政策に届くエビデンスとは何かー日本医療政策学会@京都での学びー
日本医療政策学会@京都へ参加しました。
以下、自分の備忘録も兼ねて記録します。
2日分くらいの内容をギュギュッと1日に詰め込んだかのような、ものすごく内容の濃い学会でした。
終わってみると、登壇者も参加者も、何らかの「実装」のために、研究者、実務家、政策立案者、支援者、当事者に近い立場など、さまざまな顔を使い分けている方々ばかりだった点がとても印象的でした。
また、経済学の研究者の方も多く、学会全体を通して使われている言語やテンポ感も、これまで参加してきた医療系学会とは少し異なるものでした。
医療政策という場は、医学や公衆衛生だけではなく、経済、行政、財政、現場、当事者の声が交差する場なのだと改めて感じました。
政策に必要なエビデンスとは何か
印象に残った論点はいくつもあります。
まず、政策に必要なエビデンスとは何か、という問いです。
長く続いてきた現状の仕組みに課題があるなら、それを打破できるくらいのエビデンスが必要になる。
そのためには、次の3つが重要だという話が印象に残りました。
① データに立脚しているか
② 政策決定のタイミングに沿っているか
③ 多くの人が理解できる形になっているか
どれだけ良いデータでも、政策決定のタイミングに合わなければ届きにくい。
どれだけ重要な知見でも、関係者が理解できない形では動かない。
研究として正しいことと、政策として動かせることは、重なる部分もありつつ、同じではない。
このあたりに、研究と政策実装の難しさがあるのだと思いました。
EBPMの現実的なジレンマ
EBPMは、単に「エビデンスに従う」ことではなく、データとプラクティスの往還なのだと、大会長の近藤尚己先生からのお話にもありました。
一方で、EBPMには現実的なジレンマもあります。
各省や財務省との関係の中で、予算を削られそうなエビデンスは出しづらい。
本来、エビデンスは政策の改善に使われるべきものです。けれど、実際には、予算削減や事業縮小の根拠として使われる可能性もある。
そうなると、現場や行政にとって「都合の悪いエビデンス」をどこまで出せるのか、という難しさが生じます。
また、国家戦略的に重要な取組であっても、行政職員側は数年で異動していきます。
2年程度で担当者が変わり、数年後には、当初の議論や問題意識を知る人が会議体にほとんど残っていない。
この「政策の記憶の断絶」は、日本の会議体や政策形成における大きな脆弱性なのだと感じました。
制度や会議体が存在していても、そこに蓄積されるはずの文脈や問題意識が、人事異動によって途切れてしまう。
これは、個人の努力だけで解決できる問題ではなく、組織として知をどう継承するかという課題なのだと思います。
当事者の声を、どう政策に反映するのか
もう一つ大きな論点だったのが、当事者の声をどう扱うか、ということです。
当事者の声は大切です。
でも、では「当事者」とは誰なのでしょうか。
今、話すことができる言葉を持っている人だけが、当事者の代表になっていないか。
声を上げられる人の意見だけが、コンセンサスとして扱われていないか。
今の人の課題だけを解決して、未来の人たちに問題を持ち越していないか。
この問いは、医療政策に限らず、社会保障全体に関わるものだと思います。
当事者参加は重要です。
ただし、それは「声を聞いた」という形式を整えることだけでは足りない。
誰の声が届き、誰の声が届いていないのか。
声を持たない人、制度の外にいる人、まだ当事者として可視化されていない人をどう考えるのか。
そこまで含めて考えなければ、当事者の声を政策に反映したことにはならないのだと思いました。
パブリックコメントとSNS
パブリックコメントという仕組みはあります。
寄せられた意見には、すべて目が通されている。
一方で、コメントした人に個別のフィードバックがあるわけではありません。
そのため、自分の意見がどのように扱われ、どこに活かされたのかは見えにくい。
結果として、国民側からは「意見が届いた」「政策に反映された」という実感を持ちにくい面があります。
一方で、SNSには、当事者の声や違和感、さらにそれを読んだ人たちからのリアクションが可視化されやすい面があります。
もちろん、SNSの声がすべてではありません。
声の大きさが代表性を意味するわけでもありません。
それでも、従来のパブリックコメントだけでは拾いきれない声を知るきっかけとして、SNSをどう活用するかは、今後さらに重要になるのだと思います。
政策形成において、公式な手続きと、非公式に表出される声をどう接続するのか。
ここにも、これからの医療政策の課題があると感じました。
孤立、生きづらさ、社会的処方
従来の家族の形が変化し、誰もが家族に支えられることを前提にできない時代になっています。
その中で、孤立や生きづらさを感じる人が増えている。
医療的な問題に見えているものの背景には、孤立、貧困、住まい、就労、家族関係、地域とのつながりなど、生活上の課題があることも少なくありません。
医療だけでは解けない課題を、地域資源や人とのつながりに接続していく。
その意味で、社会的処方やリンクワーカーの役割は、今後ますます重要になるのだと感じました。
医療は、病気を診るだけではなく、その人の生活や社会的背景と切り離せないものです。
だからこそ、医療と福祉、地域資源、人と人とのつながりを橋渡しする役割が必要になる。
社会的処方は、単なる紹介ではなく、孤立した人を社会との接点につなぎ直す営みでもあるのだと思います。
医療政策は、一者だけではつくれない
今日の議論を通して、医療政策は、専門家だけでつくるものでも、行政だけで決めるものでも、当事者の声だけで完結するものでもないと改めて感じました。
データ。
当事者の声。
現場の実装力。
財源。
意思決定。
そして、制度の外側にいる人への想像力。
それらをどう接続するか。
そこに、医療政策の難しさとやりがいがあるのだと思います。
医療政策は、不完全なデータ、不完全な制度、不完全な合意の中で、それでもよりよい意思決定を積み重ねていく営みなのだと思いました。
今回、職域の医療職の参加は少なかったように感じました。
自分たちが普段行っている取組が、どのような未来や政策につながっているのか。公的医療保険である被用者保険が産業保健とどのようにつながっているのか。
職域も公的医療保険、介護保険、退職後の人生、地域資源、社会保障政策とつながっています。
これまで各企業で行われてきたさまざまな実践が、どのように制度や政策の中に位置づくのかを俯瞰して考えるうえでも、非常に学びの多い学会でした。
次回は職域の医療職や健保組合(被用者保険)の方をお誘いして参加してみたいなと思います。
