見出し画像

自己肯定感ゼロ・メンヘラから占い師になるまで|望む未来は自分で創れる

「未来を創る」

ということを信条に活動し、
気づけば占いを始めて
11年目(秋で12年目)になります。

お金がある、社会的ステータスがある…etc
そういったことも大事だと思いますが、

何よりも、
自分の好きなことができていて、
精神的な自由があって、
自分自身に「選ぶ」余地がある。

その状態でなければ、
人は幸せとは言えないと思っています。

だからこそ、自分の軸を持って
自分の意思で、人生を切り拓ける人を増やしたい」
そういう想いで占いの活動をしています。

.
昨年は会社員を辞め占いを本業にし、
昔と比べると生活は本当に激変しました。

先月は、ふらっとタイに行ったり✈️

また、今月初めは、手相占いスクールの生徒さんと
有名な神社の参拝ツアーをしたり⛩️

占いを仕事にして、毎日楽しく
自分のやりたいことができるようになりました。


「未来を当てる」のではなく、
「未来を創る」ことを目指す

占いをしていて大事にしているのは
【未来を創る鑑定をする】
ということ。

占いというと、
「あなたは〜〜な性格ですね」
「何年後にこんな出来事が起きます」
と、現状や未来を当ててくれるもの。
そんな印象を持っている方も多いと思います。

ですが、私はそれだけではない
と思っているんですよね。

大事なのは、自分の性質や現状を把握して
「このままいくと、こうなる可能性がある」
と知った状態で、

自分の意志で、望む未来を選び直せること。

占いは、未来を言い当てるものじゃない。
未来を創るための手段。
そう思ってやってきました。


ここで簡単に、
私のこれまでをお話ししておくと、

慶應義塾大学在学中に占いを学び始め、
占い歴は今年11月で12年目になります。

・鑑定した方は累計5000人以上
・手相占い講座の受講生は約100名(2024年6月〜)
・生年月日占い講座の受講生は約30名(2026年6月〜)

その他にもタロット、算命学、気功、潜在意識の書き換えから、 前世療法や守護霊鑑定、霊視といったちょっと怪しげなもの、NLPコーチングといったロジカルなものまで、 300万円以上をかけて、わりと手当たり次第に学んできました。

手相講座のオフ会の様子☺️

***

今では脱サラして、占いを本業としてやるようになり
お金を理由に何かを諦めることもほぼ無くなり、
毎日楽しく過ごせるようになったおかげで
最近はこんなふうに言われることも少なくないです。

「先生はきっと、ずっと上手くいってたんですよね」
「お嬢様っぽい感じがして羨ましいです」

正直にめっちゃ嬉しいです🥹✨️✨️
本当に、嬉しい!

なんですが、、、

ここに来るまでは、
まったく違ったんですよね…

.

.

.

元々はとんでもないメンヘラで、
元彼のことを引きずり
3年間ずっと病み続けたり(長すぎるw)。

毒親育ちで、親の言いなりになるしかなく。
自分軸なんてものは一ミリもない。
やりたいことも、夢もない。
誰かに依存することでしか生きていけない。

投資詐欺に何度も引っかかって300万近くを失い、
実家暮らしなのに、なぜか貯金はゼロ。
リボ払いでギリギリの生活。

とにかく、悲惨でした。

.

だからこそ、伝えたいんです。

・今、なんだかモヤモヤと悩んでいる
・自分のやりたいことができていない
・「誰かのために」と言いながら、自己犠牲的な生活に疲れきっている
・変わりたいけど、どうしたらいいのか分からない

こんなふうに悩んでいる方に。

本当は、あなたはもっと輝ける。
自分の運命は、変えられる。

ということを。

.

「ゆいさんだから上手くいったんじゃないの?」
そう思う方もいると思います。

なので今回は、これまで誰にも話してこなかった、
私のちょっと暗い過去のほうにも触れていきます。

少し長くなりますが、
最後まで読んでもらえたら嬉しいです。


自由がなく、顔色をうかがうだけの子供時代

私の親はいわゆる毒親でした。
学歴至上主義で、度が過ぎたスパルタ教育。
そして過保護・過干渉。

父は近年稀に見る亭主関白ぶりで、
気に入らないことがあれば母を家から追い出し、
土下座させて謝らせることは日常茶飯事でした。

.

ショックなことはたくさんありましたが、
そのなかでもどうしても脳裏から離れない光景。

私が5歳の頃のこと。

ちょっとしたことがきっかけで親が言い合いになり、
気づいたときには、父の手に刃物が握られていて、
その切っ先が母のほうを向いていた。

蛍光灯の光が、刃の腹でちらりと反射する。

目の前で何が起きているのか、
頭では理解が追いつかなかった。 

ただ、「この人に逆らったら生きていけない」
と本能的に感じざるを得なかったです。

.

そんな恐怖政治で支配される家で育ち、
私は親の顔色をうかがい、 場がうまく収まるように
本音を飲み込む子どもになっていきました。

そうするしか、生きていけなかった。
自分にとっては、家庭内での処世術だったんですよね。

お嬢様っぽい(ように見える)らしく、
「蝶よ花よと育てられたんでしょ?」
なんて言われることがあるけれど、
怒られるときはよく殴られていました。

「実家のような安心感」
という言葉は一生理解できない環境です😇


やりたいことなんて望まない。
感覚を麻痺させる日々

親はありがたいことに
教育には惜しみなくお金をつぎ込んでくれたものの、
有無を言わせず、とにかく勉強させる教育方針でした。

その甲斐あって、中学受験で県内トップの名門校に入学。

そこから楽しい学生生活が始まる——かと思いきや。

中高時代は思い出そうとしても、
ほとんど記憶がなく、記憶が封印されるくらいに
本気で思い出したくない日々。

「10代に戻れるなら全財産払ってもよい」
と感じる人は多いという調査結果もあるらしいですが、
私はたとえ1億円貰えるとしても絶対に戻りたくない。
そう思うくらいに地獄のような日々でした。

.

7歳年上の兄も同じくスパルタ教育を受け、
そのおかげで現役で東大に合格していました。
そのこともあり、親は私のことも絶対に東大へ入れようと躍起になり。

私は小さい頃から絵が好きだったので、
中学に入ったら「絶対に美術部に入りたい」と胸を膨らませていましたが、

「勉強しないといけないんだから、
 忙しくない部活にしなさい。
 将来役立つし、料理部に入りなさい。」

選択する余地すら与えられず、
なぜか強制的に料理部に。
(いや、まだ中1だぞ???
好きな部活にくらい入らせてくれよ、、、)

授業が終わればすぐ帰宅。
夕飯を食べたら22時過ぎまで勉強。
休日も朝から夜まで勉強。
帰宅時間も勉強時間も、
記録を付けさせられていたのでサボれない。

そしてクリスマスも誕生日も勉強。
大晦日だけで例外で19時に終わっていいくらい。
本当に何が楽しくて生きてるんだ?
っていうくらいに勉強漬けです。。

放課後に友達と遊びに行くことも、
休日に友達と会うことも、
自由に趣味や好きなことを謳歌することも。
一度も経験しないまま、
青春と呼ばれる時間が過ぎ去っていきました。

もはや自分の意思などない。
親の操り人形でしかない。

私のことをよく知る知人からは、
もうそれは箱入り娘とかじゃなくて
監獄娘じゃんって言われるほど😇笑

普通の感覚でいると気が狂ってしまうので、
この頃から「自分はこうしたい」という感情を捨てるようにしていました。

.

それだけ勉強していたので、さすがに成績は良かった。
(じゃないとさすがに困る、、)

主要科目はほとんど90点以上。
高校生のときは塾の特待生になったことも。

周りからは
「いいなぁ!羨ましい」
「ゆいちゃんみたいになりたい」

と、そんなふうによく言われていました。

でも、
いやいやいや!
私はあなたのほうが羨ましい⋯

心の底からそう思ってました。

自分のやりたいことをやって
人生を謳歌している人を見るたびに、
あまりにも羨ましくて、自分の現状を受け入れたくなかった。

「私はなんで、こんな家に生まれたのか」

本気で、自分の運命を呪ってました。

.

高校2年の終わり頃。
いよいよ耐えられなくなって、軽い鬱状態に。

みんなが受験勉強を本格化させる時期に、
私は逆に手につかなくなった。
勉強量だけのパワープレーで保っていた成績も、
元々地頭のいい同級生たちが本気を出したら、軽々と抜かれていった。

さらに、文系理系の選択が分かれ、
それまで皆一律の試験を受けていたのも、
進路により受けるべきものも変わった。

そのときに、ふと思った。

——あれ。私は、何に勝ちたくて頑張ってきたんだっけ。

本当に、意味が分からなくなってしまって。

自分は何がしたいんだろう?
どこに向かってるんだろう?

その問いは答えが出なかった。


自由を手にしても、
そこにあるのは「何もない自分」だけだった

とにかく親の監視下から抜けるためにも
大学受験はなんとか頑張り、
第1志望校ではなかったが、大学に合格することができた。

親から逃れたくて、
ずっとずっと、この瞬間を待っていた。

でも、いざ大学生になってみて
愕然とした。

自分にできるのは、学校で教えてくれる勉強だけ。

ひたすら親の言いなりになってきたから、
自分で何かを始めることも、
自分の頭で考えることも、本当にできなかった。

周りを見渡すと、 自分のやりたいことを持って
楽しそうに生き生きと人生を謳歌している人ばかり。

みんな、キラキラしていた。

その中に立っている自分が、
透明人間みたいだった。

「自分には、何もない」
「親が決めてくれなければ、何もできない」

自由になった途端に突きつけられたのは、その事実でした。

無力感、という言葉では足りない。
「自分」というものが、どこにもなかったんです。

ただ、何者かになりたかった

そんな私が、何を思ったか?

「何者かになりたい。」
その一心でした。一発逆転できるなら、なんでもよかった。

そんなときに、
知り合いから「お金持ちになれる」という話を持ちかけられます。

今なら分かります。
どう考えても怪しい。
というか、怪しさ要素しかない。。

でも当時の私には、
それを怪しいと判断する材料も、
断るための自分の軸もなく。

結果、300万円を失っていました。

投資詐欺で騙されてることをまだ知らず、
投資先の本社があるマレーシアに知らない中国人5人くらいと行ったときw

自分で考える力がなくて。
自分に自信がなくて。 何者かになりたくて。

リボ払いで完済させるのに、
その後社会人3年目くらいまでかかりました。。


人生を変える師匠との出会い

うだつの上がらない日々を過ごしていた、
大学2年の頃。

当時付き合っていた恋人が、
急に手相占いを学び始めた。

占いはエンタメ的には面白いけど、
なんだか運命を決めつけられてる感じが嫌だった。
嫌なこと言われたらなんか怖いし。。

それでも「体験講座に遊びにおいでよ」
と連れ出され、しぶしぶ体験会に向かうことに。

そこで出会った師匠が
私の人生に大きな衝撃を与えます。

.

その師匠は、占い歴30年超えの大ベテラン。

蓄えた髭に、いかにも貫禄のある佇まい。
大きな目は何でも見透かしているようでした。

初対面のとき、彼は私を一目見るなり
おごそかに口を開いた。

「あなたはすごく負けず嫌いで、
 周りに負けないようにと、
 すごく苦労して頑張ってきたんだね。
 あと、生まれつき結構目が悪いんじゃないかな」

自分の特徴トップ10に
「負けず嫌い」と「目が悪い」があると自覚していたので、
まさか初対面の一言目にそれが出るとは思っておらず、
思わず鳥肌が立った。

「え……その通りです。
他には、どんなことが分かりますか……?」

あまりにも当たっていたので、正直怖かった。
これで嫌なことを言われたらどうしよう。。

聞きたいけど、聞きたくない。
そう思いながらも恐る恐る尋ねた私に、彼は続けた。

「手相を見ると、『自分がない』って出てるね。
 すぐに周りに流されて、自分の意見がない。
 それをすごく悩んでるでしょう。

 でも、見方を変えると——
 今のゆいさんは、まだ真っ白なキャンバスのようなもの。
 何色にも染まることができる。
 そういう可能性を、すごく秘めてる。


 だからこそ、誰と関わるかで良くも悪くもなるから、
 そこは気をつけて、人を見る目をつけなさい」

静かに、そう言い放った。

***

「自分がない」

それは、私がずっと自分の欠点だと思っていたもので、
一番嫌いな部分でした。

でも、彼のその言葉を聞いた瞬間。

——そっか。自分が確立していないってことは、
まだ、何にでもなれる素質があるってことなんだ!

生まれて初めて、
自分を肯定できる気持ちになれました。

.

そして彼は、さらにこう続けた。

「手相って、自分の思考とか行動が出てるものなんだ。
 だから、自分が変われば、手相も変わる。
 人生も変えられる。


 占いは未来を当てるものだと思っている人がいるけど、
 僕の考えは違う。
 未来を創るために占いをしているんだ。

 なんでこんな運命なんだ、、
 って悲観するんじゃなくて、
 そう思うなら、自分で変えていこう。

 運命ぐらい、自分で作れ!

その言葉が、まっすぐ刺さりました。

「私はなんで、こんな家庭に生まれちゃったんだろう」
そう20年近く嘆いていましたが、

そっか、別に親に決められたレールから外れることも
自分の好きなように生きることも
運命を変えることもできるんだ。
と純粋に思えたんです。

私は元々占いは、
運命を決めつけられる気がしてあまり好きではなかったし

星占いだと牡羊座で、
「情熱的で行動力がある、リーダータイプ」と言われていて
自分の性格とは真逆で
にわかには信じられない…と思っていました。

でも、この人の占いは決めつけるものではなく、
一緒に未来を創っていくもの。

運命って、決まりきっているものじゃない。
どんな未来になるかは無数に枝分かれしていて、
その中の一つを、自分で選び取っていくんだ。

私にも「自分の人生を選択する」権利がある。
人生で初めて、そう思えた瞬間でした。

そして私は、その師匠のもとで手相を学ぶことにしました。

手相占いスクールに通っていた頃

本当の自分を思い出す

手相を学び始めて、

・自分が本当はどんな人間なのか。
・どういう強みがあって、どこでつまずきやすいのか。
・そして、それをどうすれば解消できるのか。

それが、徐々に分かるようになってきたんです。

それまでの私は、
「自分がどうしたいか」ではなく

「親が許可してくれるか」
「どんな反応をするか」
で物事を考えていました。

そうやって、あらゆる感情に親のフィルターがかかって、
自分の本心が本心じゃなくなっていき、
自分自身を見失ってました。

.

でも、手相占いを通して自分を知っていくうちに、
「あ、本来の自分はこうだったのかも」
ふと、そう思う瞬間が増えていきました。

ずっと曇った眼鏡をかけていたのが、
だんだんクリアになっていく感覚でした。

渋谷クロスFMのラジオに出たりもしました

再び人生どん底に

自分のことが分かってきて、
占いの収益も上がってきて、人生好調!

——とはならないのが人生です。

.

占いは楽しいけれど
本業にするのは難しいだろうと、
私は一般企業に就職しました。

趣味の延長として、
副業で楽しく続けていくつもりでした。

そんな社会人1年目のゴールデンウィーク前。
手相を始めるきっかけをくれた
当時の恋人と、突然連絡がつかなくなりました。

嫌な胸騒ぎがする。
もしかして——
いや、この予感だけは当たってほしくない。

占いをやったせいで、
変に直感が冴えてしまったのかもしれません。

その予感は、ドンピシャでした。

ネットで彼の名前を検索すると、
ニュース記事が目に飛び込んできた。
彼は、詐欺で逮捕されていました。

.
目の前の世界から、一気に彩りが失われた。
何を食べても味気なく感じる。
そんな日が続きました。

3ヶ月間はほぼ毎日、夜になると泣いていました。
(メンヘラなので、、)

そこから心の落ち着きを取り戻すまでに、
2年かかりました。

そしてその頃には、会社員としての日々に飲まれて、
占いから離れてしまっていました。

やりたいこと今やる

メンタルが回復して、
また何か新しいことをやりたいな〜と
前を向けるようになってきた頃。

また事件は起き、交通事故に遭いました。
両膝と左足首を骨折。
全治2年以上の大怪我。

当たりどころが少しでもズレていたら
即死だったと医師に言われるくらい、
不幸中の幸いで助かりました。

※このときのことは別記事に詳しく書いているので、
こちらもぜひお読みください👇️

絶望こそ人生を好転させる。交通事故で死にかけ4年経ったので振り返ってみる


当時私は20代後半で、まだまだ何でもできる。
やろうと思えば、いつでもできる。
根拠もなく、そう思っていました。

でも事故に遭い、気づいたんです。
明日も明後日も元気に生きていられるなんて、
誰も保証してくれない。

両足が動かず、天井しか見えないベッドの上で
私はその事実を生まれて初めて
現実のものとして感じました。

しかも当時は「今後、足が不自由なままかもしれない」と言われていたので、
もしそうなったら勤められる会社も職種も限られてくる。

そのときに頭に浮かんできたんです。

——私は、やりたいことを"いつかやろう"と思い続けて死ぬのか?

答えはNOです。
やりたいことは、後悔しないように今やろうと。

そして「やりたいこと」として真っ先に浮かんできたのが、 占いだったんです。

占いなら、どこでも、いつでもできる。
足が動かなくても、ベッドの上からでもできる。

どうしたら占いを仕事にできるのか、
SNSで情報を探し、
当時お金はほとんどありませんでしたが、
入院中に占いスクールへ入会しました。

文章での鑑定ならベッドの上でもできるので、
ココナラにサービスを出品して、
X(旧Twitter)で鑑定を募集して、
空いている時間に、スマホで占いをしていました。

.

事故に遭わなければ、
私は占いの道に戻らなかったと思います。

たぶん今も会社員をやりながら、
「いつかやりたいな」と言っていた。

そう考えると——
私は、事故のおかげで人生が変わったし、
後悔なく生きる道を選択できて
心から良かったなと思えます。

未来は自分で創るもの

そこから、生活は本当に変わりました。

かつては詐欺に騙され300万円を無駄にしたり
恋愛で無駄に傷心して病み続けたこともありましたが、

「自分が何をしたいのか」
本当の気持ちに耳を傾け、自分の意思で自分のやりたいことを選択できるようになりました。

過去の写真と見返すと
顔もめっちゃ変わってました、笑
人相も学びましたが、内面って本当に顔に出るんですよね。。

1番左:20歳の頃
一番右:30歳の頃です


私自身、元々親に敷かれたレールばかり生きて
自身もやりたいことも何もない状態でした。

でも、そこから変わろうと思えたのは

手相は変わる
自分の未来は変えられる
と知ったからなんです。

.
だから私は、未来を当てる鑑定はしません。
手相は、あなたの思考と行動が現れたものです。
だから、あなたが変われば、手相も変わる。

今の自分の状態を知って、
このままいくとどうなるかを知って、
そのうえで、望む未来のほうへ自分の足で歩いていく。

そのために、占いを使ってほしいんです。
運命は、決められるものじゃない。作るものだ。

12年前、師匠が私に投げてくれたその言葉を、
今度は私が、あなたに渡したいと思っています。

.
もしあなたが今、
「自分には何もない」
「どうせ私の人生なんて、こんなもの」
そう思っているなら、過去の私が毎日思っていたことです。
真っ白なキャンバスは、何も描かれていないんじゃない。
これから、何でも描けるということなんですよ。



最後に

長くなりましたが、
ここまで読んでくださって
本当にありがとうございました!

公式LINEにて、占いや開運についての情報、
限定イベントや鑑定のお知らせを発信していきます。

▼公式LINE

「自分の未来を、自分で作っていきたい」
そう思ってくださった方は、
ぜひ登録してみてくださいね!

また、こちらのnote記事を
スキ♡を押していただけたら嬉しいです✨

ではまた!

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集