆記具を公式に使用。クロスのボールペンは、米国におけるクラシックで「国家的筆記用具」の代名詞として知られ、「一流の男が懐に忍ばせる最後のアナログ」として、知識人・弁護士・大学教授・企業経営者らに愛されている。とりわけ、Century II(センチュリー・ツー)やTownsend(タウンゼント)は、東海岸WASPのエリート家系で入学・卒業・ハレの日にプレゼントされる一品でもある。


・オールデン(Alden)
Alden(オールデン)は、1884年にチャールズ・H・オールデンによってマサチューセッツ州ミドルボロウで創業された、アメリカを代表する高級紳士靴ブランドである。第二次大戦後、多くのアメリカ靴メーカーが大量生産へと舵を切る中でも、オールデンはマサチューセッツ州の自社工場での伝統製法を守り続けた。特筆すべきは、1950年代以降はブルックス・ブラザーズとの提携を通じて、アメリカ東海岸の知的エリート層――医師、大学教授、弁護士、銀行家など――に支持されるブランドとしての地位を確立したことだ。その最大の象徴が、シカゴの名門タンナー、ホーウィン社のコードバン(馬革)を用いた靴であり、特に「990」や「986」などのモデルは「アメリカ革靴の金字塔」とも称される。また、インディ・ジョーンズを演じたハリソン・フォードが映画内で愛用した「インディ・ブーツ(405)」も、オールデン製である。

・アメリカン・オプティカル(American Optical)
American Optical(アメリカン・オプティカル)は、1833年にマサチューセッツ州サウスブリッジで創業されたアメリカ最古の眼鏡ブランドで、200年近くにわたって、アメリカの軍事・政治・文化の現場に寄り添い続けてきた。創業者ウィリアム・ビーチャー(William Beecher)が宝飾職人から眼鏡製造へと転じたこのブランドは、19世紀中盤にはすでに全米最大級の眼鏡メーカーとなり、20世紀には米軍との提携によってその影響力を決定的なものにした。とくに、1958年に開発された「Original Pilot(オリジナル・パイロット)」モデルは、米空軍のために設計されたパイロット・サングラスであり、NASAの宇宙飛行士たちが実際に月面ミッションに携行したことから「ムーン・グラス "Moon Glasses"」とも称される。実際、ジョン・F・ケネディ(JFK)大統領もAOのサングラスを日常的に愛用しており、マルコムXもAO製のサーモント(Sirmont)を愛用していたことで知られる。

ファッションはすべてを内包する——階級・人種・民族性(エスニシティ)、ジェンダー、セクシュアリティ
ファッションは階級意識と不可分に結びつく。ブランドがもっている記号性が重要になる。思い浮かべて欲しい。なぜある文化圏のにいちゃんは、あんなにグッチの帽子をかぶって、ダメージ・ジーンズを組み合わせるのだろうか。そして、ある文化圏のねーちゃんもなんであんなにルイ・ヴィトンの財布やバッグを持っているのだろうか。男性の経営者は、なぜロレックスばかり買うのだろうか。それは、端的に言って、自分のもつ経済力を誇示するための「衒示的消費」という欲望と結びついているからだ(ソースタイン・ヴェヴレン『有閑階級の理論』参照)。そういったハイブランドを身につけることができる経済・社会層は限られている。だから、それを所有していることが、かれらの階級意識に結びついているということだ。経済力を見せることによって「カマしたい」ということだ。

また、ファッションは人種・民族性とも強固に結びつく。さきにもあげたように、第二次大戦中のズート・スーツは、アフリカ系アメリカ人であること、メキシコ系アメリカ人であることとほぼ不可分にむすびついていた。それゆえに、1942年から1943年にかけては、ズート・スーツを着た若者をねらって暴行を加える「ズート・スーツ暴動」が巻き起こった。そうした人種・民族性的なステレオタイプと、特徴的なファッションがむすびつけられていたことの証でもある。そして、アフリカやアマゾンの奥地の民族であっても、その人たちを同じ民族たらしめるのは、かれらが同じ民族衣装を着ているからにほかならない。そうした人種・民族間の連帯意識(同族意識)を目にみえる形で表現するのが、ファッションだ。
ジェンダーやセクシュアリティとファッションの関係性についても同様のことが言える。歴史的に、西洋社会ではスカート、ドレス、ワンピース、ハイヒール、そしてコルセットは「女性的」なものとしてあつかわれ、対照的に、パンツスタイル(騎士などの実用性から来ている)、ジャケット、スーツスタイルは「男性的」なものとして、社会規範として扱われてきた。つまり、どのファッションを着るかによって、それは「男性的」か「女性的」か、(もしくはそうではない項か)という意味が生じ、それがあらかじめ「つねにすでに (Always Already)」社会のなかでジェンダーとして構築されている世界に、わたしたちは生きている(この点についてはジュディス・バトラーの『ジェンダー・トラブル』などを参照してください)。
例えば、街中で男性がスカートとハイヒールを履いているところを目撃したとしよう。それ自体は、絶対に保障されるべきファッションの表現の自由であり、権利であって、わたしたちが何かを言う立場にはない。ただ、その光景を見た時にわたしたちのなかでは「何か別の意味」が発生しうるということだ。すなわち、そのひとはいわゆる「既存の価値観」におさまった存在ではない、と。これらの現象を考えると、わたしたちのあいだにはすでに「ファッションによる性差/ジェンダー規範」が根強く刷り込まれていて、それを基本軸として、そのひとの自己アイデンティティや、セクシュアリティまでも判断している、といえる。
第二次世界大戦後から1950年代にかけてのアメリカ合衆国では、非常に興味深い「男性/女性」間でのファッションのトランス・ジェンダーな現象がおこった。本来、男性の紳士服店であったブルックス・ブラザーズに、男性用のサイズの服を買いにくる女性客が急増したのだった。そのうえ彼女たちは、男性サイズのボタンダウン・シャツを購入し、自らそれを着ることを選んだ。つまり、ながらく男性によって占有されていたボタンダウン・シャツというアイテムを、女性たちは文化領有し(Cultural Appropreation)、みずからの領域に積極的に取り入れた。この現象は、セブンシスターズをはじめとする名門エリート女子大学で瞬く間に広がった。そうして、襟元を少し解放したシャツのスタイルは、やがて文字通り「女性解放(Women's Liberation)」という社会運動と、新しい「女性らしさ」のイメージ構築にまでつながっていく(参照: "Male Designs on Women," Life, April 5, 1954. この点はまたいつか論文で書きますね…)

さいごに: ファッションは「アメリカン・ドリーム」を叶えるための魔法?——クリアーな外面のイメージは、やがて自分自身に影響する、かもね。
かくいうわたしも、初めはまったく手が届かなかったブルックス・ブラザーズの服だった。ブルックスにはじめて興味を持ったのは、大学一年生の時に購入した『サファリ・ニューヨーカー”Safari New Yoker”』(今は廃刊) という雑誌がきっかけだった。その雑誌からは、東海岸のアメリカン・エリートであるWASPがもつ世界観や美しさ、品格・センスに魅せられた。それ以来、わたしはブルックス・ブラザーズの虜になった。それでも、ドレス・シャツ1枚でも2万円近くするため、たった1枚のシャツを買うにも、センスを尖らせたかった大学生にとってはハードルが高かった。でも、なんとかアルバイトでお金を貯めた。古着も買った。そうして、いまの自分の社会的地位や学生身分に合わないことを承知しながらも、背伸びしてでも物語のあるアイテムをちょっとずつ買うようにしはじめた。
大学院時代には、自身の研究を含めてブルックス・ブラザーズのこと、それを着ているアメリカン・エリートのことをとにかく考えた。そうして、アルバイト代、奨学金で少しずつ余裕ができてきたお金で、またブルックスの服を買い続けた。次第に「アメリカン・トラディショナル」の身の回りのアイテムが増えてきて、わたしのまわりに「文化資本」が増え始めた。
どうやら人間の脳は、明確にイメージした未来を実現する方向に強く作用するらしい。そもそも、脳はイメージした「虚構」と「現実」を区別する術もないようだ。だったら、とことんその理想的なイメージを、1番好きなファッションを着ることで具体化し続けようじゃないか。1818年から歴代の大統領、アメリカン・エリートに愛され続けていた紳士服。多くの移民の「アメリカン・ドリーム(社会的上昇/流動性)」を支えてきたファッション。それに袖を通すことに少しの誇りを感じながら、それに見合う人物になりたいと願っていた。そうしてわたしは、自然とアメリカの大学院に進学することを目指すようになった。
気付けばわたしも、アメリカン・エリートになるための道を進み、そして、気がつけば実際にそうなっていた。ファッションとは不思議なものだ。わたしが心の奥底に持っていた潜在的欲望を代弁/表象するし、それはやがて現実をつくる力になっていった。「表象が現実をつくる」とはこのことで、ジュディス・バトラー風にいうと「行為遂行性(Performativity)」を繰り返すことが、やがてアイデンティティを形成するという命題と一致する。はじめは背伸びして買っただけのブルックス・ブラザーズを着続けると、わたし自身が次第にそのファッションにふさわしい人物になりはじめてきた。これを「アメリカン・ドリーム」といってもいいのかもしれない。こんな奇妙なこと、一体誰が想像できただろうか。ファッションの力は本当に恐るべし。

