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もっと、ちゃんと生きたい。だから遺影を毎年撮ることにした

自分の「遺影」をいつ撮るか決めてますか?


先日、「使わないための遺影撮影会」に行ってきました。

きっかけはXの投稿。
ふと、いつものようにXの投稿をスクロールしていると、こんな投稿に出会いました。

ヒサノモトヒロ 《ドナタ》さんの投稿


この投稿を見て、
「そういえば、うちのばあちゃんは、どのタイミングで遺影を撮ったんだ?」

「そもそも自分で選べたのか?」

「いや、あの写真はきっと、うちのおかんが選んだやつだ。なんでこんな、ニヤッと不敵な笑みの写真にしたんだろ?って思ったことあるもんな。」

だとしたら、自分は……


まずい!!ろくな写真がない気がする。

いや、絶対ない。


なってったって、カメラだろうがスマホだろうが、レンズを向けられると、なぜかちゃんと笑えない。写真を撮られるという行為が苦手すぎる自覚がある。

この苦手レベルでいうと、日本でもランキング100位には入れるんじゃないか。

急に焦ってきた!
なおさら、この取り組みが気になってきたぞ。


だってさ、写真がみんなかっこ良すぎん?


遺影じゃないじゃん。思ってるやつと違う。
これ、もはや、アー写じゃん。
わたし、アーティストですよ、を見せるための宣材写真じゃないですか。

自分もこんな感じに撮ってもらったら、モテちゃうかもな。
死んだ後だけど。

でも、素敵に撮ってもらいたいじゃないですか。
死んだあとくらい、「あいつかっこ良かったよなー」と遺影の写真で誤認させて、記憶を書き換えておきたい。

と、頭ん中はいつも以上にうるさくしていましたが、「遺影を撮る」という特殊な体験への好奇心が止まらず、その衝動と勢いのままに、QRコードを読み込み、googleフォーム記入し、をいつの間にか申し込みが完了していました。

📷

何を着ればいいんだ?

遺影とは死んだ後も残り続ける写真である。

「おいおい、ちょっと待てくれよ、そんな写真の撮影に一体何を着ていけばいいんだ?」

助けて〜ドラえもん!!
ということでchatGPTに聞いてみました。

「遺影の服は何がいい?」

遺影の服装は、残された人が見て安心できることや、本人らしさを大切にすることが多いです。いくつかの観点を整理しますね。

基本的な選び方清潔感のある服:シンプルで落ち着いた印象のもの(無地や控えめな柄)。
フォーマル寄り:男性ならスーツやジャケット、女性ならブラウスやワンピースなど。必ずしも喪服でなくて大丈夫です。
濃い色や落ち着いた色:黒・紺・グレーなどが一般的。ただし「その人らしさ」が出る色も選ばれます……

……うん、そういうことじゃない。
ということはわかりました。

さて、改めて、何を着たらいいのか?

今手元にある服にするのか?
このために新しく買うのか?

色々悩む中で、一旦クローゼットの中の洋服を見てみることにしました。

そこで見えてきたことは、自分の中の定番があること。

でかくて、普通で、心地いいこと。

相手に合わせた、おもてなしのスーツではなく、ブランドが全面に出たかっこいい服でもない。

最後は、自分のためのいつもの服を着よう。

どうせ死んだら何も持っていけないんだし、かっこよく見せるのも、すごく見せるのも、マジでどうでもいいな、と思えてきたのがおもしろかった。

自分が満足、納得すること。

詰まるところ、好きなんだからそれでいいじゃんで決めることにしました。

その洋服がこれ。

・生地が厚くて着心地のいいCAHLUMNの白のパックTシャツ
・素材の気持ちいいCAHLUMNのリネンのオープンカラーのシャツ
・ガバッとはけるNAUTICAネイビーのチノパン
・毎朝の散歩の相棒、黒のニューバランス991

でかくて普通でいつもの自分。

うん、やっぱりこれがいい。

👟

髪もちゃんと整える

これはもう迷うことなく、長年お世話になっているTHE DAY TOKYOの天野さんのところへ。

「今度、遺影を撮ってくるんですよ」

「おっそうなんだ。なんか、おもしろそうだね。」

「遺影」というインパクトあるワードを使ったって、当たり前のように受け止めてくれるこの包容力よ。

こういう人がモテるんよ。

THE DAY TOKYO

ねっ?イケオジでしょ?

ずっちーな。(覚えてる人いるのかな)

本物のイケオジに髪を切ってもらいたい人はぜひ行ってみてください。

ちなみにメンズオンリーの美容室です。

🦞

今、身につけてるものは遺品になるかもしれない

服も選んだ。

髪も切った。

よし、これで大丈夫!

「いや、でも待てよ、アクセサリーどうしよ?」

これ、以外と悩みました。

服を選んでる時は、「かっこつけなくていいやん。」となったけど、普段からピアスも指輪もつけてるんです。

あぁ、矛盾。
矛と盾が不毛な戦いをはじめちゃいましたよ。

さて、どうするか?

このことを考えてる時にふと頭をよぎったのが、3歳の娘のことでした。

彼女は、僕の時計を見つけては、「これつけて!」っといってくる。
体には大きすぎる時計をつけては、いつもご満悦な表情で、モデルさん気分。

バチくそかわいいわけですよ、弊娘は。

ああっ完全に娘自慢になってしまったのですが、これが気づきになりました。

「そうか、今、自分の身につけてるものは遺品になるのかもしれない」

息子と娘それぞれに何かを残せたらいいなと思い、普段つけているものを2人に渡す遺品として、撮影当日も身につけていきました。

息子にはこれ。

G-SHOCK5900のオールブラック。

僕は、黒の洋服を着ることが多かったので、彼が描いてくれた絵に出てくる僕はどれもまっくろくろすけ。

この時計はそんな真っ黒な時計。ファッションに興味がなくてもつけやすいし、アナログなメカっぽさは、小さい時から電車が大好きな君にはピッタリなはず。

娘にはこれ。

CAREERINGのピアス(MIDNIGHTCOWBOY)。

いつもママのイヤリングをつけてプリンセスを楽しんでる君には、パパのお気に入りのピアスを。その天真爛漫な君の耳元に、いつもピースマークが揺れてるなんて最高に素敵でしょ?

⌚️☮️

遺影の写真は、まったくもって、笑わなくてよかった

いよいよ当日。

用意した、いや、用意しないと決めた「いつもの服」を一応前日に用意しておいた。

朝、いつものようにシャワーで目を覚ましたら、ひげも剃る。
写真でもわかるくらい、カミソリで切っちゃうあたりが自分だなと思う。

さて、気を取り直して、
XLのでっかい白Tシャツに、がばっと頭を突っ込んで、

シャツのボタンは一番上まで留めることはなく、えりは大きく開いたままに、

ネイビーのチノパンはウエストが大きいのでベルトはちゃんとする。

髪をドライヤーで乾かしたら、ワックスとミルクでセットをする。
こういう、いざという時が来ると、美容師だったのはラッキーだなと思ったりする。

美容師の仕事で、撮影では、思ったよりペッタリ見えてしまうことを知っていた。
なので、毛先をもりもりに遊ばせておく。

いつものピアスをつけて、腕時計も装着。

履きやすくてお気に入りのニューバランスの991に足を突っ込んだら、いざ出発。

いや、あっつい!!

空は雲一つない快晴。
ギャンギャンに太陽が照りつけていた。
仕返しかのようにコンクリートの地面からも熱のカウンターパンチ。

卵落としたら目玉焼きができそう。

駅に着くころには汗がだっらだら。

黄色いラインの入った総武線の各駅停車にのんびり揺られて、外とは打って変わっての極寒の車内で震えながら、向かうは代々木駅。

駅を降りたらまだ時間があったので、駅前のファミリーマートで差し入れの飲み物を買って会場へ向かう。

なんだか雰囲気のあるお店がいっぱいある。

着いた。

撮影会場はスタジオ「レンズマン」

はぁー名前からもうかっこいい。
センスのよさにため息が出ちゃう。

この階段を降りるといよいよスタジオ。

なんだか、めちゃくちゃ緊張してきた。

「こんにちは。」

おそるおそる会場のドアを開けると、ヒサノさんが出迎えてくれました。

お互いに「今日はよろしくお願いします。」と挨拶を交わして、

「あっこれ差し入れです。」

「わざわざありがとうございます。」

なんて、ぎこちない会話をしながら、

「よかったら荷物置いてもらって、髪とか整えてもらったら声かけてください。」

女優ミラー、ハリウッドミラーなんて呼ばれる鏡の前で髪を整える。

ライトにキラキラ照らされて鏡にうつる38歳のおじさんの姿がなんだか滑稽でおもろかった。

studioレンズマン

「準備OKです。」と声をかけると、いよいよ撮影がはじまった。

おおっきてしまったこの時間が。

先にも書いたのだけれども、写真にうつるの苦手選手権では日本トップ100には入ると自認している。

緊張して表情はもちろんカチコチだったと思う。

でも、撮影の時は、
不思議な体験が待っていました。


「レンズに自分の顔見えますか?」

「はい、見えます」

「その自分の顔をぼーとみててください」

「カシャ、ピピー」

とフラッシュの光と一緒にシャッターの音がスタジオに響く。


「あれ?笑わなくていいのかな?」
「もう少し、キリッとした表情にした方がいいのかな?」
と気にしたり見栄を張り始めると、すかさずヒサノさんから声がかかる。

「レンズの自分の顔をぼんやり見てみてください、ぼんやり。」

言われたままに、ぼんやり見ていると、

「カシャ、ピピー」

「カシャ、ピピー」

「カシャ、ピピー」


とリズムよくシャッターがきられる。

「ちょっとチェックしてみましょう。」
とヒサノさんから声がかかる。

あれっ?これでいいのか?
何も表情作ってないし、なんなら、ぼーと自分の顔みてただけだぞ。

不安になりながらも、PCにうつる自分の写真をのぞいてみる。

そこに写っていたのは、「自分」でした。

いや、当たり前でしょ!と思うんだけど、そうじゃないんです!

シミもシワも精細にすべてが写し出されたその写真を見て、生まれてはじめて、写真にうつる自分に対して、そのままの「自分」を感じたんです。

そこには、嘘も見栄も何もない(だってぼーっと見てただけなんだから)

そのままの自分。

ちなみに人は鏡ですら無意識に表情を作ってしまうらしいです。

だから、PCにうつる自分の姿に「自分」を感じたことにびっくりしたんです。

それと同時に、

「あっなんだ。そのままが写るなら、なんもしなくていいじゃん。」

「どんなにかっこつけたって、全部ばれちゃうしな。」

そうやって前向きに諦めがついてからは、ただ言われたままに、ぼーっとレンズの中の自分を眺めていました。

ときに雑談しながら「笑っちゃった」時には同じようにシャッターがきられる。

そんな、向けられたレンズにぼーっとを繰り返した不思議な30分間でした。

撮影はあっという間に終わり、

写真はこんな感じ。

撮影:ヒサノモトヒロ

帰り際、

「この活動って毎年やるんですよね?」

「40年はこれやるつもりです。」

「そしたら、僕より先に死なないでくださいね。」

「そうですね、また来年も会いましょう。」

お互いに、また来年も会う約束をして、スタジオをあとにしました。

📸

命が1年ごとに更新される世界で、あなたはどう生きますか?

この遺影を撮るという体験を通してずっと考えていたことは、「生きる」ということでした。

自分の死を意識したときに、何か色々出てくるかな?と思っていたのですが、出てきたことは意外にも一つだけでした。

自分に正直に生きたい。

ただそれだけでした。

自分の感じるままに、自分の思うように、
好奇心や衝動に一切ブレーキを踏むことなく、
遠慮なんて1ミリもしない。

体も頭も心も全部使って生き切りたい。

逆にいうと、今は全然そんなふうに生きれてない。

ビビって自分を抑えて、
思いを形にする前に、アホほど考えて悩んで時間だけがすぎていく。

好奇心も衝動も、こんな自分に愛想つかして、動いちゃくれない。

そんな毎日になんとなく、つまらなさを感じているけど今を変えようとしないで、こんなゆとりある毎日も幸せかもなぁ、なんて思ってもいないくせに上手く納得させようとして、もやもやする毎日。

おい、自分よ、そのままでいいんか?

……んなの、いいわけないだろ!!!!!

もっと、ちゃんと、生きたい。

この1年に1度、遺影を撮るという行為は、
「死ぬ時のための事前準備」ではなく「今を生き直すための儀式」として、これから、また1年、また1年と、いつかその時が訪れるまで続けていこうと思います。

さて、来年の撮影の時には、マジで今年は生き切ったわーって思えている自分がいるだろうか?

毎年、その1年を生き切った証として、
使わなかった「遺影」「縁起物」として増やしていきたい。

もし、あなたの命が
1年ごとに更新される世界だったとしたら
どう生きますか?

❣️

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