話すの超絶苦手な自分が、初めてYouTubeを投稿してみた
実は先日、YouTubeで人生初めての動画を投稿しました。
編集は一才学んだ事はありません。
話がたどたどしすぎて、見てられないです。
顔も暗いです。
つまり、ものすごーく恥ずかしいです。
でも逆にいうと、
「このレベルの動画を出せたら、もう失うものは無い」のでスッキリした気持ちもあります。
だって、
編集も初めて、撮影も初めて、台本造りも初めて、声出しも、顔出しでの発信も初めて。
下記の動画は、初めて尽くしな一本目です。
逆に誇らしい。
でも恥ずかしい…。
そもそも話すことに昔から苦手意識がありました。
コンプレックスが強すぎるあまり、2年前にnoteを始めたんですよね。
人よりも話せないのだから、「せめて文章だけは続けなきゃ」と思った。
YouTubeで動画なんて考えもしなかった。
noteを800日くらい継続してみた。そのおかげで、色んなスキルが身についたし、自分を支えてくれる場所もできた。
去年はkindleも3冊出してみた。前よりは自信もついた。
でもなんだか行き詰まってる気がしたのも事実。
行き詰まるってなんやねん。と言う話ですが、なんというか。次何したら良いのか分からない状況といいますか。
続けることは、次の出発に過ぎなかったというか。
世の中はAIがどんどん発展していってますよね。
〇〇をしたら安泰。という今までの常識が少しずつ変わっていきます。
強烈な不安感をたまに感じる。仕事も不安定。何かしなきゃとは思うのに、何したら良いのか分からない。
そんな感じ。
色々考えた結果、「やりたいと思ったことは、まずやろう」
というシンプルなとこに行きつきました。
話すのが苦手だから、キャラじゃないから、恥ずかしいから。
〇〇だから、やらない。と、無意識に色んなブレーキをかけていた。
でも、そういう、「上手いか下手か」とか、「綺麗か綺麗じゃないか」とかって、AIの方が断然上手いですよね。
整ってるだけの文章や画像なら、AIにお願いすれば10秒で返してくれます。ほぼノーミスです。
だったら今まで自分がやってた「やらないための理由づけ」なんて、関係ないのでは?と。
やりたいなら、やれば良い。
心配しなくても、AIの方が上手くやるのだから。
少し吹っ切れた感じです。
だって、考えたって仕方ないじゃないですか。正解なんて誰も知らないのです。
考えれば考えるほど、正解を探そうとすればするほど、沼にハマる。
ということで、ふと思いついた「動画やってみよう。」
思いついたのならやろう。
一歩目を踏み出すまでは、もう、本当に抵抗感ありました。
だって。ずーっと避けてたことですから。
でもね。
よくよく考えたら、「リスクはほぼない」ってことにも気づいてはいるのです。頭では。
想像して、「馬鹿にされたら」とか思うんですが。
そもそも、「誰も見てない」ですよね。自意識過剰なのです。
リスクと感じてたことは、実は自分が思ってるだけな気がするのです。
先日、吉田拓郎のプレミアチケットに応募したら当選した。という記事を出しました。あれも一緒で、応募すること自体は、ノーリスクです。
だけど、どんなにファンでも、応募しない人はたくさんいるはず。
実際うちの父は信者の如くファンなのに、「まぁ拓郎のライブは当たらんからな」と。試そうとしなかった。
ファンでもなんでもない自分が、気楽に応募したら当たった。多分こういうもんなんだと思います。
頭の中で先に「やっても無理だろう。意味ないだろう。馬鹿にされるかも。」と判断してしまう。
今までの経験値が、逆に一歩を邪魔することもある。
という感じで、今日は一体何を書いているのだろうか。
この記事をクドクド書いてる時点で考えすぎだ。
でもそれくらいに、動画を投稿する一歩は個人的には結構ハードルがあったなと感じます。
少なくとも気持ちは前を向きました。
次旅行とか行く時は、動画取りたいなーとアイディアも出てきたり。
やはり一歩目って大事です。
みなさんは、何かやってみたいけど、一歩踏み出せないことってありますか?
僕はあなたの一歩を応援します。
失敗したって、不格好でもカッコ良いです!
気楽に、第一歩目を踏み出しましょう!
