<芸術一般:書評>「エピステーメー 全頁特集マルセル・デュシャン」
「エピステーメー 全頁特集マルセル・デュシャン」1977年11月号 朝日出版社

「エピステーメー」は、哲学などの現代思想に関する論考などを掲載する斬新なデザインの雑誌として、1975年から1979年の5年間に発行されていたが、ここに取り上げた号は、そのうちの1977年に発行された一冊である。また「エピステーメー」は、1970年代後半の現代思想ブームを反映していたのだが、もともと多くの読者を得られるような分野ではないこともあって、5年という短期間の発行に終わってしまった。一方、この雑誌から発展したものして、同じ出版社から「エピステーメー叢書」という新書が発行されている(私も数冊購入している)。ちなみに、「エピステーメー」とは、ギリシア語で知識や科学を意味する言葉である。
この1977年11月号は、私の大好きなマルセル・デュシャンの特集ということで購入したのだが、発行した1977年当時の私は高校三年生の18歳だったので、まだデュシャンを知らない年齢だった。一方、私がデュシャンを知ったのは大学四年生の21歳だったから、多分この雑誌は、1980年頃に神保町の古書店辺りで購入したのだと思う。しかし、購入経緯の記憶は曖昧であり、また購入後すぐに読まずに長く実家の本棚に積読状態だったため、本雑誌の内容をオンタイムで知識として吸収することはなかった。
そうした長い時間を経過した後となった今、ようやく読んでみると、既にデュシャンについて良く知っている事柄が多く含まれていることから、「そうか、そんな見方があるのか」などと言った新鮮な気分にはなれなかった。それでも、三つほど気になるところがあったので、それを紹介したい。番号の次は、論考の表題であり、続けて著者名そして訳者名を記載した。なお、文中にある(注)は、私が理解の助けとなるべく付記したものである。最後に、長い時間を経過することで浮上したと言える私見を、<参考>として添付してみた。
1.「水はつねに複数形で書く」オクタビオ・パス著 柳瀬尚紀訳
著者は、20世紀後半に活躍したメキシコの著名な外交官・詩人・批評家で、デュシャンについての著作もある。パスは、この中でベラスケスの「ラス・メニーナス(女官たち、侍女たち、腰元たち、など多様な翻訳あり)」との関係に言及しているが、その一部に、以下のように書いている。
以前デュシャンを論じた際、わたしはベラスケスと彼の『腰元たち』を挙げた。しかし『腰元たち』と『大ガラス(注:デュシャンの代表作である「彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも」の略称)』において表題となっているものは、『与えられたとせよ(注:デュシャンの遺作となった「1.落下する水、2.照明用ガスが与えられたとせよ」の略称)』においてはひとつの行為である。われわれは実に覗き屋に変えられ、また目撃者にも変えられる。われわれの証言が作品の一部なのだ。
<参考>
ここで面白いのは、「ラス・メニーナス」という作品が、鑑賞者の視点が移動することによって作品が成立していることと、デュシャンの「大ガラス」及び「与えられたとせよ」の二つ共に、鑑賞者の存在(特に「与えられたとせよ」は覗き穴が用意されている)を前提にしていることとの共通性である。

この鑑賞者を前提にして、また鑑賞者が存在することで成立する前衛芸術は、現在では当たり前に美術館で展示されているが、これを最初に意識して始めたのはデュシャンその人である。


2.「デュシャンの地に関してに関する注づけ、さえも」柳瀬尚紀著
著者は、ジェイムズ・ジョイスやルイス・キャロルの翻訳・研究で著名な英文学者で、本稿は、ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』とデュシャンとの関係を、「注」というキーワードを基にして論じたものである。その中で、私が関心を惹かれたのは以下のところだ。
★24――デュシャンにおいて神はどのようになってしまったのか、「神が死んだので天使たちは妙な立場に取り残された」(ドナルド・パーセルミー)。むろんここで神を芸術に置き替えて読むことは禁じられていない。
<参考>
デュシャンはキリスト教であったと思われるが、芸術家として活躍した後、完全に無神論者になったとは確認されていない。また、ニーチェなどのいわゆる「神は死んだ」などの哲学書に親しんだということも確認されていない。しかし、20世紀の芸術一般には、この「神は死んだ」というイメージはいろいろなところに顔を出しているので、著者が述べるようにデュシャンと結びつけて考えることは、文字通りに「禁じられていない」。とはいえ、デュシャンの世界が、宗教的あるいは反宗教的というイメージはないので、ここで無理矢理論考の対象にする必要性はないのではないか。
なお、神の死によって、その御使いである天使の立場が無くなったというのは、なかなか面白い観点だが、これについてもデュシャンが何かの回答を出したとは思えない。デュシャンは、極めて観念的かつ哲学的芸術家ではあるが、宗教との関係性は希薄だったと思う。また、デュシャンにとって芸樹と宗教は、最初から最後まで関係するものではなく。芸術はただ芸術そのものであっただけだと思っている。
3.「ケージを聴くデュシャンを聴く」ジョン・ケージ アラン・ジェフロワ著 岩佐鉄男訳
20世紀を代表する前衛作曲家ジョン・ケージ(JC)は、デュシャンの親友であったが、1973年自身が音楽を提供したジャスパー・ジョーンズのバレエ『一日か二日』の上演のため、パリを訪れた。その時アラン・ジョフロワ(AJ)が、ロベール・コルディエ(RC)を通訳として、ケージをインタビューし、デュシャンについて聞いた記録が本稿である。
この中で、ケージが述べている会話がとても楽しいので、それを4点程紹介する。なお数字の後にあるのは、本稿にあった小題あるいは私が便宜的に付けた小題である。
(1)「お前には関係ないことだ。」
JC こう言っていいと思います。たとえば、おそらく・・・けれども、私が思うには、シェーンベルク(注:20世紀の前衛作曲家)でもそれ(注:自身のアイディアを盗まれるという考え方)には反対したでしょう。しかし、彼は多くの作曲家に影響を及ぼしています・・・彼らに十二音楽(注:十二音階で作曲された作品)を書かせるという。そこには・・・一種の仕事のシステムがあります・・・それは伝えることができるでしょう。前に・・・私が彼に《十二音》のある問題について質問したとき、彼はこう言いました。《お前には関係ないことだ》。
<参考>
この会話は、ケージが禅に言及することに続いており、そこでは、禅の師は弟子から質問された時に、「お前には関係ないことだ」式のネガティヴな態度をすると述べている。これは、禅(の公案)においては、質問から回答という師弟関係は否定されており、師と弟子との関係は、同じ問題について自分で導き出した考えを共鳴し合うものとなっていることを意味している。そのため、ここにあるような「お前には関係ない」(自分で考えろ)という言い方につながる。
(2)デュシャンにチェスを教わる。
JC 彼(注・デュシャン)は(注:チェスを)教えてくれました、それにナイトを落としてくれて(注:ナイトの駒を予め取られたことにして、ケージにハンデを付けた)・・・。彼は私に腹を立てていました。私が馬鹿げた手をさすものですから。彼が死んでから、私は勉強しました。彼が生きている間は、あんまり・・・。私は上達しました・・・でも、それを彼に言う方法がないのです(笑)。ああ、神様!
<参考>
この箇所以外にも、デュシャンとケージがチェスをしていたことが多く語られているが、ケージは明確に表現していないものの、デュシャンとのチェスはそのままデュシャンとの会話=コミュニケーションになっていたのだろう。デュシャンは多くを語ることはしない寡黙な芸術家であったため、彼の思想などを明確な言葉で知ることは困難である。しかし、デュシャンとの間でチェスを指すことによって、まるで禅の公案のように、それがデュシャンの考えていることを知る貴重な方法になっていたと思う。

(3)深みのある人間は東洋思想を学ぶ。
JC ひとつ変わった例をあげましょう。西洋思想においては、深みのある人間になろうと思った人は・・・ドイツに向かうのです。
AJ 《そして浅薄であろうとする人は、フランスに向かう!》(笑)
JC そう!
AJ デュシャンのように?表面のモデルとしてのデュシャン・・・(ケージがいれようとしていたコーヒーを取りに行って、戻ってくる)。
JC さて、ドイツでひじょうに深められたものは、対立するものに統一を見いだそうという欲求です。形式と内容とか、そのような類の。それに対して、東洋の思想(注:禅)では、哲学ははっきり異なっている四つの部分に分けられます。
<参考>
この四つの部分とは、利(アルク)、愛慾(カーマ)、法(ダルマ)、解脱(モクシャ)であり、ケージは、デュシャンなどの芸術家に対して、これらの四つの言葉を基にして説明しているが、そこにはどこかこじ付けのような印象が拭えない。それは、ケージが東洋思想(禅)を鈴木大拙に直接学んだといっても、それで禅を会得した(大悟した)わけではないことが理由なのではないか。そもそも禅は、何か別のものを理解するために使う道具ではなく、禅は禅それ自体でしかないのだから。
(4)鍵はなくてもドアは開け閉めできる。
AJ もう一方で、カバンヌがまるで自転車のチャンピオンを相手にするときのように、彼にインタビューしてますね(注:邦訳『デュシャンの世界』)。それがたぶんデュシャンを喜ばせたのでしょうが、カバンヌを信じれば、彼はカフェのボーイの生活を送っていた・・・。中心がないのです――デュシャンという。中心もなし、秘密もなし、鍵もなし。
JC そんなことは不可能だ!こんなお祈りなんかでは・・・先生方の。記録文書になって、どこかへ消えてしまう。
AJ 先生方はそのことを少しも御存知ない。
JC だから、たとえ鍵をもっていたとしても、ドアを開けない方がいいのです。
<参考>
「鍵をもっていても、ドアを開けない方がいいのです。」という言葉は、おそらくデュシャンの作品について、例えば精神分析の方法で解読したり、あるいはロラン・バルトばりの記号論で解読したりすることを受け入れないということだろう。さらに演繹すれば、(カバンヌなどの)美術評論家たちが、デュシャンについて様々な解釈をすることにも言及しているように思う。
例えば、「大ガラス」は、その題名に捉われて、「独身者男性」とか「花嫁」とか「婚姻(性交)」などの単語に惑わされてはならないのだ。そこにあるものを、ただそのものとして受け止めるべきではないだろうか。これは、「遺作(与えられたとせよ)」にも当てはまると思う。そこにある裸体の少女や照明用ランプなどに捉われてはならない。もっと言えば裸体の少女を人として意識しない方が良いのだ。そこにあるのは、単ある人型のオブジェであり、全体の構図の中でなぜか人型のオブジェが必要になったというだけなのだ。
ここには、何らの物語や意志は働いていない。ただここにあるものを視覚で捉えるだけの芸術であると、鑑賞者が個々に楽しめば良いのだ。もちろん「視覚で捉える」という概念は、デュシャンが印象派を否定した「網膜の芸術」ということになってしまうが、それを超えるものとしての「視覚」であったと言えないだろうか。
ところで、デュシャンはサルバトール・ダリとも親しくており、彼のスペインの家を度々訪ねている。ある時ケージは、デュシャンに誘われてダリの家を訪ねたのだが、ダリ、(ダリ夫人でマネージャーの)ガラ、デュシャン、ケージの4人で会話した時間が苦痛だったと述べている。ここでは、ダリが一人で話し続け、デュシャンは黙ってダリの顔を見ていたそうだ。ケージがこの後で気づいたのだが、ダリの目がとても美しいことを知り、これが、デュシャンがダリを好み、またダリの作品(ケージの観点からは、単なる商業主義の陳腐なもの)を誉めていたことの理由だったと回想している。
ダリの絵画作品は、デュシャンが否定する「網膜の芸術」そのものであるが。それを否定しないところにデュシャンらしさがあるように思う。デュシャンは、生き方そのものが芸術であり、またどんな人のどんな作品であっても、その人の生き方が芸術であれば誉めていたのではないだろうか。ここに意外とデュシャン解読の最終解があるように思うのだが・・・。
<私が、アマゾンのキンドル及び紙バージョンで販売している、音楽から着想を得て作った短編小説及び散文詩をまとめたものです。>
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