新メンバーは総理大臣!?〜六十歳、アイドルはじめます〜 【ショートショート】
大晦日の朝八時。
官邸の一室から、謎の爆音が響いていた。
「ドン・ドン・ドン!」
リズミカルなドラムの音。
秘書官の佐藤が慌てて扉を開けた。
「総理っ、何をされてるんですか!?」
「リハビリよ、リハビリ!アイドルは体力勝負だからね!」
総理大臣・橘早苗(たちばなさなえ)、六十歳。
名実ともに日本のトップだが、趣味はドラムとバイク整備。
今夜、彼女はとんでもないステージに立つ予定だった――人気アイドルグループ「Colorful★Muse(カラフル・ミューズ)」の大晦日カウントダウンコンサートだ。
ことの始まりは一週間前。
グループのリーダー・美紅(みく)が言った。
「年末の目玉、なにかインパクトほしくない?」
そこでスタッフが冗談交じりに提案した。
「総理に声かけてみます?」
笑いが起こったが、まさかの返事が官邸から届いた。
《特殊メイクをして正体を隠せるなら出演可能です。新メンバー扱いでお願いします。》
現場は凍りついた。
「ガチで!?」
「セキュリティどうするの!?」
結果、万全の警備のもと、極秘プロジェクトが動き始めた。
総理のコードネームは“サナ”。
白の衣装担当。
メイクの専門チームが連日官邸に出入りしたが、何をやっているかは誰にも明かされなかったという。
当日、控え室。
「……ふふっ、これ、私?」
鏡の中には、どう見ても二十代の新人アイドル。
メイク担当が胸を張る。「特殊シリコン三層構造です!」
そこへ美紅らメンバーが入ってきた。
「サナさん!よろしくお願いします!」
「こちらこそ、みなさんの邪魔にならないよう頑張ります」
総理はぺこりとお辞儀。
だが次の瞬間、彼女はおもむろにギターケースを開いた。
「あと、リハでギター弾いてもいいかしら?」
「……総理、じゃなくてサナさん、それどこから持ってきたんですか!?」
「趣味よ。」
メンバー全員、「さすが国のトップ、スケールが違う」と目を丸くした。
ステージ裏。
ライブは佳境。歓声が天井を震わせる。
そしていよいよ、サプライズ時間。
美紅の声が響く。
「みんなー!今日は新メンバーを紹介します!“サナ”です!」
白いライトが走る。
サナ登場。
走りながらポーズを決め――派手にターン、そして思い切りフレームアウト。
「す、ステージの端っ!」
客がどっと笑う。総理、登場から全力でオチをつけた。
新曲『Dream Countdown〜白から始まる物語〜』が始まる。
センターに立つ総理は堂々たるもの。
「うおー!新メンバー歌うまっ!」
「声量すごい!」
「てか、ちょっと総理に似てない!?」
「なわけあるか!総理は年越し特番に出てただろ!」
──特番は収録だった。
熱気と笑いに包まれたまま、ライブは最高の盛り上がりで終わった。
「サナ、最高だったよ!」
「ありがとう。まったく、“国民の前で踊る”ってこういう意味だったのね。」
誰も総理だとは気づかないまま、ステージは幕を下ろした。
翌朝、官邸に戻ったサナ……じゃなくて早苗。
久々に愛車のクラシックスポーツカーをいじりながら、にやにやが止まらなかった。
「いやぁ、スクワットより効いたわねぇ」
そんな彼女の姿を見かけた秘書官の佐藤が、恐る恐る尋ねる。
「総理、その……昨夜は本当に行かれたんですか?」
「何のことかしら?」
とぼけつつ、リズミカルにスパナを回す。
手際が妙に軽やかだ。
背後でテレビのニュースが流れ始めた。
『昨夜のColorful★Museカウントダウンライブに新メンバー“サナ”が登場!素顔不明ながら、年配層からも人気急上昇!』
「……どうやら国民にウケたようね」
「総理、本当にいらしてたんですね!?」
「だから、何のことかしら?」
完全にノっている。
新年の記者会見。
総理はいつも通りきちんとしたスーツ姿で登壇した。
記者が「年末年始はどう過ごされましたか?」と尋ねる。
「ええ、実はあるステージに立たせていただいて、とても学びの多い時間でした。」
「ステージ?」
「はい。皆さん、テレビでご覧になったかも?」
記者たちが顔を見合わせる。
会見後、一斉にネットが騒ぎ出した。
《ま、待って。“サナ=総理”説あるぞ!?》
《身長と手の動き一致してる!》
《総理、踊れるの!?》
《演説じゃなくてダンスもバズる政治家とか最強じゃん》
「#サナ総理」「#六十歳アイドル」「#年末の奇跡」がトレンドに。
Colorful★MuseのYouTubeチャンネルの再生数も爆上がりした。
美紅からの直筆メッセージが官邸に届く。
《サナ総理、今度は合宿もお願いします!》
「……合宿?」
早苗は苦笑して、愛用のドラムスティックを軽く回した。
午後。
官邸の休憩室。
テレビから流れる自分のライブ映像を観ながら、早苗はカフェラテをすする。
秘書官の佐藤がそっと尋ねた。
「総理、次の休みもライブ……ですか?」
「いや?次はロックフェスにギターで出てみようかと思って」
「……勘弁してください」
笑い声が窓からこぼれた。
外には、新しい年らしい明るい冬空。
早苗は呟く。
「政治も芸能も、楽しむ心がなきゃダメね」
その後、“サナ総理”は国民的アイコンとなり、Colorful★Museの名誉メンバーとして公式サイトに名前が追加された――ただし担当欄には、
《総理兼ベース見習い 白》と記されていた。

