見出し画像

短編アーカイブ「白い本棚」

彼女の部屋は綺麗で、いい匂いがした。
白を基調にした壁には白い時計が掛けてあり、テレビの横には観葉植物があった。その緑色が心を少し、落ち着かせる。

「チャーハンでも作るから、座ってて」

彼女はそう言って、キッチンの方へ向かった。ぼくは「あ、うん」と上ずった相槌を打って、テーブルの前に腰を下ろした。

それにしても部屋は整理されている。外での彼女はわりとおおらかというか、ずぼらで、細かいことは気にしないはずなのに。待ち合わせ時間に「今から行く」と言うのも日常だし、雨の予報なのに傘を持ってこないことにも慣れた。おかげで時間を潰すことが得意になり、雨に降られても風邪を引かない丈夫な体になったわけだ。

ぼくがそわそわしているのは、彼女の部屋にはじめてきた、というのだけが理由ではない。たぶん、綺麗に整理された部屋が意外だったからだ。

どこかに彼女のずぼらさがないか、と思って部屋を見渡すと、隣の部屋とを隔てる間切りがあることに気が付いた。間切りは少し開いていて、そこから隣の部屋を覗いた。ベッドルームか? ぼくはまた違うそわそわを覚えながら、その先に視線をやった。

本棚がふたつある。

ひとつは天井にまで届きそうな、大きな黒い本棚。もうひとつは、その半分くらいの大きさの真っ白な本棚。

大きな本棚は、ジャンルや作家順に綺麗に整理されている。なのに白い本棚は、本が乱雑に投げ込まれている、という印象だ。

ベッドもきれいだし、床や棚の上も、モノが散らばっているということはない。やっぱり、あの白い本棚だけが乱雑だ。

それを不思議に思いながらも、彼女のかけらを見つけたようで、少し安心した。

「チャーハン、食べないの?」

背後に声が聞こえて、ぼくの体はびくっと動いた。そのまま体を戻して「あぁ、食べよう」とぼくは言う。

何事もなかったかのように、ぼくは彼女の作ったチャーハンを食べた。「おいしい」と言いながら食べるぼくに、「冷凍のチャーハンだよ。今のは褒めたことにならないからね」と、彼女は念を押すように言った。

ならばと、ぼくは付け合わせのコンソメスープを、チャーハンに浸して食べる。

「コンソメスープが、チャーハンを引きたててるね」

「あ、それは正解。わたしの作ったコンソメスープ」

彼女は、うんうんと納得したように、うなずいている。たまねぎの大きさがマチマチなところに、ぼくが安心していると、彼女は何を思ったか「浮気の証拠でも探してたの?」と、ぼくに聞いた。

「え。何の話?」

唐突な話の流れに戸惑う。

「ベッドのほうをジロジロ見てたから」

コンソメスープをまた口にしてから、答えた。

「君の証拠を探してた」

「わたしの証拠?」

「あまりに整理されているから、らしくないと思って。そしたら白い本棚と、コンソメスープがあったから、安心した」

彼女は、うんうんとまた納得したようにうなずいて、「なるほど」と口にした。

「今のは、褒めてるよ」

と、フォローのようにぼくは付けくわえる。

「じゃぁ、問題。あの白い本棚にある本は、
どうして整理してないのでしょーか?」

「うーん、確かに君なら、全部整理してなさそうだもんな。やっぱり浮気してる? きれい好きな男が、この部屋を整理してる、とか?」

冗談ぽくそんなセリフを言いながら、正解してしまったらどうしようと、ぼくの心のはじっこが汗をかいている。

「そうだったら、どうする?」

彼女がぼくを試す。
ぼくは必死に、落ち着いたふりをする。
けれど言葉が出ない。

チャーハンをコンソメスープに浸したあと、
やっと出てきた言葉は「がんばるよ」だ。
ぼくは情けなくて、心の全部に汗をかいた。

「あの白い本棚はね、まだ読み終わってない本が置いてあるの。で、読み終わったら黒い本棚に移動するわけ。読みかけだから、まだ整理したくなくて、散らかってるんだけど」

なんだかそれは「終わった恋と、途中の恋」みたいだ、とぼくは思う。
それならぼくは、白い本棚に置かれている男だろうか。読み終わったら、思い出として黒い本棚に置かれるのか。それとも読み終わるまえに、ブックオフに売られていくのか。ぼくという本を読むのは、君にとって、幸せだろうか。

そんなことを、ぼくはつい独り言みたいにつぶやいていた。

「へんなひと」

彼女は笑いながら、つづける。

「きみは<本>じゃなくて、わたしの<好きなひと>だっていうのに」

彼女は食べ終わったチャーハンとコンソメスープのお皿を、キッチンへと持っていった。
それを流し台に置くと、そのままぼくのところへ戻ってきた。

「洗わないの?」

「もう少し、洗いものたまったらでいい」

「ずぼらだな」

「わたしらしくしてみたんだけど」

「無理しなくていいのに」

ぼくらのページは、あと何ページくらいあるだろう。どれくらいだとしても、ページをめくっていられる今がある。それが何よりも愛しいものであることは、間違いなさそうだ。

(2012)

#わたしの本棚


この作品、こちらに参加させて頂きます、よろしくお願いします。


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集