【文学グルメ】芥川賞作家・西村賢太の聖地「砂場」巡礼と、自宅で挑む宝焼酎「水道水割り」の地獄
破滅型作家と称されながらも、誰よりも文学に誠実で几帳面だった私小説家・西村賢太。

没後もなお多くの読者を魅了してやまない彼の生き様と、作品の裏にある「食と酒」の軌跡をたどる文学グルメ企画です。
今回は、西村先生が愛した新宿区鶴巻町の老舗蕎麦屋「砂場」での昼酒巡礼から、ご自宅での過酷な晩酌ルーティン「宝焼酎の水道水割り」の再現まで、その業(ごう)に満ちた日常を紐解きます。
1. 聖地・早稲田鶴巻町「砂場」で味わう、勝利の贅沢ランチ
まず訪れたのは、早稲田大学にもほど近い新宿区鶴巻町。
ここに、昭和23年(1948年)創業の老舗蕎麦屋「砂場」があります。

江戸時代から続く「砂場・更科・藪」という江戸蕎麦三家の一つであり、西村先生が新潮社の編集者と激論を交わし、時に孤独に盃を傾けた、人生に深く刻まれた場所です。
日記作品『一私小説書きの日乗』(2011年12月12日の記述)を参考に、先生の足跡を体験してみます。
「鶴巻町の砂場へ。ウーロンハイに、お刺身、もつ煮込み、鳥カラ等。最後に天丼を食べ、九時半に店を出て真っすぐ帰宅。深更、宝三分の二本。レトルトカレーと柿ピー。
一私小説書きの日乗

現在は夜の営業を行っていないため、今回は昼のメニューで先生の好んだ組み合わせに挑戦しました。
本日いただいたメニュー(合計 3,780円)
ウーロンハイ:昼から傾ける一杯。日々の執筆疲労や締切前の孤独を紛らわせたであろう味わい。
タコのから揚げ:新鮮なタコをサッと揚げた逸品。噛むほどに溢れる旨味がウーロンハイを加速させます。
もつ煮込み:ボリューム満点。生姜がガツンと効いた濃厚な味が、胃袋をじんわりと温めてくれます。
特大エビ2本乗せ天丼:サクッとした衣に甘辛い伝統のタレ。普段は蕎麦を頼むことが多い先生が、この日はあえて重厚な天丼を選択。日雇い労働時代を経て芥川賞作家へと登り詰めた彼にとって、まさに「勝利の味」だったのかもしれません。




日常的に酒を嗜んでいた西村先生ですが、実は日記を振り返っても「お昼からダラダラと飲み続ける記述」はほとんどありません。破滅的な作風とは裏肉、生活や創作に対して非常に規則正しく几帳面な一面があったことが伺えます。
2. 神楽坂・新潮社――聖地であり、人間・西村賢太の戦場
食後に移動したのは、日本文学の総本山の一つである神楽坂の「新潮社」。

西村先生にとって、ここは聖地であると同時に「戦場」でもありました。
2011年時点、一度も自分を見捨てなかった文芸誌『新潮』に対して強い恩義を感じていたからこそ、編集者とも本音でぶつかり合いました。時にはお酒の力を借りて毒づいてしまうこともありましたが、その不器用なまでの信頼関係が、数々の名作を産み出す原動力となっていたのです。
美化された自分ではなく、どうしようもなく見苦しく、それでいて愛おしい自分を曝け出す――それこそが、西村賢太の貫いた私小説の精神でした。
3. 自宅で再現する「地獄の晩酌」――宝焼酎の水道水割りとレトルトカレー
ここからは、西村先生の真骨頂とも言える自宅での執筆&晩酌ルーティンの再現です。
先生はエッセイ『夏の風物詩』等で、自身の執筆スタイルについてこう明かしています。
私は至って夜にできている。殊に最近では日の高いときに原稿を書くような様は、まずなくなった。深更から明け方までの五時間程に集中する習いとなっている。そして作業にはかがゆこうがゆくまいが、そのあとでは必ず酒を飲む。明け方になると体の方でアルコールを欲し、もう集中を持続できなくなるのだ
一私小説書きの独り言|夏の風物詩
恐怖の「水道水割り」と缶サワー
先生が愛飲していたのは甲類焼酎の代名詞「宝焼酎」。 そしてその飲み方は、炭酸水でもお茶でもなく、なんと「ただの水道水」で割るスタイルでした。


さらに痛風の発症を避けるため、缶ビールの代わりに口開けとして「カルピスサワー」を愛飲。

今回は、この「宝焼酎の水道水割り」を実際に作って飲んでみました。
一口目の感想:炭酸のような刺激がないため、驚くほどスルスルと喉を通ってしまう。
直後の変化:その分、アルコールの酔いがダイレクトに脳を叩き、たった2杯で頭がぐわんぐわんと揺れるほどの酩酊感に襲われます。
酒のアテ:先生にとって最高のつまみであった「レトルトカレー」。具材の野菜を噛み締めながら甲類焼酎を流し込むスタイルは、まさに孤独な夜の相棒でした。
金銭的に困窮していた時代からの名残りなのか、飾り気を極限まで嫌った先生ならではの飲み方ですが、一晩で宝焼酎(瓶)の3分の2本(時には1本)を空けていたという事実は、常人の体を遥かに超えたドロ臭い執念と狂気を感じさせます。
(※翌日は重くなった体をリセットするため、よくサウナに通っていたそうです)
おわりに
今回、聖地巡礼と過酷な晩酌再現を通して、西村賢太という人間が残した表現の凄みと愛おしさを改めて体感することができました。
気になった方はぜひ、角川文庫版『一私小説書きの日乗』を手に取り、その1文字1文字に込められた執念と愛に満ちた言葉を味わってみてください。
【今回参考にした本】
▼ 今回の再現・巡礼の模様はYouTube動画で詳しく公開しています!
